参院選、アウトサイダー「安里繁信」は沖縄を変えるか Kiroroとの意外な関係

 2022年に復帰50年を迎える沖縄。「基地負担に苦しむ沖縄」というイメージが強調されることの多い沖縄だが、高層マンションや高級ホテル、最新のショッピングモールが次々に生まれる現在のその姿を見ると、隔世の感があることはたしかだ。良くも悪くも沖縄は大きく変わりつつある。

 が、ほとんど変わらないものもある。その1つが政治風土・選挙風土だ。

「辺野古埋め立て」をめぐって政府との激しい対立がつづく沖縄県だが、7月21日に投開票が予定される参院沖縄地方区には、自民党公認で公明党と日本維新の会が推薦する沖縄経済界の若手リーダー・安里繁信氏(49歳)、埋め立てに反対する「オール沖縄」が選んだ無所属の野党統一候補で、立憲民主党、国民民主党、日本共産党、社民党、沖縄社会大衆党が推薦する琉球大学名誉教授の高良鉄美氏(65歳)など4氏が立候補を届け出た。事実上、安里氏と高良氏の一騎打ちだ。

 地元メディアは、今回の選挙の争点を「基地への賛否」(経済成長か埋め立て反対か)に求めている。が、1972年に復帰して以降、沖縄の国政選挙・知事選挙の大半が「基地反対への賛否」(経済振興か基地反対か)をめぐるものだった。この半世紀、ほぼ同じテーマをめぐって選挙が行われてきたことになる。

 だが、基地や安保をめぐる環境は50年前とは様変わりし、経済も大きく変容した。中国や北朝鮮の軍事的脅威が飛躍的に増大する一方、当の中国からの観光客を中心にインバウンドが膨らみ、沖縄は今や「観光客1000万人」時代を迎えている。にもかかわらず、沖縄における選挙の争点がこの半世紀のあいだほとんど変わらないというのは驚くべきことだ。

 基地反対派は「沖縄の基地負担が復帰以来ほとんど変化していないからだ」という。そうした一面は否定できないが、米軍は縮小され、彼らが引き起こす事故や事件が激減したことも事実だ。県民の幸不幸は、基地だけに左右されるわけではなく、経済だけに左右されるわけでもない。基地への賛否が問題となる選挙が行われるたびに、「抵抗する沖縄」というより「変わろうとしない沖縄」という政治風土のイメージが脳裏をよぎる。

「オール沖縄」が擁立した高良氏は、「辺野古埋め立て反対」に加えて、「日米安保・日米同盟破棄」「違憲の自衛隊は解体」という立場を鮮明にした。基地負担が大きな政治課題となっている沖縄でも、1960年代・70年代に戻るような錯覚をもたらす「反米護憲」の主張を前面に出す候補者は珍しい。高良氏は「今すぐの話ではありません。段階的にという意味です」と補ったが、共産党に近い「遺物のような安保観」が露わになったことに変わりはない。

 翁長雄志前知事は「日米同盟は認めるが、辺野古移設は認められない」という立場だった。玉城デニー現知事も翁長氏の安保観を継承している。加えて、前知事・現知事とも自衛隊を支援する沖縄防衛協会の役員だった。「オール沖縄」を構成する立憲民主党や国民民主党も日米同盟を支持し、自衛隊の存在を認める。自民党に近い現代的な安保観を共有する彼らが、米軍と自衛隊を否定する安保観の持ち主を支援するのは、「基地への賛否に拘る沖縄の選挙風土」を意識した政治的妥協の産物だろうが、やはり釈然としない。対立候補の安里氏も、候補者討論会で日米同盟破棄という高良氏の持論に触れ、「天国の翁長知事はどう感じるでしょうか?」と疑問を突きつけている。

