「令和」で安倍政権が崩壊? “改元直後に総辞職”のジンクス 菅官房長官に「次」の声

改元直後に内閣崩壊のジンクスで菅義偉長官にポスト安倍の声 新元号は令和に決定

記事まとめ

  • 新元号の発表はスクープ合戦がなされたものの、保秘作業の勝利に終わった
  • 有識者懇メンバーの宮崎緑氏の独特な着物姿は、卑弥呼のようだと注目された
  • 改元直後に内閣崩壊のジンクスがあり、ポスト安倍に菅義偉氏が出世したとの声もある

「令和」で安倍政権が崩壊? “改元直後に総辞職”のジンクス 菅官房長官に「次」の声

「令和」で安倍政権が崩壊? “改元直後に総辞職”のジンクス 菅官房長官に「次」の声

「令和」で安倍政権が崩壊?

 機器を使ったり、はたまた情を通じたり、あの手この手のスクープ合戦は保秘作業の勝利に終わった。政治部デスクは、

「官邸の植木に盗聴器が仕込まれていないかチェックする念の入れよう。有識者懇のメンバーは、菅さん(義偉官房長官)が新元号の発表を終えるまで官邸内に留め置かれました。事前には、メンバーから携帯電話を回収し、ジュラルミンケースに保管する話もありました」

 と裏事情を明かす。実際、有識者懇メンバーによると、

「官邸の会議室に入ってすぐに携帯の電源を切って事務方に渡しました。封筒に入れてホチキス留めされていましたね」

 他方、こうした政府の情報統制に徒手空拳で立ち向かったのが、他ならぬ赤松広隆衆院副議長だった。

「政府が携帯電話の回収を強制するのは、民主主義の危機だと、最後まで首を縦に振りませんでした。意見聴取の場でも、複数の元号案について“これは別の読み方もあるじゃないか”と、難癖をつけたと聞いています。ただ、肝心の令和には“選ばれるとは思わなかった”ということで、意見しなかったそうです」(同)

 無駄な抵抗はやめなさい――。そんな官邸の呼びかけが聞こえなくもない。


■宮崎緑が明かす「有識者懇」秘話


 そんな有識者懇について、

「厳粛な中でも和やかな雰囲気で進みました」

 と語るのは、メンバー9名のうちの一人、宮崎緑千葉商科大学教授(61)。

 最初に、元号案の意味や出典について、杉田和博官房副長官が説明。

「(六つ示された)元号案には、漢籍由来のものもありましたし、令和の他にも日本の古典から採用されたものもありました。メンバーはみな、率直に意見を仰っていました。それぞれ1人ずつ発言し、最後に少しフリーディスカッションのような時間もありました。自然に良い議論ができたと思います。結論を出す場ではありませんでしたが、令和については支持する意見が多かったと思います」

 新元号については、

「日本文化とは何か、我々のアイデンティティは何で、心の拠り所をどこに置けばいいのかと社会が揺れている中で、良い元号になったと思っています。令和にはある種のメッセージが込められていると思いますから」

 その独特な着物姿も、“まるで、卑弥呼のようだ”と注目された。「令」には「神のおつげ」の意もある。

「話題になったんですか? 私は奄美で長いこと美術館の館長を務めておりまして、日頃からその文化、伝統を非常に大事にしております。あれは奄美の白(大島)紬でして、現地ではしょっちゅうあの恰好をしていますし、大使館のレセプションなど大事なイベントでは日本の文化を伝えるという意味でも、よく着ているものです」

 勝負服が36分間を「和」やかに導いたのかもしれない。


■改元直後に内閣崩壊のジンクス


 そんな「令和」の時代が始まる5月以降、我々を待ち受けるのはいかなる未来か。そもそも、古来、改元は国の繁栄と民の安寧を願って行うものだ。ところが、政治に限っては、あてが外れてばかりである。振り返れば、1989年1月、竹下内閣は新元号を「平成」と発表する。が、消費税導入に対する反発とリクルート事件で支持率が4%台を切るまで急落。内閣は5カ月後に退陣を余儀なくされる。

 その前の「昭和」の改元はどうだったか。26年12月に大正天皇が崩御した時は、ピンチヒッターで就任していた若槻礼次郎が首相だった。すると、大蔵大臣の「本日、渡辺銀行が破綻いたしました」という失言がきっかけで「昭和恐慌」が勃発。若槻内閣は27年4月に総辞職に追い込まれてしまう。

 さらに、「大正」(12年7月改元)も政権にとって受難であった。宰相は西園寺公望。無事に改元を終えたと思ったら、師団増設をめぐって陸軍と対立、陸軍大臣が辞表を叩きつけてここでも内閣が崩壊。これも5カ月後だった。

 さて今回はというと、改元の5カ月後には消費税の再増税が待ち構えている。これまで3回続いた「内閣崩壊」は、偶然かも知れない。だが、人生には「まさか」という名の坂がある。


■ポスト安倍


「内閣崩壊」の有り無しはさておいても、この改元で“ポスト安倍”に出世したとの呼び声高い御仁がいる。永田町の外では、東京新聞の女性記者とモメてるオジサンのイメージだったはずが、「令和おじさん」として認知度が急浮上した菅義偉官房長官(70)だ。

「会見ではうんと緊張していましたが、何とか笑顔を作ろうともしていましたね。『次を意識?』みたいな声が聞こえてきました」

 と政治部記者。「次」とは首相の座。自民党の二階俊博幹事長が「安倍4選」に言及し、「ポスト安倍」の有力候補であるはずの加藤勝信総務会長も同調。絶対有力候補が不在なのだ。

「会見をやるのは安倍さんと菅さんのどちらなのかが話題になっていた。お互い、“菅ちゃんに”“総理だよ”とオンでもオフでも話していましたが、2人の顔には“オレがやりたい”と書いてある。『会見は長官、談話は首相』と棲み分けたのはその結果です」(同)

 複数の“菅関係者”は、

「菅さんは“(首相を)やる”なんて素振りを見せたことはないし、こちらもそう感じたことはない」

 と言うが、“つもり”のない政治家が会見をやりたいと思うだろうか。「平成おじさん」こと小渕恵三官房長官(当時)は歴史的会見の9年後に首相へ。出世を後押しするのは疑いない。

「週刊新潮」2019年4月11日号 掲載

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