石破茂「医療は公的インフラ。緊急時に対応できる医療法に改正すべき」パンデミックの繰り返しが予想される21世紀の医療体制を提言

 感染爆発、医療崩壊が連日伝えられていたのが嘘のように、新型コロナウイルスの検査陽性者数は激減。それに伴い、テレビのワイドショーもすっかりトーンも内容も変わってしまった。もちろん政治家もメディアも「第6波」への警戒を弱めないように、といったメッセージは伝えているが、「本当にその視点だけでいいのか」と指摘するのは石破茂元自民党幹事長である。

 今のうちにやっておかなければ次の危機には対応できない、というのだ。

 石破茂の異論正論、第17回である。


■21世紀は感染症の時代 石破茂の異論正論(17)


 10月に入ってから国内の新型コロナ新規感染者数は、幸いなことに激減しました。ただ、これで完全収束とは思われず、「第6波に備えねばならない」ということを専門家も政治家もみな口にしています。

 もちろん次の波を警戒し、できる対策は個人レベルでも行政レベルでもするべきでしょう。ただ、「第6波」やあるいはさらなる「波」に備える、という姿勢だけでは不十分だと考えています。今回の新型コロナウイルスで見えてきた我が国の弱点を克服しなければなりません。

 ワクチン接種が進み、治療薬も開発が進んだことでCovid-19という新型コロナウイルスについては、かなり出口が見えてきた、と思われていました。

 しかし、つい先日、新たな変異株「オミクロン株」が登場しました。

 そして、今後全く別の新しいウイルスが出現する可能性は、低くはないのです。

 政治が考えるべきはこの点ではないでしょうか。

 そもそも「21世紀は感染症の時代である」とは、今回のパンデミック以前から言われてきました。

 日本は人口が減り続けていますが、地球上の人口は増加を続けています。アフリカなどの国々では、2050年までに人口が倍増するという予測まであります。つまり地球規模では当面、「密」が進む。

 そのうえ国境をまたいだ移動は活発化し続けるでしょう。

 この状況で、また新たな感染症が発生した場合に、世界的パンデミックが発生するリスクは以前よりも高まっています。

 また、地球温暖化の影響で、北極や南極など寒い地域で氷の中に閉じ込められていたウイルスが息を吹き返すリスクも指摘されています。

 今回の新型コロナのことだけ考えていては、こうしたリスクに十分に対応できません。

 ところが政治もメディアももっぱら関心は「第6波」であり、ワクチン、治療薬のようです。そのため多くの人の目もそこに向いてしまっています。

 これではいけない、危ない、次の感染症に備えねばならない。そんなことを先日の選挙でも私は各地の演説で訴えてきましたが、「そんな話は初めて聞いた」といった反応も珍しくありませんでした。

■医療崩壊の本質は


 今回のパンデミックで見えた日本の弱点とは何か。それは世界最多の病床数を誇り、なおかつ世界的に見れば決して多いとはいえない感染者数であるにもかかわらず、入院患者を受け入れられない事態が起きたということです。

 ついに医療崩壊が起きたと言われていたのは、ほんの数カ月前のことです。感染した妊婦さんがスムーズに入院できなかったために、大切なお子さんの命が失われるといった悲劇も起きました。このような悲劇があってはならない。誰もがそう思ったはずです。

 なぜそのようなことが起きるのか。その理由についても、この間よく解説を耳にされたはずです。日本は病床数こそ多いものの、その8割が民間病院であり、制度上も受け入れを強制することができない。

 また、仮に受け入れようという意志が病院側にあったとしても、それによって経営が圧迫されるリスクを考えると踏み切れない。「あの病院はコロナ患者を受け入れている」「あの看護師さんはコロナ担当らしい」そんな評判が立つと、病院やスタッフが不利益を被りかねない。結果として受け入れる病院、スタッフの数は増えず、頑張っている病院やスタッフほど苦しくなっていく。それで燃え尽きてしまう。その様を見れば、新たに加わろうという意欲も削がれる。このような負の連鎖が断ち切れない。

