女子大生を1回4万円て?買春していた「佐田玄一郎元大臣」の女子大生フェチ度【政治家の黒歴史04】

女子大生を1回4万円て?買春していた「佐田玄一郎元大臣」の女子大生フェチ度【政治家の黒歴史04】

安倍元首相とも近く、安倍内閣で行革担当相を務めた

■黒塗りのトヨタ・センチュリーが


 10月31日の投開票の衆院選。候補者らの立派な公約に目を奪われるあまり、本人のキャラクターが見えなくなることもしばしば。それぞれの人柄や歴史を知っておくのは有権者にとっては大切なことだろう。もっとも、その歴史の中には本人は消し去りたいものも多いのだが……。政治家のスキャンダルを振り返る第4回は、自民党の佐田玄一郎元行政改革担当相(68)。女子大生とホテルで買春、お小遣いは1回4万円。性欲を優先してきた元大臣の日常を報告する。

(※週刊新潮2013.07.4、2016.01.07号に加筆・修正をしています。年齢や肩書などは当時のママです)

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 2013年6月21日、衆議院で議長、副議長の次のポストである議運委員長の佐田氏を乗せた黒塗りのトヨタ・センチュリーが、永田町にある衆院第2議員会館前の車寄せを出発したのは17時30分頃だった。

 その日は金曜日ということもあり、東京駅で下車、新幹線に乗り換え、地元の群馬へ戻るかと思われた。ところが、車は20分ほど走ると、JR御茶ノ水駅近くで止まった。

 佐田氏は1人、車を降りると、駅前まで歩きタクシーに乗り換えた。ちなみに、紺色のジャケットのラペルには、さっきまでしていたはずの議員バッジが見当たらない。


■湯島駅から徒歩で


 17時55分、タクシーが止まったのは地下鉄千代田線の湯島駅近く。佐田氏は、タクシーを降り、5階建てのマンション風の建物の前で足を止めた。で、そのまま中へ入るかと思いきや、正面駐車場の支払機と自動販売機の陰に身を潜め、周囲を窺う素振りを見せる。そして歩行者4、5人をやり過ごした後、正面玄関に吸い込まれるようにして消えた。18時10分のことだ。

 湯島天神のすぐ近くにあるこの建物、外観こそ派手ではないが歴としたホテルである。部屋数は30室弱。1泊1万円の中級ランクの部屋は広さ10畳ほど。ダブルベッドに42インチの大型液晶テレビと冷蔵庫、小さなソファーがあるだけだ。ちなみに、この時間帯の料金は、休憩(3時間)で5000円から。

 ホテルへ消えた佐田氏がその裏口から姿を現したのは、およそ90分後の19時45分頃のこと。まず、若い女性が出てきた。身長は160センチくらい。キャミソールに黒のカーディガンを羽織り、下はジーンズ姿。ヒールの高い編み上げのサンダルを履いている。涼しげな目元に黒髪のストレートヘア。後を追うように20秒後、佐田氏も裏口を出た。

 2人は別れ際に挨拶を交わすこともなく、女性は左手の路地へ、一方の佐田氏は右手に。そのまま湯島駅で電車に乗り、国会方面へ戻っていった。こうして2人は1時間半の逢瀬を楽しんだ。


■群馬最大手の建設会社の御曹司


 佐田氏は群馬・前橋市生まれ。1979年、北海道大学工学部を卒業後、建設会社を経て、1990年の総選挙(群馬1区)で初当選。現在、当選8回、平成研(額賀派)の副会長を務めるベテラン代議士である。

「あの人は、かなり恵まれた家庭に育った。議員になれたのもそのおかげです」と話すのは、佐田氏を知る額賀派関係者。

「祖父は元参院議員の佐田一郎さんです。それになんと言っても群馬県内の建設最大手で、東証一部上場の佐田建設の御曹司だからね。昔は相当お金もあったでしょうし、サラブレッドと言われていました」

