「喧嘩上手」な菅総理はどこで間違ったのか? 危機管理コンサルタントが解説

 1年程で退陣することになった菅総理について、衆目が一致しているのは「発信能力の低さ」が大きかったということだろう。実行した政策の是非以上に、この点が致命傷になってしまった。そういう分析は多い。

 一方で、その危機管理能力に疑問を呈するのは田中優介リスク・ヘッジ代表取締役社長である。同社は数多くの企業の危機管理に携わるコンサルティング会社で、田中氏には『地雷を踏むな』等の著書がある。その立場から見た場合、菅総理には危機を回避するにあたって重要な視点が欠如していたというのだ。

 それは一体何だったか。以下、田中氏の特別寄稿である。

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■菅総理に欠けていた視点


 政権発足直後、菅総理に対しては「仕事師」「喧嘩上手」といった評と同様、危機管理能力を評価する向きもあったと記憶しています。長年、安倍内閣で官房長官を務め、連日の記者会見に対応しながら大きなミス、失言がなかった、といったこともその理由だったのでしょう。

 しかし、危機管理コンサルタントの立場で見ると、少なくとも総理になってからの菅氏に高い危機管理能力があったという評価は下せません。

「ワクチン確保に動き、大号令をかけて接種を進めたではないか。その功績を認めるべきだ」 

 そのように言う方もいるかもしれません。

 誤解なさらないでいただきたいのですが、そうした実績を全否定するつもりはありません。しかしながら、自身の政権維持を含めて考えた場合、1年で退陣に追い込まれたことからも、やはり危機管理能力に欠けていたと言わざるをえないのです。

 では、菅総理に不足していたものは何か。危機管理コンサルタントの立場から見た場合、物事には「作用」と「反作用」があるという視点が欠けていた、と考えます。

 これについてご説明しましょう。

 危機管理の正しい姿は、「悲観的に備えて、楽観的に過ごす」ことです。

 悲観的に備える際に、さまざまなリスクを想定することが必要なのは言うまでもありません。「ミスはないか」「ハラスメントにあたらないか」「差別にならないか」等々……こうしたリスクの想定は、誰しもある程度日常的に行っている行為ですし、とても大切です。しかし、多くの人が見逃しがちなのは、「良いこと」「前向きなこと」の陰に潜んでいるリスクです。本人はプラスだと思っている行為で、実際に概ねその通りなのですが、実は反作用があって、マイナスもある、ということです。

 プラスが「作用」で、マイナスはそれに付随する「反作用」ということになります。

 私共は企業にアドバイスする際に、この反作用に特に気を付けるようにしています。そうしないと、たとえ誠心誠意の謝罪をしたつもりであっても、好感を持たれず、逆効果に働くことも珍しくないのです。「良いこと」「前向きなこと」が常にストレートに受け止められる世の中であれば素晴らしいことですが、そんなことはありません。


■作用は意識しやすく反作用は忘れやすい


 具体的な反作用の実例を見てみましょう。

 他人の悪口を言うと、自分の評価を下げるというリスクは多くの人が知るところでしょう。だから普通は言う内容や相手には気を付けるのです。ここまではかなり多くの人が自覚的であろうかと思います。

 一方で、他人を褒めるのは往々にして「プラスの行為」だと思われるので、悪いことはないように考えている方が多いのではないでしょうか。

 しかし、実はそのプラスの行為(作用)にも必ず反作用をもたらすリスクは潜んでいます。誰かを褒めたことで、自分の評価を下げることもあるのです。

 善良で健全な精神の持ち主には、そんなひねくれた感情は分かりにくいかもしれませんが、珍しい話ではありません。

 たとえば、あなたが初対面のAさんと名刺交換をした時に、知人のBさんが勤めていた会社だったら「あっ! 私、御社のBさんとは親しくさせて頂いております。面白い方ですよね」とつい口走ってしまう。そんなことはよくあります。

「ああ、Bさんの知り合いか。あとで伝えておこう」

 そんな程度にAさんに思ってもらえるのならば作用しかありません。あなたはAさんに強い印象を残せたことでしょう。

 しかし、AさんとBさんの人間関係を全く知らない状態で言うのはリスクがあります。AさんとBさんの仲が悪かったら、Bさんを褒めた瞬間にAさんは不愉快になります。あるいは、AさんとBさんがライバルの関係だったら、Aさんはあなたに警戒心を抱きます。

