松本純・前衆議院議員の復党が白紙に 緊急事態宣言中の「クラブはしご」写真を振り返る【スクープのその後】

松本純・前衆議院議員の復党が白紙に 緊急事態宣言中の「クラブはしご」写真を振り返る【スクープのその後】

銀座のクラブ街を歩く松本元大臣(撮影・大橋和典)

■緊急事態宣言下の夜遊び


 緊急事態宣言下の深夜に東京・銀座のクラブを訪れたとして今年2月自民党を離党した松本純前衆院議員(71)。その後の松本氏について要約すれば、出馬、落選、復党願い、復党許可、復党取り消し、というのがここまでの流れである。“自民党のマツジュン”にとって波乱の一年となった2021年を発端となった写真とともに振り返ってみたい。

 問題の行動があったのは、2021年1月。政府が国民、飲食店に外出自粛や時短営業を要請し、罰則の法制化まで急いでいた時期だ。そんな状況下、国家公安委員長などを歴任したベテラン議員である松本氏が都内のイタリア料理店でワインを楽しんだ後、銀座のクラブをハシゴしていた事実を週刊新潮が報じたのだ。

 まずはその夜の様子をプレイバックしてみよう(一部、当時の記事に加筆・修正しました)


■午後11時にクラブ街を歩く松本氏


 当選7回、国家公安委員長など大臣を歴任──そんな自民党のベテラン衆議院議員が1月18日の夜、都内のイタリア料理店でワインを片手に舌鼓を打ち、さらに、なじみの銀座のクラブをハシゴしていた。言うまでもなく、このベテラン議員こそが松本純・元国家公安委員長であった。嵐のメンバーである松本潤とは漢字が異なるだけで読みは同じということから、永田町でも“マツジュン”と呼ばれている。本物のマツジュンや嵐のファンからすれば図々しいとか不愉快だとしか言いようがない話であるので、以下は松本氏で統一する。

 松本氏は横浜市議を経て1996年に神奈川1区から衆院選に出馬して初当選を果たした。この時に隣の神奈川2区から出馬して初当選したのが菅義偉前総理である。

 2008年に麻生太郎・現自民党副総裁が総理に就任すると、官房副長官に就任した。ちなみに松本氏は麻生財務相の最側近として知られている。

 冒頭の写真に戻ろう。これは、松本氏が銀座のクラブ街を歩いている姿を撮影したものだ。撮影時間は午後11時を過ぎている。当時、政府は国民に“STAY HOME”を強いていたわけで、与党・自民党の国会議員としてはあり得ない行為だろう。

 更に午後9時に撮影した写真もご紹介しておく。クリックしていただければお分かりになるだろうが、松本氏の顔は、明らかにニヤけている。別れ際にママからよほど嬉しい言葉をかけられたのだろうか。

 この当時、彼は自民党の国会対策委員長代理、すなわち国対ナンバー2の地位にあった。前年12月には菅総理(当時)や二階俊博幹事長(当時)など8人が高級ステーキ店で会食を行い、国民から厳しい批判の声が上がったのも、鮮明な記憶をお持ちのはずだ。

 おまけに写真を撮影した1月18日は、菅総理にとって初めてとなる通常国会が招集された日だった。

 にもかかわらず、夕刻となって永田町を後にした松本氏の公用車が向かったのは、東京・中央区内にあるイタリアンレストランだった。店に入ったのは午後6時5分頃。

 その店を出たのは午後8時50分頃。ちなみにレストランをよく知る関係者によると、「普段は政府の営業時間短縮要請をきちんと守っている」という。

 店を出ると、タクシーをつかまえた松本氏。当然、議員宿舎に帰るのかと思ったら、タクシーは高級クラブが軒を連ねる銀座方面へと走り出したのだった。

 この後彼は、クラブを2軒ハシゴしている。

 この振る舞いに国民が怒ったのは言うまでもない。しかも当初彼は、同行した同僚議員の存在を隠すなど、取材に対して嘘もついていた。

 結果、彼は同年2月、離党を余儀なくされる。

 その後、再起をかけて10月の衆院選に無所属で神奈川1区から出馬したものの落選。

 有権者はそこまで甘くないということだろう。

 しかし、これで禊が済んだと判断したのか、あるいは松本氏を可愛がっている麻生自民党副総裁の顔色を窺う者がいたのか、自民党は11月16日付で、松本氏を復党させることを了承した。が、神奈川県連はこれに猛抗議。今月15日、県連の竹内英明会長代行らが党本部の茂木敏充幹事長と面会し、結果的に松本氏の復党は白紙となった。

 なぜこのような人物の復党がすぐに認められたのか。いやそもそもなぜ本人は復党を願い出たのか。永田町ならではのいつもの非常識、といえばそれまでなのだろうが……。

デイリー新潮編集部

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