私大ガバナンス改革はなぜ必要なのか 「仕掛け人」が語る“日大事件”と多すぎる“問題点”

私大ガバナンス改革はなぜ必要なのか 「仕掛け人」が語る“日大事件”と多すぎる“問題点”

12月13日、「学校法人ガバナンス改革会議」の報告書について記者会見する増田宏一座長(左から3人目)

 日本大学の理事長だった田中英寿被告と腹心の理事だった井ノ口忠男被告の事件を巡って、同大学の加藤直人学長(新理事長に就任)が12月10日に事件発覚後初めて記者会見を開いた。加藤学長は「日本大学は田中前理事長と永久に決別し、その影響力を排除します」と宣言したが、事件の背景に理事長の独裁を招いたガバナンス体制の不備があったことは明らかだ。

 折しも、文部科学大臣の下に設置された「学校法人ガバナンス改革会議」が理事会への監督機能の強化などを求める報告書をまとめた。改革の「仕掛け人」とされる塩崎恭久・元厚生労働大臣に学校法人のガバナンスについて問題点を聞いた。【ジャーナリスト/磯山友幸】


■ガバナンスが効かない組織になっていた


――日大の背任事件では、大学のガバナンス不全が問題視されています。

塩崎 日大は2018年にもアメフト部の「悪質タックル」問題でガバナンスのあり方が問われました。当時も法人の最高責任者だった田中理事長は、一度も会見を通じた説明責任を果たそうとせず、常務理事や理事の辞任等で済ませました。今回、背任で逮捕、起訴された井ノ口被告はその時に辞任した一人ですが、いつの間にか理事に返り咲き、田中容疑者の側近として力を揮っていました。

 田中被告の逮捕容疑は所得税法違反ですが、ここで重要なのは、今回の事案を、単なる個人の多額な脱税事件、例外的な“個人の”悪質な違法行為事件で済ませてはいけないということです。大学は、公益法人として固定資産税、法人税等多額の免税措置を受けています。ところが、何ら有効な内部チェックや牽制機能が働かないまま理事長の暴走を容易に許してしまった。現行法制下のガバナンスの仕組みこそが問題で、それを定めている私立学校法などを速やかに抜本改正することが不可欠だ、という事です。

 現行法のままでは、どの大学でも「第二、第三の田中理事長」を容易に許すことになりかねません。日大をはじめ、学校法人とその監督をする文科省が行うべきは、田中前理事長個人との永久決別ではなく、速やかにガバナンスを機能させるための抜本的な制度改正、法改正です。

――会見で加藤学長が問題の原因は田中理事長に権限が集中し、理事選任も理事長の意向が働き、理事会が形骸化していた、と語っています。

塩崎 日大に限らず、学校法人では理事長が圧倒的な力を持ち得ることが最大の問題です。日大の場合、問題発覚時点で、理事は36人、評議員は110人以上いたそうですが、いずれも、重要事項を熟議・決定するには人数が多すぎます。相互監視機能も殆ど働いていなかったでしょう。

 また、理事や常務理事、監事の人選、任命は事実上理事長がやってきた、と言われています。日大は職員が3700人以上、教員が専任だけで約3400人いる大企業並みの組織ですが、法人を代表できるのは理事長ひとりという規定になっていたそうです。まったくと言って良いほど、ガバナンスが効かない組織になっていたわけですから、不祥事が繰り返されたのは当然とも言えます。

 問題は、このようにまったく内部統制が利かない経営の仕組みを許す制度である事です。他の学校法人の多くは、法規制を上回る厳しい内部統制を自主的に利かせながら必死の経営を続けています。そうした他の学校法人にとっては大変迷惑な話でしょう。


■文科省は「“ほぼ”同等」と主張


――井ノ口容疑者が逮捕された7月に、文科省に「学校法人ガバナンス改革会議」が設置されました。「仕掛け人」は塩崎さんだと言われています。

塩崎 自民党の行政改革本部長だった2019年から、大学のガバナンス改革が必要だと訴えてきました。学校法人は公益法人のひとつとして広大なキャンパスへの固定資産税など税制上の圧倒的な恩恵を受けています。これは、国民の税金を使っていることに等しく、財政学では、“tax expenditure(隠れた補助金)”と呼ばれています。