「この人はBの人脈の一人か……。安易に近付かないほうがいいかもしれない」

 Bさんとの交友を自ら語り、褒めることで、Aさんとの親近感を高める作用を期待したものの、嫌悪感や警戒感を抱かせる反作用だけが残ってしまう。そんな危機を回避するためには、安易に知人の名前を出さないようにする。出すなら、AさんとBさんの人間関係を察知してからにする。あるいは、Bさんに確認を取ってからにする。知人の名前を口にする場合には、そんな工夫が必要なのではないでしょうか。

 一見、メリット(作用)しかないと思われる、あるいはメリットが目立つようなことであっても、デメリット(反作用)を視野に入れる。その姿勢が危機管理では求められます。

■菅総理の1年を見てみると


 菅総理の1年を振り返ってみると、反作用という地雷を見落として、踏み続けたと言わざるを得ません。いくつかの事例を振り返ってみましょう。

 まずGoToキャンペーンです。確かに、一時的には観光業界や飲食業界を潤すという“作用”を得られました。しかし、人々の行動が活発になれば感染が拡大するリスクは増すという反作用に対して、政府はあまりに無頓着でした。今でこそ政府と分科会は「人流を抑えねば」と繰り返していますが、当時は「キャンペーンと感染者拡大に相関があるというエビデンスは無い」と主張していたのです。

 これが「多少の感染増はあるかもしれないが、経済を考えればそれを上回るメリットがあるはずだ」と言っていたのであれば、まだ理解されたかもしれません。しかし、どういうわけか「作用」のみを見て「反作用」は存在しないかのように振る舞ってしまったのです。これが不安に思っている人たちにとっては極めて無神経、不誠実な姿勢に感じられました。同様の構図はオリンピック・パラリンピックでも見られました。

 次は、長男にまつわる総務省幹部の接待問題が発生した直後のことです。当初、総理は「40歳を超した長男は別人格」という論理で乗り切ろうとしました。

 これ自体は、理屈でいえば一理あると言えなくもないのです。いくら何でも40歳の息子のやったことにまで責任は取れない、というのは一般論としては間違っていません。

 しかし、この論理ではマスコミや国民をいきり立たせる反作用のほうが極めて大きくなります。何故なら、それは菅総理が自ら言うべきではなく、第三者に委ねるべき言葉だからです。

 また芸能人がドラ息子の不祥事に対して言うのならまだしも、この問題では総理が影響力を持つ省庁が関与していて、長男は元秘書なのだから「別人格」といった論理は通用するはずもありませんでした。

 この件では「別人格」という言葉を用いて、批判をかわそうとしたわけですが、日頃の国会答弁やマスコミ対応を見ていても、“かわす”という姿勢が目立ちました。

 これが一種の有効なテクニックであり、成果すなわち“作用”を得られるやり方なのだと菅総理は勘違いしているように見えました。たしかに目の前にいる記者(多くは番記者です)の矛先をかわして、その場を切り抜けるには有効でしょう。「次の質問をどうぞ」で逃げられます。その意味では「作用」がある。

 しかし、これを見た国民の反発、不信という 反作用を忘れてしまっているのです。

 総裁選への立候補に際しても、完璧に“反作用”という地雷を踏み続けてしまいました。総裁選前の人事にせよ、総選挙にせよ、自らが主導して進めることで総裁選に有利に働くという作用を期待したのでしょう。しかし、それを事前に聞いた議員、派閥の領袖たちの反発という反作用には無頓着でした。

 先ほど危機管理の正しい姿は「悲観的に備えて、楽観的に過ごす」ことだと述べました。しかし、この1年の総理は「楽観的に作用のみを見て、反作用のことを考えないように過ごしてきた」ように見えました。ご本人の問題もあるのでしょうが、誰か側近が「その発信では反発を買うだけです」といった忠告をしてあげられなかったのだろうか、と思います。

 人は危機に遭遇すると、二つのトウソウ本能に支配されてしまう動物です。トウソウ、とカタカナで書いたのは、闘う「闘争」本能と逃げる「逃走」本能のダブルミーニングだからです。

 この二つの本能は、人間を混乱させて思考停止に陥らせます。その結果として、“反作用”という地雷に思いを馳せる余裕を奪ってしまうことが往々にして起こります。

「仕事師」「喧嘩上手」としての「闘い」を得意としてきた菅総理は、闘争本能に支配されやすかったのかもしれません。その結果、本人が意図しないところで地雷を踏み続けたのではないでしょうか。

田中優介(たなかゆうすけ)
1987年、東京生まれ。明治大学法学部卒業後、セイコーウオッチ株式会社を経て、2014年、株式会社リスク・ヘッジ入社。企業の危機管理コンサルティングに従事、現在は同社代表取締役社長。岐阜女子大学特任准教授も務める。著書に『地雷を踏むな』(新潮新書)など。

デイリー新潮編集部

2021年9月10日 掲載

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