【イージス・アショアの不都合な真実(1)】異常な選定作業の知られざる内幕

■「神の盾」に穴という「亡国のイージス・アショア」――豊田穣士(軍事アナリスト)(1/3)


 新築のマイホームの屋根に、入居前から穴が開いていたら、どんな気分だろう。おまけにその土地を薦めてきた不動産屋が、ロクに現地調査すらしていなかったら? そんな不条理が、国防の最前線で起きつつあるという。軍事の専門家による衝撃のレポート第1弾。

 イージス・アショア。ギリシャ神話の「あらゆる邪気を祓う盾」である「イージス」と、「陸上」を意味する「アショア」。世界最強と言われ、米海軍や海上自衛隊が誇る防空の要とされるイージス艦の戦闘システムを、そのまま陸上に設置する。それは、本来の姿で導入されれば、日本の守りを一層強固にする頼れる装備になるはずだった。

 しかし今、イージス・アショア(以下、基本的には「陸上イージス」と呼ぶ)は、その根幹から揺らいでいる。根幹とは「国民の理解と信頼」、そして「防衛装備品としての能力」である。

 次々に誤りが発覚した配備候補地の地元向け説明資料。そこから明らかになった、机上の計算で物事を進めようとする防衛省の姿勢。地元説明会で居眠りをするというような、一部の防衛省職員による不誠実な態度。それらは確実に、陸上イージスに対する国民の理解を遠ざけ、防衛省に対する信頼を毀損した。そしてついに、候補地の一つである秋田県の知事が「白紙」という言葉を使うまでに至る。まさに「国民の理解と信頼」が揺らいでいるのだ。

 さらに深刻なのは、「防衛装備品としての能力」である。実は、現在導入が予定されている陸上イージスの「中身」、具体的には、“眼”となるレーダーや“頭脳”となる戦闘システムのソフトウェアについて、その能力などに大きな疑問が生じている。実際、少なくとも6千億円を超えると言われる巨額の予算を投じるにもかかわらず、現状のままでは弾道ミサイルに対処する能力しか持たず、爆撃機や巡航ミサイルから、施設を自分自身で守る能力すらないことが明らかになった。そう、もはや「あらゆる邪気を祓う盾」ではなくなっているのだ。

 その上、当初は「レーダーの製造には日本企業が参画でき、日本の技術が多く使われる」(米防衛メーカー関係者)という触れ込みだったのに、参画は見送られた。結果、日本の防衛生産・技術基盤には何ら実益はなく、むしろ関連予算のほとんどが他国に流れる事態になったのである。これらはまさに、防衛政策に関する「平成最後にして最大の謎」と呼んでもいいだろう。

 本連載では、そうした“謎”に迫っていく。その過程で、読者は数々の「不可解な事実」を知ることになるだろう。そして、連載が終わる頃には、最近露呈した様々な不祥事が、「氷山の一角」に過ぎないことも理解してもらえるはずだ。

 ただし、筆者が訴えたいのは「陸上イージス反対」ではない。より本質的な、イージスの「中身」に関する疑問についてである。「税金を原資とする巨額の防衛予算を投じて導入するのであれば、国民がより安心でき、より頼れるものにしてもらいたい」。そう筆者は訴えたいのである。それは、日本の防衛の未来を案じる数多の人々も同様だろう。なぜなら陸上イージスは、国民の命を守るものだからだ。


■候補地選びは“グーグル”で


 はじめに、冷静に議論する素地を整えるべく、最近熱を帯びている「配備候補地」の問題について、軍事的観点から解説を試みたい。

 先述のとおり、「イージス・アショア」とは、イージス艦の防空システムを、そのまま陸上に設置したものである。「防空」とは、爆撃機や巡航ミサイル、弾道ミサイルといった、空から襲い掛かってくる脅威を防ぐことを意味する。戦後一貫して「専守防衛」に徹する日本には、他国のように、脅威を根本から排除するという選択肢はない。基本的に、守りに徹するしかない。

 一方、北朝鮮は日本を射程に収める弾道ミサイルを多数保有し、中国も軍事力全体を急激に増強するなど、日本を取り巻く現状は、確実に厳しさを増している。そうした状況下、高まる空からの脅威に対応する一つの方策が、イージス・システムを陸上に配置することなのである。

 では、配備にあたって軍事的に考慮すべき事柄は何か。いくつもあるが、主なものは、(1)脅威の方向、(2)国土の特性、(3)配備する数である。日本にとって脅威の方向は、「西」(北西〜南西)である。国土の特性としては、南北に細長い上、本州に限らず、いずれの場所も中央部に山が連なる。そして、迎撃ミサイルの能力を踏まえると、最低2基が必要となる。

