バイデン大統領に問いたい「米国は有事に日本を守るのか?」 日米安全保障条約に秘められた“問題部分”とは

バイデン大統領に問いたい「米国は有事に日本を守るのか?」 日米安全保障条約に秘められた“問題部分”とは

首脳会談で岸田総理は「日米で国際社会をリードしていきたい」と語ったが…

 ジョー・バイデン米大統領と岸田文雄総理による首脳会談が行われたのは、ロシアによるウクライナ侵攻からおよそ3ヵ月が経過するタイミングでした。この間、「世界の警察」と呼ばれたアメリカは、ウクライナに武器を貸与するだけで軍隊を派遣していません。その最大の理由は、ウクライナがNATO(北大西洋条約機構)に加盟していないからに他なりません。一方、日本が米国と締結している日米安全保障条約(安保条約)の第5条は、米国による日本の防衛義務を定めていると、日本では考えられています。しかし、日本が危機に瀕した際、米国は本当に守ってくれるのでしょうか――。【那我龍樹/作家】

 安保条約に関して近年、大きな話題となったのは2014年4月に来日したバラク・オバマ元大統領の発言です。その当時、日本のメディアの多くは、米大統領が初めて、尖閣諸島は「安保条約第5条の適用範囲にある」と明言したことを大きく報じました。しかし、筆者がオバマ元大統領の発言を確認したところ、「“レッド・ライン”が引かれたことはない。米国は安保条約を単に(simply)適用しているだけである」と発言しているのです。「平和的解決から軍事的解決へと移るその一線」であるレッド・ラインが無いということは、米国に軍事的解決を図る意志が無いことを意味します。そして、当時の副大統領だったのが、現在のバイデン大統領でした。


■英語正文と日本語正文の違い


 このような誤解が生じる原因は、安保条約第5条の英語正文が、日本語正文と決定的に違っているからでしょう。日本語正文の第5条前半部分は下記の通りです。

「各締約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従って共通の危険に対処する」

 ちなみに、「自国の憲法上の規定及び手続に従って」の箇所を取り上げ、米国の憲法で宣戦布告の権限を与えられている連邦議会が、日本を守るために自国民の財産と生命とを犠牲にして中国と戦争することを認めるはずがない。だから、第5条は「張り子の虎」だという意見があります。

 しかし、米国は第2次世界大戦後、宣戦布告をしないまま朝鮮戦争、ヴェトナム戦争、湾岸戦争、イラク戦争、アフガニスタン戦争を開戦しました。そうした歴史を踏まえると、「自国の憲法上の規定及び手続に従って」という規定があるから第5条は「張り子の虎」だとするのは無理があります。もっと本質的な問題を考えなければなりません。それは条文に用いられた“言葉”です。


■「対処したいものである」


 安全保障の問題は、条文の文言などに左右されないとの異論もあるかもしれません。しかし、米国は厳格な契約社会です。旧約聖書、新約聖書の「約」は、契約の「約」であり、人間と神との契約が聖書に記してあるのです。米国の大統領就任式で聖書に手を置いて宣誓する慣習は、大統領と国民との契約である宣誓が、人間と神との契約のように神聖で絶対であることを黙示しています。安保条約も例外ではありません。

 安保条約の日本語正文の第5条にある「危うくするものである」は、以下に引用する英語正文では“would be dangerous”、「対処する」は“would act”となっています。これは微妙な違いではなく、本質的な違いです。

〈Each Party recognizes that an armed attack against either Party in the territories under the administration of Japan would be dangerous to its own peace and safety and declares that it would act to meet the common danger in accordance with its constitutional provisions and processes.〉

 国際条約は締約国相互の現在、そして未来の行動を規定するものですから、このwouldは過去のことではなく、現在の自分の心の中で想定していることを述べる仮定法です(仮定法は話し手の主観的な推量や意志・希望を表現するので叙想法とも言われます。仮定法のwouldについては江川泰一郎『英文法解説 改訂三版』をご参照ください)。ですから、安保条約第5条の英語正文の“would be dangerous”は「危うくするかもしれない」という意味であり、“would act”は「対処したいものである」を意味します。


■安全保障を「最大化する」


 一方、ロシアによるウクライナ侵攻に衝撃を受けて、フィンランドとスウェーデンは長年の中立国の立場を放棄し、NATOに正式加盟しようとしています。そして、NATOの基盤を成す北大西洋条約では、主観的な推量や意志・希望を表すwouldは一度も用いられていません。だからこそ、フィンランドの大統領はNATO加盟がフィンランドの安全保障を「最大化する(maximize)」と述べたのでしょう。

 実は、日米安保条約で主観的な推量や意志・希望を表すwouldが用いられているのは上に引用した第5条の前半だけで、それ以外の箇所では一切用いられていません。「アメリカ合衆国は、その陸軍、空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される」と定めている第6条の「許される」は英語正文で“is granted”と直接法で述べられ、“would be granted”と仮定法では述べられていないのです。

 オーストラリア、ニュージーランドそして米国が1952年に締結した安全保障条約であるANZUS条約の第4条の前半にある、「太平洋地域におけるいずれかの締約国に対する武力攻撃」を「日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃」に置き換えると、そのまま日米安保条約第5条前半の英語正文になります。日米安保条約の英語正文はANZUS条約をモデルにして作成されたと考えられます。


■周到に、慎重に、義務を回避


 それではオーストラリアの人々はANZUS条約の第4条が米国のオーストラリア防衛義務を定めていると信じているのでしょうか?

 1831年にオーストラリアで創刊され、南半球で最も長い歴史を誇る新聞「シドニー・モーニング・ヘラルド」は2020年1月26日、「オーストラリアが攻撃されたら米国はオーストラリアを防衛するだろうかと私は問うた。その答は粛然たるものである(I asked would the US defend Australia if we were attacked? The answer is sobering)」と題する長い論説を掲載しました。

 その論説の結論を日本語訳して引用します。文中の「オーストラリア」を「日本」へ、「ANZUS条約」を「日米安全保障条約」へ置き換えると、そのまま私達が求めている答になります。

〈もしオーストラリアが軍事攻撃されたら、米国人は血と富とを犠牲にしてでも助けてくれるのだろうか? これは米国との同盟を議論する時にオーストラリア人の心の中にいつも宿る疑問であり、お行儀が良い人々の間では大声で問われることが滅多にない疑問である。しかし、私達は問わなければならない。国家の独立、国民の生存は、ある日、その答に左右されてしまうかもしれない。ANZUS条約はその問に答えるものではないのだろうか? 違う、そうではない。ANZUS条約は周到に、慎重に、行動へのいかなる確固たる義務(commitment)も回避している〉

デイリー新潮編集部

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