 実は安里氏も辺野古移設には消極的だ。政策発表記者会見では、「ぼくは口が裂けても(辺野古)推進とはいいませんが、反対と声を上げて問題が解決するなら、とっくに(声を)上げていますよ」といって、一部の自民党関係者を怒らせてしまった。しかし「基地反対」を唱えるだけでは前に進めない、というのが安里氏の基本的立場だ。政府の姿勢に疑問はあるが、旧時代の安保観を引き摺る「オール沖縄」の主張にはまったく同意できないという思いが滲んでいる。

「反対と声を上げて問題が解決するなら、とっくに上げている」という安里氏の主張はすこぶる現実的だが、動かないものを動かす努力よりも、動くものを動かす努力に意義を見いだすのが安里氏の手法である。氏には、日米両政府による「嘉手納基地以南の主要な米軍基地の撤去」というSACO合意を着実に実現することこそ最善だという認識がある。辺野古が大きく問題化したこともあって、計画全体が大幅に遅れているのが実情だ。

 たしかに、基地問題をあたかも辺野古埋め立てだけに限定するかのような「オール沖縄」の活動は、「木を見て森を見ない」ものだ。本来の目標は「県民の基地負担の軽減」であって、「辺野古埋め立て阻止」ではないはずだが、多くの人々が目標を見失っているように見える。

 基地問題に対する安里氏の主張は「本来の目標を思い出せ」というに等しいものだが、半世紀のあいだ「基地への賛否」という争点の立て方に拘ってきた沖縄の政治風土への異議申し立てでもある。安里氏のキャッチコピーは「右でも左でもなく前へ」だが、これは基地や安保への姿勢に基づいた県民分断の歴史に終止符を打とうとする氏の「未来志向のリアリズム」を象徴する言葉だ。とはいえ、「基地への賛否」という二択に慣れてしまった沖縄県民にこうした主張が浸透しにくいことも紛れもない事実だ。

 一方で変化の兆しもある。今回の選挙をめぐる各種調査で、復帰前の沖縄を知らない20代から40代にかけての世代が、高良氏より安里氏を支持していることがはっきりしたからだ。もともと彼らのあいだでは、無名だったKiroroの「長い間」を自社のCMソングに起用して彼女たちの全国制覇に一役買い、沖縄ローカルの人気テレビ番組でホスト役を務めていた安里氏の知名度は高い。遺物のような安保観まで許容する「オール沖縄」よりも、氏が示した「未来志向のリアリズム」のほうに説得力を感じるのはきわめて自然なことだ。

 が、安里氏の行く手を阻むのは「オール沖縄」だけではない。保守層の安里氏への反発も強い。父から受け継いだ年商数億円の運送業を、自らトラックのハンドルを握りながら年商130億の企業グループ(シンバグループ)に育て上げた実績は、伝統的な既得権益や補助金にどっぷり浸かった企業が多い沖縄では、ちょっとした「脅威」でもある。独創的な経営によって既存の慣行や因習を壊しながら前に進んできた安里氏を「アウトサイダー」あるいは「ヤンキーの成り上がり」と見なして敬遠する経営者や識者も少なくない。

 逆にいえば、安里氏の存在は、従来の「基地への賛否」という沖縄固有の政治的評価軸を揺るがすだけではなく、沖縄経済界の地図も大きく書き換えてしまう可能性があるということだ。だからこそ抵抗も大きい。「革新者」の宿命である。

 選挙結果の如何にかかわらず、若い世代を動かしつつある安里氏の「右でも左でもなく前へ」という主張や未来志向のリアリズムは、復帰前の沖縄を知らない世代が増えれば増えるほど浸透していくだろう。保革にかかわらず、「ジジイの時代」はいよいよ終わりを告げようとしている。

 復帰後約50年、沖縄の政治風土はようやく変わり始めている。

篠原章(しのはら・あきら)
評論家。1956年山梨県生まれ。経済学博士(成城大学)。大学教員を経て評論活動に入る。沖縄問題に造詣が深く、著書に『沖縄の不都合な真実』(共著)、『報道されない沖縄県基地問題の真実』(監修)、『外連の島・沖縄 基地と補助金のタブー』など。

週刊新潮WEB取材班編集

2019年7月13日 掲載

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