【櫻井よしこ氏特別寄稿】世界に晒された日本の平和ボケ 改憲に命を懸けた「憂国の宰相」の遺志を継げ

【櫻井よしこ氏特別寄稿】世界に晒された日本の平和ボケ 改憲に命を懸けた「憂国の宰相」の遺志を継げ

本誌対談で自民党本部の総裁室を訪れた際の一コマ

■凶弾に倒れた安倍元首相


 ジャーナリスト櫻井よしこ氏の本誌(「週刊新潮」)連載「日本ルネッサンス」の特別対談で、最も多くご登場いただいた政治家こそが、安倍元首相その人だった。志をひとつにしながら実は“緊張関係”にあったという二人。憂国の熱弁を揮った宰相の素顔を、櫻井さんの緊急寄稿で振り返る。

(この記事は、前・中・後編の【前編】です)

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 安倍晋三元首相が暗殺された。暗殺犯よ、なぜ殺したのだ。現場にいた警護のプロフェッショナル達よ、なぜ1発目の襲撃で止められなかったのか。なぜ2発目を許したのか。

 なぜだ。なぜだ。テロへの怒りと安倍氏喪失の衝激で胸の奥からマグマがせり上がってくる。どれほど地団駄を踏んでも取り返しはつかない。

 銃撃時の動画を見ると、SPや警察官らが突っ立っている。護衛の訓練をし、日々、心構えも新たに現場に臨むのであろうが、いざ事に直面すると、誰ひとり動くべきときに動かなかった。否、動けなかった。

 犯人は1発目の襲撃を外した。構え直して2.5秒から3.0秒後に撃った2発目で、安倍氏はほぼ即死した。全体がはじかれたように動いたのは、安倍氏が倒れてからだったのが動画から見てとれる。


■わが国の現実逃避体質の非力さ


 これが日本か。その姿は日本国憲法前文と9条に重なる。わが国さえ悪事を働かず、平和を守れば、世界の悪しき国々は日本に手を出さない。日本さえ軍備を最小限に、力の行使は慎重に、相手国を刺激せずに大人しくしていれば、脅威は襲ってこないと信ずるパシフィズム国家だ。

 自衛隊を軍隊とせず、警察法の枠内でその持てる力を必要最小限にとどめる憲法9条の精神に浸りきったわが国は、ずっと現実から逃げてきた。目をつぶってしまえば迫り来る脅威は見なくて済む。まやかしの安心だ。何も準備することなく、存在しない“親切な世界”に身を委ねてきた。わが国の現実逃避体質の非力さを、安倍元総理暗殺事件が象徴的に炙り出した。

 国全体が憲法9条の平和主義の影響下にあるからには、安倍氏暗殺を受けた政府の反応が呆れ果てるものだったのは当然であろう。

 世界戦略を描いて真っ当な国家の在るべき姿を説いてきた安倍氏は、これまでの日本には見られなかった稀有な政治家である。日本の宝だ。日本だけでなく先進7か国首脳会議(G7)で、当時のトランプ米大統領、メルケル独首相、マクロン仏大統領やジョンソン英首相らに信頼され、頼られる政治家だった。

 そんな首相がかつてわが国にいたか。安倍氏が初めてである。それ程大事な政治家が白昼易々と暗殺された。そのことが抉り出した日本国の脆弱さを中国、ロシアをはじめ世界中が目撃した。わが国を窺う勢力が日本与(くみ)し易しと思っても不思議ではない。


■米国政府は襲撃当日、ホワイトハウスに半旗を掲げた


 このことの深刻な意味を岸田文雄首相は鋭く感じとって対応しなければならない場面だった。たとえば直ちに国家安全保障会議を招集して対策を発表することだ。日本政府が事の重大性を認識して対応策を打ち出す姿を見せる、即ちわが国はいかなる事態にも十分な危機感をもって対処できると、示すことが大事だ。犯人については厳しく追及する。簡単に単独犯と決めつけず、背後関係も含めて全てを洗い出す決意を示すことが抑止力になる。

 だが、岸田政権にはこうした意識が欠けている。それだけではない。日本国首相として、また安倍氏の当選同期生としてこの暗殺事件をどう受けとめたか。首相個人と、日本国政府の心の在り様が伝わらない。岸田氏は日本国の深い怒りと痛恨の思いを明確な形で内外に示すべきだった。

 米国政府は7月8日の襲撃当日、ホワイトハウスに半旗を掲げた。バイデン大統領はさらに指示を出して、8日から10日まで米国中の国旗が半旗になった。警察署、郵便局、ガソリンスタンド、スーパーマーケット、学校から個人の住宅に至るまで多くの半旗が掲げられたと、SNSで伝えられている。ブリンケン国務長官は直ちに日本を訪れ弔問した。

 英国もフランスもインドも安倍氏の不慮の死を悼んだ。インドは米国同様、3日間半旗を掲げて弔意を表わした。アジアの多くの国々で政府のみならず国民各位が凶弾を憎み安倍氏の死を惜しむ言葉を寄せた。

 わが国では、自民党がいち早く永田町の党本部ビルに半旗を掲げた。では政府はどうしたか。国会議事堂、衆参両院議長公邸においても日曜一杯、通常どおりに高々と日章旗が掲げられていた。政府が半旗を掲げたのはようやく11日の月曜日になってからだった。何と感覚の鈍いことよ。


■「日本を取り戻す」と叫んだ安倍元首相


 安倍氏は首相になるとき、「日本を取り戻す」と叫んだ。取り戻そうとしたのは日本の価値観だ。歴史を辿れば日本は雄々しさの中にも穏やかな文化を育んだ立派な国である。幾百世代にもわたって日本列島に住みついた先人たちは、人間を大事にし、思いやりを基調とする社会を築いた。だからこそ、安倍氏は第1次政権でまず、教育基本法の改正に取り組んだ。戦後の日本を歪めた元凶である現行憲法改正のための国民投票法も制定した。日本を守る自衛隊を「庁」に据え置いてはならないとして、防衛庁の「省」昇格を急いだ。戦後の日本社会を決定づけた現行憲法の改正が自分の政治使命だと国民に誓った。

(中編に続く)

櫻井よしこ(さくらい・よしこ)
ベトナム生まれ。ハワイ州立大学歴史学部卒業。「クリスチャン・サイエンス・モニター」紙東京支局員、日本テレビ・ニュースキャスター等を経て、フリー・ジャーナリストとして活躍。著書に『何があっても大丈夫』『日本の覚悟』『日本の試練』『日本の決断』『日本の敵』『日本の未来』『一刀両断』『問答無用』『言語道断』(新潮社)『論戦』シリーズ(ダイヤモンド社)『親中派の嘘』『赤い日本』(産経新聞出版)などがある。

「週刊新潮」2022年7月21日号 掲載

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