【政治家の黒歴史03】銀座3兄弟と呼ばれて…「松本純元大臣」らの緊急事態宣言中の「クラブはしご」とウソ

【政治家の黒歴史03】銀座3兄弟と呼ばれて…「松本純元大臣」らの緊急事態宣言中の「クラブはしご」とウソ

松本純(中央)、田野瀬太道(右)、大塚高司の3衆院議員

■麻生氏行くところマツジュンあり


 10月31日投開票の衆院選で各候補者が訴える立派な公約。それとは別に、それぞれの人柄や歴史を知っておくのは有権者にとっては大切なことだろう。もっとも、その歴史の中には本人は消し去りたいものも多いのだが……。政治家のスキャンダルを振り返る第3回は、銀座3兄弟という嬉しくないニックネームをいただいた3人の国会議員を取り上げる。問題の行動があったのは、政府が国民、飲食店に外出自粛や時短営業を要請し、罰則の法制化まで急いでいた2021年1月のことだ。

(※週刊新潮2021. 02.04、02.11号に加筆し、修正しました。年齢・肩書等などは当時のママです)

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 永田町界隈では“マツジュン”の呼び名で通る自民党の松本純・元国家公安委員長(70)は、麻生太郎副総理兼財務相(80)の最側近として知られている。例えば昨年12月4日夜、麻生氏が東京・赤坂の日本料理店で自民党の二階俊博幹事長と会食した際にも同席。麻生氏行くところマツジュンありだ。

 現在は自民党の国会対策委員長代理、すなわち国対ナンバー2の地位にある松本氏。薬剤師の資格を持っており、横浜市議を経て1996年に神奈川1区から衆院選に出馬して初当選を果たしている。この時に隣の神奈川2区から出馬して初当選したのが菅義偉総理である。


■「20時までの営業時間の短縮」演説の当日


 2008年に麻生政権が誕生すると官房副長官に就任し、16年、第3次安倍第2次改造内閣で念願の初入閣と相成った。そんな松本氏について、

「彼の飲み方に眉をひそめている人もいます」

 と、永田町関係者。

「ある時など麻生さんと帝国ホテルのバーで飲んで、深夜2時頃に横浜市の自宅に帰った後、帰りを待っていた番記者を引き連れて居酒屋で3時とか4時まで飲んでいたといいます。場の空気が盛り上がると、参加している人が一気飲みをさせられることもあり、酒があまり好きではない記者からは敬遠されています」

 さらに、昨年11月には、

「銀座で自民党の国対のメンバーとの飲み会があったらしいのですが、ひどいドンチャン騒ぎをやって周囲の顰蹙(ひんしゅく)を買っていたそうです」(同)

菅総理にとって初めてとなる通常国会が召集された1月18日。総理は「国民の皆様には再び制約のある生活をお願いせざるを得ず、大変申し訳なく思います」「飲食店について、20時までの営業時間の短縮を徹底します」と施政方針演説で述べた。

まさにその日、永田町を後にした松本氏の公用車が向かったのは、東京・中央区内にあるイタリア料理店だった。車を降りた松本氏が店に入ったのは午後6時5分頃だったが、店の入り口には「CLOSED」の札が。表向きは休業しているように装いながら、実は客をとっている、いわゆる「闇営業」だろうか。


■麻生さんもしょっちゅう通うように


 店で落ち合う約束になっていたのか、松本氏に遅れること20分後、30代くらいと思しき女性が店に入った。さらに、7時過ぎには40代くらいの和装の女性も店の入り口をくぐっている。

「あの店は元々松本さんの行きつけの店。彼に一度連れられてきてから気に入ったのか、麻生さんもしょっちゅう通うようになったようです。麻生さんと松本さん以外の麻生派の議員が顔を出すこともあるし、霞が関の官僚がいることもあります」

