「ロシアを最も強く非難すべきは日本である」 石破茂元防衛大臣が見るウクライナ侵攻

「ロシアを最も強く非難すべきは日本である」 石破茂元防衛大臣が見るウクライナ侵攻

石破茂氏

■石破茂の異論正論・特別編


 国際社会の批判も経済制裁もいまだプーチン大統領の考えを変えるほどの効果を見せていない。しかし、防衛通で知られる石破茂元防衛大臣は、日本こそロシアを強く非難すべきだ、と説く。その真意は――。以下、石破氏の特別寄稿である。

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■経済制裁の効果を検証せよ


 ロシアのウクライナに対する軍事侵攻について、日本では「力による現状変更は国際法に明確に違反する許されない暴挙である」「G7を中心とする国際社会は結束してロシアに対して毅然とした対応をすべきである」「プーチン大統領は今からでも姿勢を改めるべきである」という論旨が大勢を占めているように思われます。どれも正論ですが、残念ながらプーチン大統領がこれに応じて態度を改めるとは全く思えません。

 経済制裁が一定の効果を上げることを期待しますが、これも残念ながら、経済制裁のみによって軍事侵攻が止まることもないでしょう。あの北朝鮮ですら長期にわたる制裁に耐え抜き、今なお核開発を進めているのはご存じの通りです。

 ましてやロシアは世界有数のエネルギー資源大国であり、穀物ベースでの食料自給率も世界第11位の184%です。

 そしてロシアの連邦銀行は今回の侵攻に至るまでに、経済制裁を受けた際のシミュレーションを行い、準備してきたとも聞きます。

 今後は、経済制裁のどの部分がロシアの意思決定中枢に効果を上げるのか、分析しながら次の制裁を考えていくことになるでしょう。ただ楽観的な予測のみを当てにするのも、逆に「大した効果はないからやらなくていい」というようなことを言うのも、状況の改善に資することはありません。制裁を続けながら、より効果が出るものは何かを検証し続ける姿勢が必要です。


■終戦後のソ連の振る舞い


 そもそもウクライナに対するロシアの軍事的侵略を、国連総会など広く国際社会において最も強く非難するべき立場にあるのは我が日本国です。

 昭和20年8月8日、日ソ中立条約を一方的に破棄して日本に宣戦布告、翌9日から満州において軍事作戦が開始され、これは日本のポツダム宣言受諾、降伏文書への調印意思の伝達、停戦命令と武装解除後も続き、樺太の戦いでは日本軍人・民間人2千人が死亡、8月20日には樺太から本土に疎開する女性や高齢者を多く含む人々を乗せた3隻の船がソ連潜水艦によって撃沈され、1708人が死亡しました(三船殉難事件)。

 また、戦後57万5千人がシベリアに抑留され、満足な食事も与えられず酷寒と過酷な労働で5万8千人が死亡しています(これは兵隊の家庭への帰還を保証したポツダム宣言に明らかに反するものです)。

 そして今日もなお北方四島は不法占拠されたままです。

 日ソ中立条約を一方的に破棄し、日本がポツダム宣言受諾の表明をした後も武力行使を続け、民間人を虐殺し、シベリアで強制労働に服させて多くの人を死に至らしめ、今なお領土を不法占拠している様(さま)は、プーチン大統領のロシアが今行っている行為と全く同じです。日本人はウクライナ国民と共にある、と言う時には、これを決して忘れてはなりません。

 ソ連の働いた国際法無視・残虐非道の行いは学校でもほとんど教えてきませんでしたし、敗戦から77年が経過して記憶もほとんど風化しつつありますが、我々は今回の侵略を機にこれを学び直さねばなりません。近・現代史を学ぶことの大切さは、アジア諸国との関係だけにいえることではないと痛切に思います。

 過去の歴史という点でいえば、今回の侵攻について、「似たようなことはアメリカなどもやっているではないか」という主張を目にすることもあります。駐日ロシア大使もそうした主張をしています。

 しかし、そうした比較論は、軍事侵攻の前ならばともかく、現時点では妥当しません。ロシアの行為は国際連合憲章2条4項の明白な違反であり、どのような理由があっても正当化はできません。今まさに、ウクライナで多くの市民が殺され、街が破壊されている。これを認める理由は何一つありません。

 それでも「いやイラク戦争が」等々、過去の歴史を持ち出すような論については、停戦合意の後に、同じ「過去の事案」として比較検証すべきものでしょう。


■核使用のハードル


 いま、直近でもっとも心配なのは、5月9日まで、あるいは当日のロシアの行動です。

 この日は、旧ソ連時代から国家最大の祝日とされているロシアの「対独戦勝記念日」です。

 欧米では対独戦勝記念日が5月8日なのにロシアでは5月9日となっているのには理由があります。

 降伏文書の調印がフランスのランスで行われたことにスターリンは不満を抱いて、「ドイツ総兵力の6割と戦い、ソ連人口の12%にあたる2700万人の多大な犠牲者を出してナチスを倒し、ヨーロッパを解放に導いたのは我がソ連であり、降伏文書の調印はベルリンのソ連軍司令部で行われるべき」と強硬に主張しました。そのためわざわざ翌日に再度、ベルリンで降伏文書の調印が行われ、この日をソ連は記念日としたのです。

