中川郁子元農水政務官と門博文衆院議員、二階派同士の路チュー現場【政治家の黒歴史06】

中川郁子元農水政務官と門博文衆院議員、二階派同士の路チュー現場【政治家の黒歴史06】

再起をかける落選中の中川郁子氏

■いつの間にかメガネを


 10月31日に投開票が行われる衆院選。各候補者たちの立派な公約とは別に、それぞれの人柄や歴史を知っておくのは有権者にとっては大切なことだろう。もっとも、その歴史の中には本人は消し去りたいものも多いのだが……。政治家のスキャンダルを振り返る第6回は中川郁子農水政務官(62)と門博文衆院議員(56)の逢瀬を取り上げる。

(※週刊新潮2015.03.12、2015.03.19、2015.07.16号に加筆・修正をしています。年齢や肩書などは当時のママです)

 ***

「夫の思いを」「夫が守った十勝を」「夫、昭一の志を受け継いで」――。

 2014年12月の総選挙で、北海道11区から再選に挑んだ中川郁子候補は、そんな決意の言葉を連呼した。「夫」とは、09年2月、財務相時代に、ローマで行われたG7後の会見で酩酊した姿をさらし、その年の総選挙で落選後、09年10月に急死した中川昭一氏(享年56)である。

 その選挙で当選して2期目となった中川郁子代議士は15年2月23日の午後6時すぎ、第2議員会館前でタクシーを拾って、秘書と思しき男性を伴って六本木の中国飯店に向かった。

 食事を終えて店から出てきた彼女は、グレーのスーツの上に、襟元にアクセントがある黒のベルベット地のコートをまとい、ショルダーバッグを提げていた。そして、ひとり六本木駅方面に歩いていった。いつの間にかメガネをかけている。


■見つめ合ったのちに数秒にわたって


 携帯電話を眺めては時折り操作している。六本木ヒルズのノースタワー付近に至ると、立ち止まって携帯で話をしはじめた。どうやら待ち合わせをしているようだ。

 すると9時ごろ、黒いスーツの上にベージュのコートを羽織り、肩から黒い鞄を提げた男性が中川氏に近づき、彼女と顔を合わせた途端、満面に笑みを浮かべた。

 2人は時々後ろを振り返りながらゆっくりと歩を進める。通行人が途絶えると中川氏は男性に体を寄せ、そして手をつないだ。人通りの多いところでは2人の距離はいったん開き、人がまばらになると再び手がつながれた。

 そして暗い路地に入ると男性が、指をからませたままの手を中川氏の腰に回し、どちらから求めるともなく2人の顔が近づく。見つめ合ったのちに、数秒にわたって唇が重なった。

 その後、2人はカフェに入店。10時すぎに店を出て、薄暗い歩道に入ったところで、2人は足を止めた。そして、それぞれの腕を相手の背中に回し、おたがいを強く抱き寄せると見つめ合い、再び熱く深いくちづけを交わした。唇が重なる前、中川氏は男性の胸に顔をうずめ、男性は彼女の頭に手を回し、髪をやさしく撫でていた。

 男性はその後、タクシーに乗って赤坂議員宿舎で下りた。彼は和歌山1区から出馬して比例近畿ブロックで復活当選した門博文衆院議員。中川氏と同期で、かつ同じ二階派の所属だ。そして彼は妻との間に、3人の娘がいる。


■“父をよろしくお願いします”


 ある和歌山県議が言う。

「松下興産をへて系列のホテル会社社長を務めていた博文さんは、自民党の衆院選候補に応募して選ばれたんです。二階俊博さんはお父さんの門三佐博さんと県議の同期ですが、いかんせん博文さんは知名度がない。この間の選挙では、ある演説会場でお嬢さんが“父をよろしくお願いします”と涙を流しながら訴え、反響を呼びました。投開票日には家族総出で状況を見守り、当選するとお嬢さんが泣き崩れていたのが印象的でした」

 ついでに、中川氏が衆院議員になった経緯も振り返っておきたい。帯広の自民党関係者によれば、

「昭一さんの没後、お嬢さんか甥っ子が候補にあがりましたが、そこに突然、郁子さんが手を挙げた。地元の人間からすれば、昭一さんが築いた地盤さえ崩れなければ、誰が出馬してもよかった。最初の選挙では昭一さんの遺影を持ち、“弔い合戦”を展開した。それに対し、前回の選挙は農水政務官としての実績も、過剰なほど訴えていました」

