辻立ち1600回“打倒安住”を誓って…元タレント・森下千里氏が明かす“敗北の涙とこれから”

辻立ち1600回“打倒安住”を誓って…元タレント・森下千里氏が明かす“敗北の涙とこれから”

森下千里氏 茨の道進む理由

辻立ち1600回“打倒安住”を誓って…元タレント・森下千里氏が明かす“敗北の涙とこれから”

投開票日の翌々日から辻立ちを再開している

 衆院選から3週間。敗者たちの次に向けた戦いは、すでに始まっている。「安住王国」と呼ばれる宮城5区で、立憲民主党の安住淳氏に挑み落選した元グラビアタレントの森下千里氏(40)もその一人。地元は早々に支部長再任を決め、森下氏は辻立ちを再開している。なぜ彼女は華やかな芸能界を去り、茨の道を進もうと思ったのか――。宮城県石巻市の事務所で話を聞いた。

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■グラビア女王と呼ばれていた頃


 紺のスーツに第一ボタンまで留めた白のワイシャツ。これが今の彼女の“戦闘服”である。薄化粧でマニキュアもせず。胸の谷間を強調し、扇情的なポーズを取っていたグラビアアイドル時代の面影は微塵もない。

「実は自分では、そんなにギャップを感じていないんです。グラビアの仕事は、乗りかかった船みたいなノリでやっていた。ちょっと生意気な言い方になってしまいますが、あくまで自分は被写体という一つの役割に過ぎず、カメラマンさん始めスタッフみんなで作り上げた作品に過ぎないと思っていたんです。だから、あの頃のイメージは本当の私とはちょっと違うかなと」

 10代の後半から始めたレースクイーンを経て芸能界入り。一時はグラビア女王としてバラエティ番組などに多数出演していたが、

「そんなに芸能界に染まっていたわけではないんですよ。もともと一からすべてに関わっていきたいってタイプ。台本を渡されて、“はい、ここお願いします”という立ち位置から脱したいと思いながら働いていました。それで30代になってから、起業家を志すようになったのです」


■翌日には新幹線に飛び乗り……


 16年に会社を設立。趣味のゴルフのブランドを立ち上げ、ジム経営などに乗り出した。その頃から経営について勉強も始めたという。

「ファナンスを勉強したかったので、日経新聞を購読。本もよく読むようになり、経営者の友人とも交流を深めました。会社経営も楽しかったのですが、本当にやりたいことって何だろうと突き詰めて考えた時に、やっぱり政治家じゃないかと思い始めた。原点は東日本大震災で経験したボランティアです。被災地で大変な思いをしている方々のお手伝いをさせていただきながら、人々の暮らしに役立てるような仕事をしたいという思いを、ずっと胸に秘めていたのです」

 今年初め、知人から宮城5区で自民党の公募があると聞いた時は、二つ返事で「行きます」。翌日には新幹線に飛び乗った。同区は安住淳氏が9連勝中の選挙区で、落下傘の新人候補が挑むには厳しすぎる土地だ。

「はたから見れば、無謀すぎる挑戦だったかもしれません。でも、あの頃は自分の思いを伝えるのに必死で、そんなことは考えなかった。こちらに越してきたのは4月。最初の1カ月は、たった一人で事務所開設の準備に追われながら過ぎていきました」


■野次の飛ぶ方向へ駆け寄った


 支部長に就任し、正式な候補者となってからも、「元グラビアタレント候補」を冷ややかに見る向きは多かった。本人も「逆の立場ならば、当然だったと思います」と振り返る。そんな周囲の評価を一変させたのが、1600回繰り返したという「辻立ち」だった。

「6月から毎日、秘書と一緒に車に乗って、一日十カ所以上回りました。芸能界にいた経験で度胸には自信があったつもりですが、いざやり始めると、アレ、なかなか勇気がいるものなんですよ。やっぱり不安なんですよね。被災した経験がないのに復興を訴えても、聞いてもらえるんだろうかと考えてしまったり……」

 案の定、聴衆から野次られることも度々。だが、そんな時こそ声が飛ぶ方へと駆け寄り、「ぜひその体験を私に教えてください。その声を私が政治家になって政策として実現させます」と訴えた。

 実質5カ月間の短期決戦。日焼けで鼻は何度もすりむけ、靴も数足潰した。だが、盲目的に辻立ちを繰り返すうちに、少しずつ支援の広がりを実感できるようになったという。

「毎日のように走り回って何十人とご挨拶しているから、こちらは顔を覚えきれていないんですが、『あの時、果物を差し入れたの私よ』みたいな再会も数えきれないくらいありました。辻立ちって、いろんな出会いのドラマがあるんです」


■悔しくて涙が止まらなかった


 結果は敗北。比例復活も叶わなかった。だが、安住氏の8万1033票に対し、6万1410票を獲得する健闘を見せた。負けた実感が湧いてきたのは、開票日の翌日。悔しくて涙が止まらなくなった。だからこそ思った。もう一度チャンレンジしたい。翌々日から、辻立ちを再開すると気分も晴れた。今も毎日、街角に立って地元の人たちに挨拶するのを日課にしている。地元支部・県連もそんな森下の姿を見て、支部長再任を早々に決定。現在、党本部に上申中である。

 板についてきたという辻立ちを見せてもらった。

「森下千里です。選挙中は、みなさんからたくさんの応援をいただきました。これからもここ石巻で頑張って参ります!」

 事務所近くの交差点で森下氏が声を張り上げると、車中から手を振って返す有権者が多く見受けられた。森下氏も満面の笑みで手を振って返す。

「もっと地元の人の声を聞いて勉強していきたい。そして、今度こそ勝てるように頑張りたいです」

 最長で4年後になる次なるチャンス。夢が成就する日は訪れるのか。

デイリー新潮編集部

2021年11月21日 掲載

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