 とは、このイタリア料理店のことを知る関係者。

 1月18日はボスである麻生財務相の話題も出たのか否か。午後8時20分頃に女性二人が店を後にし、その30分ほど後、松本氏も店から出てきた。

「あの店は予約客しか入れず、客がいる時でも基本的にいつも『CLOSED』の札をかけています。普段は政府の営業時間短縮要請をきちんと守っていて、夜8時に閉めている。その日、松本さんが9時近くまでいたから延長したのでしょう。食事を終えた後、込み入った話でもしていたのかもしれませんね」(同)

 店を出ると近くの大通りまで歩を進め、タクシーをつかまえた松本氏。当然議員宿舎に帰るのかと思ったら、タクシーは高級クラブが軒を連ねる銀座方面へと走り出したのだった。


■3軒をはしごして


 タクシーを降りた松本氏が、クラブが入っている銀座の雑居ビルのエレベーターの中へと吸い込まれていったのは午後9時頃。30分後、後ろを振り返りつつエレベーターから降りてきた彼は、店のママだろうか、誰かと談笑しており、手を振るようなそぶりも見せた。

 松本氏による緊急事態宣言下での銀座回遊はまだまだ終わらない。新橋方面へ数分ほど歩いた後、別の雑居ビルへと入っていき、出てきたのは午後11時20分頃。銀座での1軒目の店は滞在時間が30分ほどと慌ただしかったが、2軒目では2時間近くを過ごしたことになる。じっくりと腰を据え、酒やママとの会話を堪能したのだろう。満足したのか、さすがにその後はタクシー乗り場へ行ってタクシーに乗り込み、赤坂にある議員宿舎へと帰っていった。

 松本氏とのやり取りは以下の通りだ。

―(1月18日に)イタリア料理店に行って、その後銀座で何軒か行った?

「ちょっと思い出すから、ちょっと待ってね。イタリア料理店に最近行ったっていうのは覚えています」

―銀座に行ったのは?

「……(沈黙)」


■お店側の相談にいろいろ答えました


―銀座のビルに行っていますよね?

「それは……いやぁ……食事行った後は帰ってるでしょう? 帰ってない?」

「18日はイタリア料理店の店長さんから健康上の相談事があって。行ったついでに夕食をとって、白ワインと赤ワインを1杯ずつ飲みました。実はもう1軒呼ばれていたのが銀座の飲食店で、これからの営業をどうするのか、お店側の相談にいろいろ答えました。話が終わってすぐに出ましたし、お酒も全く飲んでいません」

―3軒目は?

「帰りがけに、久しく顔を見てないんで、どういう状況かっていうんで、見てきましたけども、そんなにそこでも……。実はそこでね、1杯2杯は飲みました。飲んだけども、その……大騒ぎするっていうようなことではなくて、今の商売の状況とかを話して、それで帰ってきたということで、そんなに遅くまではいなかったはずですよ」

―11時過ぎくらいです。

「普段飲むっていうと、我々は2時3時まで飲んでましたのでかなり早く切り上げたつもりではあります」

―女性が隣につくような店だった?

「いや、ママさんと対面」

―11時過ぎで“早く切り上げた”と言うが、国民からすれば、“こっちは7時で酒の提供が終わるのに”となると思うが?

「出されて飲んじゃったのが悪いということで、これはごめんなさい。しっかりと謝りますが、しかしこれは、お茶代わりで出てきたようなもので……」

―お茶代わりに酒が出てきたということ?

