岸田文雄氏が掲げる「健康危機管理庁」構想に疑問符 もっと必要なコロナ対策がある

岸田文雄氏が掲げる「健康危機管理庁」構想に疑問符 もっと必要なコロナ対策がある

自民党総裁選に立候補した岸田文雄氏

 菅義偉首相は9月3日、自民党の総裁選挙に立候補しないことを表明した。デジタル化や地球温暖化防止の対策を進めてきたが、新型コロナウイルスの感染拡大に歯止めがかからず、就任から1年で退陣することとなった。その経緯から、9月末の自民党総裁選挙は、「コロナ対策」が争点の1つになるのは確実な情勢だ。


■東京版CDCは……


 本コラムでは既に立候補を表明している岸田文雄前政調会長が掲げる「健康危機管理庁」を始め、今後のコロナ対策のあり方について述べてみたい。

 岸田氏は2日、コロナ対策を発表し、4本柱の1つに「健康危機管理庁の創設」を据えた。詳細は明らかではないが、「公衆衛生上の危機発生時に強い指揮権限を有する」としており、米国疾病対策センター(CDC)を念頭に置いた組織だと考えられる。

 米国の感染症対策と危機対応を一手に取り仕切るCDCは常勤だけで約1万人の職員を擁する巨大組織だ(2020年度の予算額は約77億ドル)。

 これに対し、日本では国立感染症研究所を始め多くの機関が感染症対策を担っており、CDCのように1つの組織にはなっていない。感染症対策の「司令塔」の不在が、新型コロナウイルス対応が後手後手に回った原因であるとされ、特に問題になったのはPCR検査を巡る対応だった。安倍前首相が国会の場で、何度も「PCR検査を早期に拡充する」と答弁したのにもかかわらず、その実施は遅々として進まなかったからだ。

 このような状況に危機感を覚えた東京都医師会は昨年2月、「CDCのような組織を創設する」よう提言し、昨年6月上旬には自民党の行政改革推進本部でも、CDCを参考にした感染症対策の司令塔創設が議論されていた。「CDC創設」を公約の目玉に掲げた小池氏が昨年7月の都知事選で再選されたことで、10月に「東京版CDC」が誕生した。

 だが、東京版CDCが都のコロナ対策に貢献したとの声は聞こえてこない。

 デルタ株の蔓延が感染者の急増を招き、医療崩壊の危機下にある東京では、医療体制の整備に関与できないCDCは、残念ながらその能力を発揮しようがない。

 菅首相は行政のデジタル化を牽引するデジタル庁を1年足らずで発足させたが、「箱物」をつくっても目に見える効果がなければ、コロナ対策への信頼向上にはつながらない。「健康危機管理庁」もその「二の舞」になる可能性が高いと言わざるを得ない。


■塩野義製薬は「来年3月末までに」


 岸田氏はその他のコロナ対策として、(1)医療人材の確保や大規模宿泊施設の借り上げ、地域の開業医の協力を得るなどして「医療難民ゼロ」を目指す、(2)ワクチンの接種加速や年内の経口薬普及、などを掲げている。

「医療難民ゼロ」は菅内閣が進めている政策と同じ方向性にあり、実効力が伴う政策が実施できるかどうかが成否の鍵を握るだろう。

「年内の経口薬普及」については、9月1日、米ファイザーが「新型コロナウイルスの軽症者に対する飲み薬タイプの治療薬(新型コロナウイルスが増殖する際に必要な酵素の働きを抑制する効果を有する)の中期・後期試験を開始する」と発表した。塩野義製薬も「開発中の新型コロナウイルス治療薬を来年3月末までに実用化する」としており、これらの経口薬に関する早期承認を期待したい。

 翻って、菅内閣のコロナ対策の目玉はワクチンだった。9月初めには国民全体の5割近くが既に2回の接種を終え、11月初めには希望する全国民への2回の接種が完了する見通しだ。

 菅首相は「ワクチンで希望の光が見えている」とのメッセージを何度も発信してきた。

 政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会は、接種証明書や検査の陰性証明書の活用を前提に、医療機関や高齢者施設での面会や県境をまたぐ旅行、大規模イベントの開催などワクチンが行き渡った後の経済社会活動の制限緩和についての検討に入った。

 岸田氏も、数十兆円規模の経済対策を併せて実施することで、「年明けには通常の経済社会活動を取り戻すことが目標だ」としているが、はたして実現可能なのだろうか。


■孤独の問題が深刻化


 9月4日付英エコノミストは「危機時には政治家から『思いやり』を感じたい国民が多いが、菅首相からはそれが得られなかった」と論評している。

 国民が政治家から「思いやり」を感じるためには、金銭面の支援策だけではなく、終わりの見えないパンデミック下で不安に怯える国民の気持ちに「寄り添う」ことが不可欠だ。

 パンデミックの長期化で、メンタル面での不調を訴える人が増加している。コロナ対策による制限で人々が触れあう機会が減少し、互いに支え合う能力も低下している。

 今年6月に開催された日英孤独担当大臣会合では、「パンデミックは孤独の問題を深刻化させた」とした上で、「家族や友人、隣人などの『絆』は孤独を克服するための第一歩であり、日英両国は政策によってこれを強く後押しする」旨が合意された。

 1999年、フランス・パリでは隣人同士の顔の見える関係性を構築するために食事会を企画するという「隣人祭り」の運動が誕生した。コロナ禍の日本でも実施する地域コミュニティが増加しており、政府はこのような動きを積極的に支援すべきだと思う。

 また、自宅療養中に死亡する事例が相次いだことで、国民の心に潜在していた「死」に対する恐怖心が掻き立てられている側面も見逃せない。欧米諸国に比べ少ないものの、日本の新型コロナによる死者は1万6000人を超えている。新型コロナに感染すると隔離を余儀なくされ、死の直前になっても家族は面会を許されない。遺族が被る心の傷は尋常ではないだろう。臨終の場に立ち会うことを大切にする日本人にとってはなおさらだ。

 欧米諸国では今年に入り、新型コロナの犠牲者を追悼する式典が執り行われている。パンデミックの犠牲者を悼む場をつくることも、政治家の役割ではないだろうか。

藤和彦
経済産業研究所コンサルティングフェロー。1960年名古屋生まれ、1984年通商産業省(現・経済産業省)入省、2003年から内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣情報分析官)。

デイリー新潮取材班編集

2021年9月10日 掲載

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