 そんな中川氏には東京に恋人がいる、それも国会議員らしいという噂や、門議員との親密さも話題にのぼるようになったという。


■「私はもっと美人で、細いし、若いし」


 帯広へやってきた門議員と中川氏が連れ立ってばんえい競馬を見たり、2人の会合などでの何気ない会話の雰囲気が妙に親密だったり……、札幌で落ち合った2人がほかの議員も交え3人で食事をしてたところ、1人が帰ると2人は別の店に消えていったり……。

 そんな評判は門氏の地元、和歌山でも立っていた。会合の来賓に、中川氏の名前があったのだ。「二階氏の代理」としてやってきたそうだが、地元では「2回生議員の中川さんがどうして?」という状況だったという。

 さて、中川氏に聞いてみると、

「覚えてないです。私じゃないと思いますよ」

 写真を見せても、2人の関係を尋ねても、

「どんな関係でもないですし、どう考えても私じゃないと思います」

 何をしていたのかすら思い出せないと言うので、数時間後にあらためて電話した。

「手帳で確認しましたけど、中国飯店には行っていません。写真も私じゃありません。私はもっと美人で、細いし、若いし。しかも、私はメガネをかけません。あなたがおっしゃる事実はすべて間違っている」


■「男性は正直、門先生にしか見えないですよね」


 ともあれ、同じ日の晩、門議員にも電話で問うてみた。すると、

「その日は事務所の慰労会で、赤坂で飯を食って、そのまま帰ったんちゃうかな。議員宿舎まで歩いて帰りました。写真?それは俺とちゃうやろ」

 埒が明かず、直接写真を見せたが、

「宿舎の前で俺を見たと言われても、俺はこの写真の男じゃないよ。写真にあるような口づけだってしてないんだから」

 そう否定して、続けた。

「中川さんと2人で会食する機会は、2年間で数度あったと思うけど、今週は会ってない。もっとも今まで妻一筋かと言うと、そうとは言えんな。男やからな。風俗は全国でも1、2を争う店があって、熊本のブルーシャトウな。3回行ったよ……」

 さらにこう語る。

「中川さんはお縞麗ですけど、俺の7歳上でしょ。女性の年齢はプラマイ1くらいがいいんちゃうかな。下はマイナス3まで、上はプラス1を死守したいね。年上の人に性的な魅力は、そりゃ感じないやろな」

 クラブのホステスに口づけしたことはあるが、と続けて、

「“チユッ”って感じで、“ベロベロ”ってやったことはない。この写真にあるようなのは、俺の価値観じゃ考えられないな」

 そこで事務所を訪ね、秘書に写真を見せたところ、

「これ、相手が(中川さんという)有名人やなあ。男性は正直、門先生にしか見えないですよね。“(中川さんとの)噂が出てるで”とは聞いていたけどね」


■「彼女は中川家を裏切った」


 さらに、門議員の父の和歌山県議、門三佐博氏にも写真を見てもらった。

「息子本人とは思うやな。相手は同じ派閥の知っとる人やし。公人やから一番気をつけなきゃいけないことや。選挙で有権者のみなさんに世話になってよ、“東京でこんなことばかりしているのか”と思われるでしょう。ホンマ情けない」

 中川氏の“身内”はどうか。地元後援会長の矢野征男氏に写真を見せると、

「情けないことをしやがるな。何やってるんだ。俺はこういうのは好きじゃないからな。地元の支援者たちに大きな影響を与えると言わざるをえないね。相手が妻子持ちだというのも女性支持者に影響を与えるだろうね。(義理の父の)一郎さん、昭一さんのころからの支援者の票も離れてしまうかもしれない。彼女は中川家を裏切った、と思う人が出てもおかしくないと思いますよ」

 さすがに、ここまで言われると、門議員も観念して、

「昨日は写真を見せられて、僕も困惑してしまった。2月23日は、お酒を飲んだ気のゆるみで軽率なことをしてしまい、反省します。ただ、あの写真以上の関係ではなく、交際もしていない。2月7日に北海道で会ったときのお礼がまだだったので、“軽く一杯”という話になったんです」