「そう」


■店に1人で行ったとの立場を崩さなかった


 ここまでの動向について、1月26日にデイリー新潮が速報記事で報じると、

「私の行動自体が少し軽かったと反省している。昼間動きが取れないことから夜の時間に動いてしまった」

 その日のうちに囲み取材に応じて松本氏は弁明した。イタリア料理店と銀座のクラブ計3軒を、“要望や陳情を聞き取る目的で”“1人で”訪れたと説明したのだった。

 その3日後の1月29日には国対委員長代理の職を辞任。記者からは、

「先日のぶらさがりで言っていた1人で行った事実に変わりはないか?」

 との質問も飛んだが、

「変わりありません」

 として、この場でも、店に1人で行ったとの立場を崩さなかったのだ。

 そして迎えた2月1日。松本氏とは無関係だが、公明党の遠山清彦衆院議員が深夜まで銀座のクラブを訪れていた問題などの責任を取り、議員辞職を表明。その後、自民党の大塚高司衆院議院運営委員会理事(56)と、田野瀬太道文部科学副大臣(46)が役職を辞任する意向、とのニュースが報じられた。

 その理由は、松本氏の銀座クラブ訪問に同席していたこと。この日の午後、役職の辞任に加えて自民党を離党することにもなった松本、大塚、田野瀬の3議員は揃って囲み取材に応じ、謝罪した。


■嘘が生まれた理由とは


 松本氏はそれまで嘘を繰り返していた理由について、

「前途ある有望な彼らをなんとしても庇(かば)いたいという思いから」

 と話した。細かく言うと問題の日、松本氏はイタリア料理店→銀座で2軒をはしごしたわけだが、1軒目と3軒目で大塚、田野瀬の両議員がここに同席していたのだ。

「自民党は元々、大塚、田野瀬両議員の処分については、役職の辞任で幕引きとしようと考えていました。ところが2月1日になって公明党の遠山議員が議員辞職を表明。それにより、松本氏含めて、役職辞任だけでは済まない流れが出来上がってしまった」

 と、政治部記者。

「遠山議員はキャバクラ遊びが明らかになったことで辞職に追い込まれた。自民党の3人も同様に銀座に行っていた上に、嘘をついていた、あるいは事実を黙っていたのですから役職辞任だけでは遠山議員と釣り合いません。また、離党勧告の背景には、2月1日に週刊新潮が彼ら全員に写真の存在を通告したことも影響している」

 松本氏は本誌前号を見て、他の2人は把握されておらず、これなら隠し通せると思ったのかもしれない。それが嘘を生んだ。実際は現場写真を押さえられていたわけで、それもあって観念することになった。


■明暗分かれた3人の運命


 ちなみに松本、大塚、田野瀬の3議員は、

「飲み仲間、というか最近、マツジュンが“お供”としてよく連れて歩いているのが大塚議員と田野瀬議員の二人だった。二人はマツジュンの太鼓持ちとして有名でした」(先の永田町関係者)

 実際、自民党に離党届けを出した後に行われた囲み取材で、松本氏は2人を食事に誘ったのは自分だと明かした。また、1軒目のイタリア料理店で一緒に食事をした女性2人は、3軒目に訪れた銀座の店のホステスだったという。ホステスと食事をし、その出勤に付き添って来店することを「同伴」と言うが、松本氏らのケースも変則的ながら「同伴」の範囲に含まれよう。そのホステスについて、田野瀬議員は囲み取材の場で次のように語っていた。

「元々は私の知り合いでございまして。で、一緒に食事をしないかという話になりました。その後、3軒目の店に行く予定は元々はなかったんですけども、食事の最中にですね、できたら顔だけでも出して欲しいねというようなことを言われまして、私と大塚先生が先に入り、松本先生が後から合流される。そういう流れになったと」

 つまり、元々は食事だけの約束だったがその場で「同伴」を懇願されたため、仕方なく緊急事態宣言下の銀座に繰り出した、というのである。ホンマかいな、という突っ込みがあちこちから聞こえてきそうである。

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 今回の衆院選前、ボスである麻生氏が松本氏の自民復党のために奔走したが実現せず、大塚氏に関しては不出馬を余儀なくされた。無所属で臨む松本氏と田野瀬氏の戦況は現状、明暗分かれており、田野瀬氏は楽勝ムードであるのに対し、松本氏は落選の二文字がちらついている。

デイリー新潮取材班

2021年10月21日 掲載

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