 国会議員になる前は、竹下登元首相の大蔵大臣時代に秘書官を務めていたそうだが、
「中選挙区時代、中曽根康弘さんと福田赴夫さんと戦い、何とか当選していた小渕恵三さんをずっと支援していたのが佐田建設でした。その御曹司を小渕さんが預かった。そして、佐田さんに箔を付けてやるため、小渕さんは自分ではなく、竹下蔵相の秘書官に押し込んだのです」(同)

 群馬1区は、同じ自民党の尾身幸次元財務相の地盤でもある。そのため、小選挙区と比例で交互に立候補するコスタリカ方式で選挙を戦ってきた。

「佐田さんは、2009年に民主党が大勝、政権交代を果した際は、比例で出た。あの時、小選挙区から出た尾身さんは落選。そういう意味では、佐田さんは運が良く、落選経験がありません。それゆえ、研鑽や努力を積んでいない。頼りないので陰では“佐田ボン”と呼ばれています」(同)


■背広のポケットからあらぬものが


 安倍首相とも近く、06年の第1次安倍内閣では、行革担当相として初入閣を果したものの、

「就任早々、虚偽の政治資金収支報告書を出していたことが発覚し、辞任に追い込まれた。10年間にわたり、実態のない架空の事務所費を約7800万円計上し、恐らく裏金を作っていたというわけ。が、そもそも佐田建設から資金が送られていたはずですからね。佐田さんは、どういうカネの使い方をしているのやら」(同)

 議員としての功績は特になく、ただ当選回数が多いだけの人ということだが、永田町関係者は、こんな逸話を披露する。

「佐田さんが、議員会館で背広のポケットに入れていたハンカチを取り出そうとしたところ、一緒に避妊具が出てきたそうですよ。本人はバツが悪そうに、サッと隠したそうですが、そんなものを携帯しているということは、常に“臨戦態勢”ということですよね。女性が好きだという噂は永田町で割と広まっていることですが、奥さんと成人した息子2人の家庭があるのにね」

 さて、ホテルで逢瀬を楽しんだ相手は誰でどういった関係なのか。


■20歳の現役女子大生の告白


「あの人とは、私が上野のキャバクラでアルバイトをしていた頃、知り合いました」

 と話すのは、ホテルから出てきた女性当人だ。

「キャバ嬢を始めたのは昨年の12月です。入店した頃、私を指名してくれて、仲良くなりました。よく同伴もしてもらいましたよ。ただ、お店に来てくれると言っても、30分〜1時間で割とすぐに帰っちゃうかな。飲み物はよく、ハウスボトルを入れてくれました」

 彼女は東京六大学に通う、20歳の現役女子大生だ。

「名前は寺井玄。群馬の生まれで、バツイチの建築会社の社長と言っていました。本名が佐田玄一郎だなんて知りませんでしたし、ましてや国会議員だったなんて……。お店で、別のお客さんから私のお客さんに議員がいる、と言われたことがありましたけど、誰のことかも分かりませんでした。てっきり建築会社の人だと思っていました」

 2人が関係を持ったのは、今年1月のことだ。

「外で手を繋いだり、腕を組んだりしたことはないです。この半年で関係を持ったのは20回ほど。最近は、会えばそういうことばかりです。メールはしませんから、携帯で連絡を取りあって、向こうが湯島のあのホテルを指定してきました。1回の時間は短い方で、大体20分くらいだったと思います。でも、少し時間をおくと、復活してまた20分。1回会えば2回が普通でした」

 本誌が取材した21日も、1時間半で2プレイだったとか。

「確か、寺井さんは私と出会った頃、年齢を50歳とか51歳と言っていたと思います。まあ、1回会って2回というのも年相応かなと思っていました。今、本当の年齢を改めて伺って、またびっくりしました」


■「オレは、何も知らん」


 それにしても、なぜ、そんな関係になったのか。女子大生が続ける。

「別に、お金をチラつかされたわけではないです。んー、でも、私の予想として、もしあの人と寝たら、お金をもらえるかなと思って。学費も必要だったし。枕営業半分という気持ちもありました。そしたら、本当にお金をくれたというわけです。寺井さんは毎回、お財布から現金4万円を出して、そのまま頂いていました。寺井さんのことは好きじゃないです。愛情とか恋愛感情は一切ありません」