 そして、こうも言う。

「酒が入っていたらそんなもんちゃう? 向こうも飲んでいたんやろうな。俺も飲んでいたし。別れ際も? 記憶としてはあまりわかんない」


■いろんな人の悪意と、体調と、宇宙の摂理


 翌日、中川氏も前言を撤回した。

「この間は動揺して“写真に写っているのは私ではない”と言ってしまいましたが、あれは私です。酔ったうえとはいえ軽率な行動でした。反省しています」

 そして、

「いろんな人の悪意と、体調と、宇宙の摂理が一緒になったときに大きな不幸が起きる。その1回目が中川一郎が自殺したときで、その26年後にローマで事件が起き、夫がいなくなってしまった。それと同じようなことが起きたのが、この間のことでした。夫にはこれから報告しますが、“バカなことをしたな。でも、俺もそんなこと一杯してたんだよ、実はな”って言うんじゃないですかね」

 妻子ある同僚と唇をむさぼりあったのがバレた不幸を、中川家2代の死と同列に語った挙句、亡き夫の“霊言”を火消しに利用する。中川家、そして支持者に対する背信行為ではないか。

 この行為を報じる週刊新潮が発売された後、中川氏はたまらず西新宿の大学病院に“入院”した。

「入ったのはVIPのための個室で応接用のソファまである。1泊7万〜8万円だと思います。病室でタバコを吸って怒られたりしたようですけどね」(東京医大病院の関係者)

 中川氏にこの点について聞くと、

「あの写真を見てから不眠や不安が続き、抑うつ状態と診断されました。タバコは強い不安感でなにも考えられず、病院で隠れて吸ってしまい申しわけありませんでした。前回の取材でも“宇宙の摂理”とか普段考えていないのに、口をついて出てしまったのです」


■3か月後に2人は再会


 そして、この騒動から3か月後、2人は再会していた――。

 6月30日の午後5時すぎにグレーのスーツ姿で黒塗りのクラウンに乗り込み、議員会館を発った中川氏は2つのホテルで会合を済ませ、7時すぎに世田谷区の自宅に到着。家の中に姿を消したが、30分もたたずに再び外出した。

 Gジャンに白いシャツ、膝上10センチほどの茶色のミニスカートに着替えた彼女は近所の居酒屋に入ってテーブル席に座った。

 5分ほどして黒いセンチュリーが到着し、スーツ姿の男性2人が降りた。そのうちの若いほうは、店内に中川氏を認めると、「ヨッ」と手を挙げ、顔をほころばせた。その表情に既視感があるのは、男が門氏だったからである。その前を歩く初老の男性は、江ア鐵磨衆院議員。ここに集まった3人が所属する二階派の事務総長だ。

 3人での居酒屋飲み会は、政策論をぶつけあって終了。男2人はセンチュリーに乗り込み、中川氏は雨の中を傘もささず、携帯電話を耳に当て、自宅までのおよそ1.5キロをゆっくりと歩いて帰宅した。

 この夜のことを江崎氏に聞くと、

「2人は例の問題で次の選挙が難しいから、激励するために、私が呼びつけたんです」

 と話したが、その数時間後には、

「国会議員を4、5人連れて行こうと思っとったけど、都合がつかず、出席した人だけ激励した。3人になったのは偶然。相談に乗ってやってなにが悪い?」
と、言うことが変わったのだった。


■「酔っ払ってということです」


 用があるなら、江ア氏の事務所で会えばいいのではと誰もが思うところだが、自民党関係者によれば、「中川さんに頼まれて2人を引き合わせたはず」だという。

 中川氏に聞くと、まずは否定。そして写真を見せると、

「あーあのーっ、えーっと、これは江ア事務総長が、えー、いろいろご配慮いただいて、いや、そのー、派閥のこれからについて、あの、私、一度家に帰らせていただいてから、江ア先生から連絡があって、ちょっといろいろ相談があると。終わって、私はタクシーを拾ってそのまま帰りました」

 歩いて帰ったはずでは?

「門先生とは、そもそもなんの関係もありません。お恥ずかしいことですが、酔っ払ってということです」
と強く訴えたのだった。

 ***

 その後、2017年の総選挙で中川氏は落選、比例復活も叶わず。一方の門氏は比例で救われたものの、これで3度連続で小選挙区での敗北を喫したことになった。今回の衆院選でも共に自民党から出馬するが、小選挙区ではライバルの後塵を拝している。公人として著しく配慮を欠いた振る舞いの代償は極めて重いものとなった。

デイリー新潮取材班

2021年10月27日 掲載

関連記事(外部サイト)