木下都議の初登庁に議会は大混乱 議員らの“まず辞職しろ”の声を無視して控え室に“籠城”

木下都議の初登庁に議会は大混乱 議員らの“まず辞職しろ”の声を無視して控え室に“籠城”

雲隠れ後、4カ月ぶりに公の場に姿を現した木下富美子都議

 11月9日、4カ月ぶりに都庁に姿を現した木下富美子都議(55)は、公の場で初めて一連の騒動について謝罪した。だが、それで禊が済んだと思ったのか、早速、議員活動を再開しようと委員会に出席。猛反発した議員全員が退席したため、委員会が開催できない異例の事態になってしまったのだ。その後、本人は控え室で“籠城”する始末。関係者は唖然とするばかりで……。

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■シュンとした様子で俯いていた木下氏


 木下氏は正午ごろに都庁に姿を現し、まず議長と副議長から長期欠席について事情を聴かれた。議長室でシュンとした顔で俯いていた彼女は、帰ってきた家出少女のようにしょげた様子。10分後、三宅茂樹議長が先に退室して、待ち受けていた約40人の記者たちの前に出てきたが、浮かない顔である。

「辞職されるべきだと申し上げましたが、ご本人からは『辞職しない』という言葉を頂きました。公人としての責任の取り方はどう考えているのかともお尋ねしましたが、『議員として活動して返していきたい』というお言葉でした……」

 “もうあの人には何を言っても無駄だ”。議長の疲れ果てた表情にはそんな諦念が滲んでいた。

 直後に、赤いワンピースに青のジャケットをまとった木下氏は報道陣の前に立った。進退について聞かれると、まずは謝罪の弁から述べ始めた。

「このたびの私の行動で本当に多くの皆様にご迷惑をおかけしてしまったこと、被害にあわれた方へのお見舞いとお詫びを申し上げさせていただきたいと思います。免許停止中に車の運転をしてしまったこと、そこで事故を起こしてしまったこと、あってはならないこと、深く、深く、反省をいたしております。今後、二度とこのようなことを繰り返すことがないよう、免許を取得せず、車等の運転はいたしません。事故時の車についてもすでに処分をいたしております。本当に、本当に、この度は大変申し訳ございませんでした」


■時折、息を荒くして苦しそうに……


 丁重に頭を下げた後、うつむきながら話を続けていく。

「この間、多くの方々からご意見、お叱りの言葉、ご批判をいただいて参りました。私への議員辞職を求める声があることも承知いたしております。そして、また都議会におきまして、二度の辞職勧告決議案が出されたこと、大変重く受け止めさせていただいております」

「あわせて2000件ほどの多くの皆様の声にお答えして参った4年でございました。そういった中で、厳しいご批判を受ける一方で、ぜひ続けてほしい、また力を貸してほしいという声があることも事実でございます」

「償うべき罪はしっかりと償う。このことを行ったうえで……、失われた信頼を回復することは大変厳しい道のりであることを覚悟いたしております。が、ひとつ、ひとつ、これからの、議員活動のなかで、……答えを導きださせていただければと考えております」

 時折、息を荒くして苦しそうに語る木下氏。この間に支給された計約192万円の給与は全額NPO団体に寄付したと報告し、150万円の政務活動費も受け取らない考えを述べた。また、10月半ばに事故の被害者と示談が成立していたことも明かした。


■質疑を打ち切り、委員会室へ向かった木下氏


 その後、質疑応答となった。

――無免許でなぜ運転をされたんでしょうか。

「これにつきましても今聴取を受けている内容でございまして……。現時点では申し訳ございません」

――無免許で運転されているという自覚はあったのでしょうか。

「申し訳ございません。現在、それについてもお話しできません」

――議員を続けるということですけど、これだけ批判の声が出ています。議会で二度も議員辞職勧告が出ていますが。

「先ほど、議長、副議長からもお話しいただいたところでございます。二度も辞職勧告決議案が出ていること、それは議会の意思、それと議会を構成する多くのお一人お一人選ばれた有権者のみなさまの意思だと、重く、重く受け止めております……」

 これで一問一答は終わり。記者たちが納得いく説明もないまま、木下氏は行ってしまった。早速、議員活動を再開すべく、午後12時半から予定されていた「公営企業委員会」の理事会へと向かったのである。理事会とは委員会を運営する理事らで構成される委員会前の準備会議のような場だ。


■議員らの猛反発で理事会は開催されず


 だが、理事会は開かれなかった。木下氏と入れ替わりに、理事たちは委員会室からぞろぞろと退出。全理事が木下氏の出席に反発して、退席してしまったのである。ここで木下氏を委員会に入れてしまったら、彼女の議員活動継続を認めてしまうことになることを議員たちは恐れたのだ。

「今日は年に一回、水道局の事業全般について質疑が行われる予定でした。通常の委員会だと、条例の改正案など、予め決められた案件に限定した質問しかできませんが、全般質疑の日は何でも聞ける貴重な日とあって、各委員はこぞって質問を用意していました」(議会関係者)

 木下氏がやってきたことで、このような大事な委員会が開かれなくなってしまったのである。

 その後、木下氏はどうしたかというと、都民ファーストを離党後、一人で立ち上げた会派「SDGs東京」の控え室に閉じこもった。“仲間外れは許さない”とばかり、理事会が再び開催されるのを待ち始めたのであった。

 他の議員たちは木下氏が帰ればすぐにでも理事会を招集し、委員会を開催したいところだが、木下氏がなかなか帰ってくれない。“我慢比べ”が始まってしまったのだ。


■トイレみたいです!


 そんな両睨みを待ち続ける40人の報道陣。籠城から2時間経過した午後3時頃、突然、木下氏が控え室から出てきた。理事会に向かうのか? はたまた、あきらめて帰宅か?

 木下氏が向かっていく方向に大挙して走り出す記者たち。だが、やがて広報課の職員から、「トイレみたいです!」という声が上がると、一斉にため息が溢れた。

「ばかばかしい!」

 ある記者がたまりかねて本音を発すると、「ほんとだよ……」「早く帰ってくれよ」と皆、堰を切ったように口々にこぼすのであった。

 午後6時現在、籠城は継続中である。誰か早く彼女に“引導”を渡してくれないものだろうか。

デイリー新潮取材班

2021年11月9日 掲載

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