 加えて、大半の大学は国民の税金から多額の助成金を受けています。日大の場合、年間約94億円です。そんな大学が、他の公益法人、例えば公益財団法人や社会福祉法人では当たり前に導入されているガバナンス制度となっていないのです。そこで自民党行革本部からの働き掛けで、政府は「骨太の方針2019」では、他の公益法人と「同等のガバナンス機能が発揮できる制度改正」を行うこととし、閣議決定されています。ここは、当初、文科省事務方が「“ほぼ”同等」と主張しましたが、当時の柴山昌彦・文科大臣の英断で、「同等」とすることとし、この時点で、大きな方向性は既に決まっていたのです。

 2019年の閣議決定を受け、文科省内での検討は本年3月に一旦はまとめられたものの、法改正に繋がるものとなっていなかったため、今年6月の「骨太の方針2021」では、「手厚い税制優遇を受ける公益法人としての学校法人に相応ふさわしいガバナンスの抜本改革につき、年内に結論を得、法制化を行う」と明記され、閣議決定されています。それに基づいて萩生田光一・前文科大臣が、大臣直属の組織として改革会議を立ち上げ、法改正に向けた制度改正案作りを委嘱したのです。

――12月3日には報告書がまとまり、13日に大臣に手交されました。理事の選解任などの権限を評議員会に持たせ、予算決算や重要な資産売却などに評議員会の議決を必要とすべきだとされています。しかし、大学の理事長等が反対しているそうです。

塩崎 閣議決定された(他の公益法人と)「同等のガバナンス機能を発揮できる制度改正」と言える改革案だと思います。5000ある財団法人や2万以上ある社会福祉法人など他の公益法人ではどこでもやっている仕組みです。大学は特殊だ、だから他と異なっていて良いのだ、という反対意見も聞きますが、公益法人として免税措置をする一方、理事長のやりたい放題を許す特別扱いを認めることは、理解されないでしょう。


■明らかな利益相反が起こり得る仕組み


――評議員が学外者だけで構成され、「最高監督・議決機関」にするのは問題だと言っている私学経営者もいます。

塩崎 ガバナンス構造において、最高、といった概念は存在しません。一つの組織の中で、ガバナンスの各役割を担う部署それぞれが、お互いその役割を果たすことによって、組織全体として究極の目的の実現を、説明責任を果たしながら、公平・公正かつ効率的に図ることを実現させるのです。

 他の公益法人の評議員も、理事等の任免権を持つとともに、理事会が執行することの承認など監督機能を担いますが、現行の学校法人におけるガバナンス法制下では、評議員が監督される側の理事を兼務できてしまったり、理事長に採用されている職員が就任したりする、という、明らかな利益相反が起こり得る仕組みとなっています。また、そもそも、現行の評議員は理事長によって実質的に選任されていますから、理事長の意に反する形で問題点を指摘するようなことはなかなかできません。従って、現状では、執行部である理事会へのチェック機能は誰も担っていないということになります。だから、理事長の暴走を許してしまったわけです。

 監事の権限強化を日本私立大学連盟(私大連)は唱えておられますが、その監事も今は理事長任命ですから、理事長へのチェック機能は十分果たせない、と考えるのが自然です。となると、理事長、理事会をチェックする機能は、現行学校法人のガバナンス構造では、どこにもないという事になります。納税者の税金を使うのに等しい、多額の免税措置を受けながら、公益法人としての最低限のガバナンス機能を持たないままで行けば、「骨太の方針2019」の閣議決定違反となる事は明らかです。

 末松信介文科大臣、文科省事務方におかれては、少なくとも閣議決定に反することなく、他の公益法人と同等のガバナンス機能を発揮する制度改正を断行してもらいたいと思います。