 歴史教育の徹底により、このような意識はロシア人に共通した強烈なものとなっているようで、ブレジネフも、ゴルバチョフも、エリツィンも5月9日の軍事パレードにおいて大演説を行いました。ですから「ウクライナの非ナチ化」を戦争目的に掲げるプーチン大統領も、この日を強く意識しているであろうことは想像に難くありません。

 戦況が芳しくないままでこの日を迎えることは避けたいであろうところ、彼がどのような決断をするのかは注視すべきです。

 最悪の想定は、懸念されている戦術核兵器の使用という事態です。世界唯一の被爆国として、我々は核兵器の使用に強く反対の意思を表明し続けなければなりません。しかし一方で、日本以外の国は必ずしもそこまで核兵器の使用をタブー視していない、ということは認識しておいたほうがいいかもしれません。絶対に使ってはいけない兵器だ、という認識が国際的に共有されているとはいえないのです。

 そして、仮にロシアがいわゆる戦術小型核兵器の使用に踏み切り、「核兵器は使える兵器だ」という認識が国際社会の一部にでも共有されるようになれば、これまでの核抑止の理論は吹っ飛んでしまいます。それはまた、戦後の国際秩序を根底から覆す可能性も持っています。一気に世界が100年前に戻されてしまうような衝撃なのです。


■国連緊急特別総会を


 国際社会として、いま直ちになすべきことは「一刻も早く戦闘を停めさせ、これ以上の犠牲を出さないこと」に尽きます。情報や武器を提供し、相手を非難して憎悪をあおり、厳しい経済制裁を科しても、それで戦闘行為が終わるわけではなく、犠牲は日々増えるばかりですし、窮地に陥ったプーチン大統領が大量破壊兵器の使用を決断すれば、本当に第3次世界大戦となりかねません。

 国連総会の場は、まさしくこのために使われるべきであり、「安保理が機能しない」ことすなわち「国連は無力だ」というのは早計だと思います。

 ウクライナの、文字通り存立を懸けた祖国防衛の戦いに心を寄せ、各国ができるだけの支援を行うことも大切です
。しかし国際社会全体として、まずはこれ以上の犠牲者を出さないために何ができるかを真剣に考え、努力すべきです。停戦は事実行為であり、戦争の結果とは無関係です。当事国双方の合意条件や、戦争犯罪の取扱いは、むしろ戦闘行為が中断されてから時間をかけて議論されるべきものです。日本もそのために何ができるのか、渾身の努力をしなければなりません。

 今のところあまり取り上げられていませんが、スエズ動乱(第2次中東戦争)の際に国連が果たした役割は良い先例となりうるのではないか、と私は考えています。

 1956年、エジプトのナセル大統領がスエズ運河の国有化を宣言して、英仏と深刻な対立をしました。背景にはナセル大統領のアルジェリアへの影響力、第1次中東戦争からのイスラエルとの対立などがあり、イスラエルと英仏は密かに協議をし、イスラエルによるエジプトの軍事侵攻に続き、制裁名目で英仏も戦闘を開始します。

 常任理事国である英仏が当事者であるため、この時も国連安保理は機能しませんでした。しかし、国連緊急特別総会が開催され、停戦と英仏イスラエル軍の即時撤退、および停戦監視のための国連緊急軍の編成が決議されました。この国連緊急軍がPKOの原型となりました。

 ここに何らかのヒントがあるのではないでしょうか。

 たとえば、このスエズ動乱の例に触れ、こうしたプランを実行しよう、といった働きかけをすることは日本でもできるはずです。岸田総理が国連や関係国に呼び掛けてみてもいいのではないかと思います。

 ただ、これを日本が主導して進めた場合、本当に停戦合意が達成され、そこに監視団を派遣するとなった時に、大きな危険を伴う任務に自衛隊を派遣するということを真剣に検討しなければなりません。国連には停戦監視の知見の蓄積がありますが、自衛隊にとってはイラク派遣以来の大変な任務となるでしょうし、そもそも自衛隊が派遣されることに対しても大きな国内議論があるでしょう。

 このような想定も含めて、今回のロシアの侵攻は、日本が先送りにしてきた安全保障の諸問題に道筋をつける機会とすべきだと強く感じます。それは核兵器についても同様で、非核三原則の見直しも正面から議論すべきものです。

デイリー新潮編集部

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