 24日午後、衆院議長との記者会見を終えた佐田氏に本誌記者が「21日に湯島のホテルへ行った件ですが」と問い質すと、

「何?」

 と言って立ち止まった。そこに記者がホテルの裏口から出る写真を出す。すると、平静を装っていたものの、一瞬、口端に微かな笑みを浮かべた。後は、記者が何を聞いても、

「オレは、何も知らん」

の一点張り。そのくせ、先の女子大生によれば、

「週刊新潮さんの取材を受けた後、私の携帯に寺井さんからたくさん電話がきています。今日一日だけで、すでに20件くらいの着信がありました」


■逢瀬の10日前には


 この女子大生と逢瀬を楽しんでいた10日前の6月11日の夕方、佐田氏の姿は上野の鮨屋にあった。近くの雑居ビルに勤務する20歳そこそこのキャバクラ嬢。同伴デートを決め込んでいたのだ。

 アキバ系アイドルと思しき彼女の表情には幼さが残っており、飲み物もお茶だけ。一方、注文した生ビールを啜りながら、しきりと鮨を彼女に勧める佐田氏の魂胆は傍目にも明らか。この後、佐田氏は日が暮れない時刻からキャバクラにご入店。

「イベントの時に顔出すからさ」

 と、猫撫で声で口説き始めるも彼女の心を射止めることはできず、この日は小1時間ほどで店を後にした。

 一連の騒動があった2年後、再び夜の街で佐田氏の姿が目撃されたのだった。

「11月30日の夜でした。玄さんと六本木のイタリアンで食事した時、“1回4万円で付き合わないか”と誘われたんです。“ムリです”ってお断りすると“じゃあ、5万円で”って。それでも断ると、“1カ月に1?2回しか会わなくていいから、月に15万円でどうだ?”ってしつこく食い下がってきて......」

 言うまでもなく、「玄さん」とは佐田氏のこと。愛人契約を持ちかけられたのは、東京六大学の1つに通う21歳の女性だ。


■2年後に再び東京六大学の学生を


 2人が知り合ったのは、11月の上旬という。

「私は月に何日か赤坂のキャバクラでアルバイトをしていて、そこに玄さんが飲みに来たんです。名前は佐田ではなく『山本玄』と名乗り、51歳のバツイチで、建築会社の社長って言ってました。ハイボールを次々飲み干しながら“一目ぼれしちゃった”とか、“付き合おうよ”なんて積極的に口説いてきましたね」

 その後も玄さんこと佐田氏は立て続けに店を訪問。金払いもよく真奈さんの売り上げもアップしたことで、「目つきがエロいオッサン」から、「少し面倒臭いATM」へと評価が変わったという。

 話を先のイタリアンレストランに戻すと、

「店ではずっと“お金だけはあるから”とか、“君はホントに可愛い。大好き?”とか口説いてばっかり。正直、気持ち悪くて料理の味も覚えてません」

 ワインのボトルが空に近づくと佐田氏は勝負に出た。

「援助交際とか愛人とか、何度も“そういうのはムリです”って言ってるのに、玄さんは“優しくするから”“ノーマルだから変なことはしないし”なんてエッチなことを言い出したんです。最後には“俺と契約したら学費の足しになるんじゃない?”って。お金さえ出せば何とかなるみたいな誘い方にすっかり嫌気が差して、あの日以来、連絡は一切無視しています」

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 そのあと佐田氏は前回17年の総選挙にやはり出馬できず、19年の前橋市長選に出馬したが惨敗。かつての地盤である群馬1区は尾身朝子(細田派)、中曽根康隆(二階派)という2人の現職が公認争いを続けてきたが、中曽根氏が公認され、尾身氏は比例北関東ブロックに回ることになった。いずれにせよ、佐田氏のイスはもう用意されていないようだ。

デイリー新潮取材班

2021年10月22日 掲載

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