■世界の大学ランキングで201位、203位


――理事会の権限が小さくなることで、経営の自由度が落ちるという声もあります。

塩崎 理事会の権限が小さくなるわけではありません。理事会は、学校関係者による選考委員会が選出する評議員に対し、執行部としての考えや教育研究を含む経営方針等を示し、その大所高所からの承認、決定を得ながら、執行責任を果たすのです。これまでと異なり、ガバナンス改革会議の提言に従えば、学校が選んだ多様なステークホルダーで構成される評議員会に説明責任を果たしてもらい、了承を得ていれば、逆に理事会の権限・権威は高まります。

 ガバナンスはブレーキの側面ばかりが強調されがちですが、アクセルを思いっきり踏むためにはブレーキが必要です。今後、学校法人が自立して新たな学校像を追求していくための強い経営力を持つためには、ガバナンスをここで抜本強化、再構築しておく千歳一隅のチャンスだと思います。

――政策通で知られた塩崎さんが、畑違いにも見える大学のあり方にそこまで関心を持たれるのはなぜですか。

塩崎 慶応大学や早稲田大学のような日本では一流の私立大学が、世界の大学ランキング(QS World University Rankings 2022)では、201位、203位でした。東京大学の23位、京都大学の33位と比べ、圧倒的に劣後している理由は何でしょうか。日本人の、そして日本の大学の、本来の力がそのような低位のはずはありません。そのような現状は、資源の有効配分が行われず、折角の潜在力が形になって実現していないだけではないか、と私は強く思います。その問題を解く鍵こそ、最適な資源配分を実現する組織ガバナンスの抜本再構築・強化だと私は思っています。

 これからの日本は、中国や他の新興国を含め、様々な国際競争に打ち勝って行かねばならず、イノベーション立国で勝ち抜いていくしかない。その中心は、大学であり、今回のガバナンス改革は、一丁目一番地の最優先課題と思います。国立大学もガバナンス構造改革が焦眉の急であり、文科省から自立した、独立性の高い、経営戦略に富んだ法人形態を選び直さないといけないと考えています。

 私大、国立大学、両々相まって、新たなイノベーションが次々湧きだす日本の中心的役割を果たしてもらいたいと固く思っています。

――日本の私立大学は文科省の定員管理などでまさに「護送船団」のようになっています。

塩崎 銀行もそうでしたが、護送船団は最も弱いところに合わせ、皆がスローダウンする、という選択です。全体のパイが伸びるときには、まだ通用しましたが、今や、選択と集中です。伸びる先はどんどん伸ばし、少しの支援で伸びるようになるところには支援をし、支援しても伸びることができない先は、退出頂くしかありません。

 これからは少子化が加速するでしょうから、国内だけを見ている大学はもはや生き残ることはできない時代です。世界の流れをしっかり捉える個性ある有能な大学は、世界の英知を結集でき、十分成長できる、と思っています。

 しかし、それには、強固なガバナンスの下で、資源の有効・最適活用可能な経営体のみが生き残る、成長する、と考えるのが自然だと思います。すべての大学が今の規模で、今のまま生き残ることは困難と思います。大学が自立的にユニークな経営をしていく上でも、強力な経営力を持った理事会とそれを監督する有能な評議員会は、ガバナンスの基本として必要で、そのためには、今こそ改革会議報告書の方向性でのガバナンス改革の断行が不可欠だと思います。

磯山友幸(いそやま・ともゆき)
経済ジャーナリスト、千葉商科大学教授。1962年生れ。早稲田大学政治経済学部卒。87年日本経済新聞社に入社し、大阪証券部、東京証券部、「日経ビジネス」などで記者。その後、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、東京証券部次長、「日経ビジネス」副編集長、編集委員などを務めた。2011年に退社、独立。現著書に『2022年、「働き方」はこうなる』 (PHPビジネス新書)、『国際会計基準戦争 完結編』、『ブランド王国スイスの秘密』(以上、日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)、『破天荒弁護士クボリ伝』(日経BP社)、編著書に『ビジネス弁護士大全』(日経BP社)、『「理」と「情」の狭間――大塚家具から考えるコーポレートガバナンス』(日経BP社)などがある。

デイリー新潮編集部

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