「財務次官」異例の寄稿 なぜ今だったのか? その狙いは何だったのか?

「財務次官」異例の寄稿 なぜ今だったのか? その狙いは何だったのか?

菅前首相の秘書官を務めたこともある

■タイトルは「このままでは国家財政は破綻する」


 財務省の矢野康治次官(58)が月刊誌「文藝春秋」11月号で、与野党の経済対策などの論争について、「バラマキ合戦」と寄稿したことが物議を醸している。事務方トップがこのタイミングで、どんな狙いで寄稿したのか。異例発信の真意に迫る。

「このままでは国家財政は破綻する」と題した矢野次官の寄稿内容はざっと以下の通りだ。

《最近のバラマキ合戦のような政策論を聞いていて、ここで言うべきことを言わねば卑怯でさえあると思う。数十兆円もの大規模な経済対策が謳われ、そして財政収支黒字化の凍結が訴えられ、消費税率の引き下げまで提案されている。まるで国庫には、無尽蔵にお金があるかのように語られている》

《国の長期債務と地方の債務を併せると1166兆円に上る。GDPの2.2倍であり、先進国ではずば抜けて大きな借金を抱えている。今の日本の状況を喩えれば、タイタニック号が氷山に向かって突進しているようなものだ。(岸田首相が訴える現金給付策は)結局は死蔵されるだけだ》

 自民党の閣僚経験者に反応を聞いてみると、

「総裁選が終わってノーサイド、これから一致団結して解散総選挙に臨もうという与党にとって、その政策を全面否定する矢が後ろから飛んできた格好ですね」


■秘書官を務めた菅前首相が評価して次官に


 矢を飛ばされた形の岸田氏はテレビ番組で、「議論として、色んな考え方、意見は当然あっていい。いったん方向が決まったら、しっかりと協力してもらわなければならない」と語るにとどめたが、リフレ論者である自民党の高市早苗政調会長は「大変失礼な言い方だ。基礎的な財政収支にこだわって本当に困っている方を助けない。未来を担う子供たちに投資しない。これほどばかげた話はない」と批判している。

 更迭論を書き立てるメディアもあったが、

「一応、麻生前財務相に仁義を切り許可を得て出したものであり、物議を醸したからクビとなると政権がハシゴを外した風になってしまう。それはないでしょう。寄稿先の編集長が就任するに当たって“事件を起こす”みたいなこと言っていて、実際にその通りになったから、雑誌側としては、してやったりじゃないですか。色んな人のスキャンダルを随分やってクビを取ってきたわけですが、こういう形でクビとなるとブラックジョークだよね」(先の閣僚経験者)
 
 矢野氏は1985年に一橋大経済学部を卒業して大蔵省に入った。主税、主計の両局長を務めた後、今年7月に一橋大出身者として初めて財務次官に就任。2012〜15年には、当時官房長官だった菅義偉前首相の秘書官も務め、「忖度することなく政治家に直言できる、珍しく芯のある官僚だ」と菅氏が評価し、鶴の一声で次官への道が拓かれた。


■財務省への反発しか生まない悪手


 財政再建論について省内随一の原理主義者として知られ、2005年には『決断!待ったなしの日本財政危機―平成の子どもたちの未来のために』を上梓している。

「かなりのナルシストで上昇志向の極めて強い男でした。次官になったら皆が耳を傾けてくれるだろうから、目立つことをやりたいと考えていたのではないでしょうか」

 と財務省OBは話し、こう突き放す。

「議論を喚起するのは悪いことではありませんが、注目を浴びるだろう衆院選前のタイミングを狙って持論を展開し、あろうことか首相の政策を批判するのは役人のやることではないですね。そのうえ、コロナ禍で苦しい生活を強いられている人たちが少なくないのに財政再建を訴えたところで財務省への反発しか生まない。悪手という他ありません」

 なぜ今だったのかについてはこのOBが言うように、最も注目されるからというのは腑に落ちる。では、その意図は何だったのだろうか? 政治部デスクの解説。

「岸田政権は嶋田隆・元経産次官を筆頭の首相秘書官に起用しました。首相とは開成高校と同窓なのですが、次官経験者がこの職に就くのは極めて異例のことです。さらに、首相が提唱する『新たな資本主義』を検討する会議の事務局長には経産官僚の新原浩朗内閣審議官を充てました。安倍政権時代から重用されてきた人物で、要するに経産省への偏重と財務省の軽視が形の上では見て取れます」


■財務省の警戒感


 デスクが続ける。

「ついでに言うと、甘利明幹事長も経産相経験者で商工族の筆頭です。前任の菅さんの時は財務省と総務省の両方から人材を登用しましたが、岸田さんの人事は経産省寄りに映ります。矢野次官がどこまで意識していたかはよくわかりませんが、財務省としてはそういった状況に警戒が強まっているようです。ただ、仮にそれが今回の寄稿の動機になっているとしても、発信力のある高市さんらがメディアですぐさま否定しましたから、国民にその真意が届くかというと難しいように思います」

 霞ヶ関内の論文についての評価については、

「評価する声はもちろんありますが、バラマキと批判する割には煽るだけで、具体的な分析が出ていないことに不満を持つ意見は多かったですね。どれくらいバラマいたら財政破綻の可能性が上がるのか、アメリカは利上げしようとしているわけだけどそれがどう影響するのか、財務省内でシミュレートしているならそれを出すべきでは? というツッコミはもっともだと思いましたが……」

 乾坤一擲(けんこんいってき)の勝負は水泡に帰すか、それとも――。

デイリー新潮取材班

2021年10月14日 掲載

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