 現在のシステム、法律ではこのようになるのは必然でしょう。


■医療は公的インフラである


 ここで改めて考えてみたいのは、社会において医療とはいかなる存在なのか、という点です。

 たとえば、自衛隊、警察、消防について考えてみましょう。国の独立を守る、社会の治安を維持する、火災に対処する、といった機能は、公共の基盤(インフラ)として税金で運営されています。それは民間企業とは異なる論理で動かなければ困るからです。もちろん民間企業でも警備会社など、危険に接近することを前提としたビジネスはありますが、国民全体の利益に資する、というところが公的インフラである一番大きな理由です。

 では医療はどうでしょうか。

 医療費は現状でも、原則として個人負担が3割で、7割は税金や社会保障費でまかなっています。つまり7割は公的なお金で支えられているともいえます。そして、診療報酬といわれる医療行為の点数(価格)も薬価(処方薬の価格)も、公的な基準によって定められています。

 また、医師を育てる課程にも税金の一部が使われていることを指摘する識者もいます。医学部とその他の学部では期間も違いますし、医師の育成にはそれなりのコストがかかります。国公立と私立など、さまざまな違いはありますが、その育成コストの一部を公的に補助しているのは事実といえるでしょう。

 このような医療のコスト面に着目すれば、「医療は公的インフラの一種である」と位置づけることには、多くの賛同を得られるのではないでしょうか。

「そんなの当たり前だ。何を理屈をこねくり回しているんだ」

 そう感じる方もいるかもしれません。しかし、実は今の日本のシステムにおいては、医療はあくまでも民間の設立に任せられており、公的インフラとして位置づけられてはいないのです。

 しかし、今回の新型コロナ対応で、人口あたり総病床数では世界一といわれている日本において医療崩壊、つまり新型コロナ患者が入院できない、診療してもらえない、という事態を引き起こしたことから考えれば、いざという時に必ずお医者さんに診てもらえる、ということは国民全体の利益のために必要なことなのではないでしょうか。

 そう考えると、「民間病院には口出しができない」という前提を変えて、「医療は公的インフラである」ということを前提として共有したうえで、平時と緊急時で異なる体制を取ることができるように整備していくべきだと考えます。

 医師、看護師、病床、医療機器、薬剤。それぞれが重要な医療リソースであり、病床だけ確保しても医師がいなければ診療できませんし、医師を確保しても看護師がいなければ病状の急変などに対応ができません。これらの医療リソースを平時、緊急時、危機時、それぞれに合わせて機動的に最適化ができるように、医療法から丁寧に見直し、体制を構築していかなければなりません。

 もちろん、資源の確保や連絡、指示などにおいて、都道府県や市町村の役割も明確化しなければなりません。

 これは大きな改革になる話ですから、ある程度時間をかけてコンセンサスを得ながら全体的な方向性を決め、その後で細かい法的な整合性なども詰めていく必要があります。

 その間、今でもできる対応として、都道府県域を超えて柔軟に医療リソースを融通し合える体制を、医師会同士、あるいは自治体間で話し合い、平時から緊急時や危機時に何をどのように融通し合うかを準備しておくべきだと思います。もうすでに広域連携が行われている地域も少なからずあり(私の選挙区のある鳥取県もそうです)、取り組みが広がっていくことを期待しています。


■医師会ともオープンな議論を


 医師や看護師など、医療職の方々のほとんどは、「人の命を助けたい」という真摯な思いのもとに働いておられます。そうした方々の代表でもある医師会のような団体が、現状のままで良しとして、スタンスをまったく変えないとは私は思いません。現に、多くの医療関係団体からさまざまな提言も出されており、政府もこれらを踏まえて予算措置などに踏み切っています。

 今回のような危機を契機として、あらゆる事態において医療崩壊を招かないためには何をすべきかにつき、団体の方々と行政とでオープンな議論をすることが必要だと思います。国民が見ることのできる場で、現状と課題、解決の方向性について話し合われれば、多くの国民の納得を得ることができるのではないでしょうか。それが、より信頼性の高い医療体制にもつながっていくでしょう。

 このように、「第〇波に備える」といった短期的な視点の議論ではなく、これから先を長く見据えての法律やシステムの整備をこの機会に進めなければなりません。そのために私も勉強と発信、提言を続けてまいります。次のパンデミックが発生した際に「そういえばあの問題を先送りしたままだった。しまった!」では済まないのです。

デイリー新潮編集部

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