 となると、西側からの脅威をより遠くで見つけ、より早く対処するためには、陸上イージスから発するレーダー波を山に遮られない海側が適している。そして、1基は東日本を守るために北海道から本州中部の中間地点に、もう1基は西日本を守るために本州中部から四国・九州・沖縄の中間地点に配備するのがよいだろう。つまり、東北地方の日本海側と、中国地方の日本海側が、配備候補地として浮かび上がってくる。

 軍事アナリストとして明言できることはここまでである。その上で、議論を深めるために、敢えて少し踏み込んでみる。仮に、筆者が防衛省で陸上イージスの配備に関する政策立案を担当することになったならば、次のように考えるだろう。

 まず、厳しい財政状況を踏まえ、投じる税金は少しでも抑えたい。しかし現実に脅威は存在しているので、頼りになるものを可能な限り早く配備したい。そして何より、地元にとって、より負担が少ない、より安心できる形で配備したい――。

 コストを抑え、配備を急ぎつつ、地元に与える影響を可能な限り減らすには、既に国が所有している土地で、インフラが整い、一般論として市街地等の生活圏に接していない場所、つまり、自衛隊の演習場などの「国有地」を活用することが最も合理的だと判断するだろう。こう考えると、防衛省が説いているロジックは、大きな方向性としては一定の理があると言える。

 ただし、今回、少なからぬ国民、特に配備候補地の一つである秋田県の人々が陸上イージスに不信感を抱くようになった責任は、明らかに防衛省にある。きっかけは「山の高さ」だった。防衛省は今年5月、秋田市に所在する陸自の「新屋(あらや)演習場」が配備に最適である、との調査報告書を、県知事と市長に提示した。ところがそのわずか1週間後、地元紙の秋田魁新報が「調査報告書に事実と異なるずさんなデータが記載されている」と報じたのだ。

 報告書は県内の複数の別の候補地について、「近隣の山が陸上イージスのレーダーを遮るため不適」と結論づけていた。その山の標高について、秋田魁の記者が「そんなに高いはずがない」と思って調べたところ、案の定、報告書に誤りが判明した。そして、少なくとも山の高さだけでは「不適」とは判断できない候補地が、新屋演習場以外にも出てきてしまったのである。

 では、なぜそんなミスを犯したのか。防衛省の担当者は、山の仰角を算出する際になんと「グーグルアース」と分度器で計算を行ったというのだ。ここで強調しておきたいのは、陸上イージスを所管するのが陸上自衛隊であるという点だ。諸外国における陸軍に相当する組織である。にもかかわらず防衛省は、重要な国防施設を設置するにあたって、机の上だけで候補地を検討していたことになる。

 軍事のプロからみて、これは尋常なことではない。ある陸自OBは、「山の標高すら満足に測れない組織が、どうやって日本を敵から守るのか」と呆れていた。明治維新後の日本で、国内外の地図を作ったのは、主に陸軍参謀本部に属する「陸地測量部」だった。日露戦争で日本軍が数万人の死傷者を出しながら攻略した、旅順要塞を思い起こしてほしい。戦局の転換点になったのは、203高地と呼ばれる丘を日本軍が制したことだった。丘の名称は、その標高(203メートル)に由来する。かつての日本軍は、外国(この場合は中国)にある小さな丘の標高まで、精確に把握していたのだ。それは、開戦前に何人もの測量要員を現地に送り、詳細な地図を自分たちの“目”と“足”を使って作製していたからである。


■1カ月弱の“スピード審査”


 それに比べ、100年以上後の今、日本を守っている防衛省の仕事ぶりはどうだろう。新幹線でわずか数時間の現地に十分足を運ぶこともなく、汎用ソフトを使い、机の上だけで調査と計算を済ませた結果、地元紙の記者が1週間で気付くレベルのミスを犯したのだ。

 筆者は、防衛省の職員や自衛隊の隊員が無能だとは全く思わない。ミスの原因は、要するに、数十カ所に上る候補地を一つ一つ実地で精査するお金と時間が、彼らに十分与えられていなかったということだろう。もちろん、先に述べた通り、現実に北朝鮮の弾道ミサイルなどの脅威がある中では、できる限り配備を急ぎたいという考えは当然だ。ただし、それにしても彼らの急ぎ方は尋常ではない。

 防衛省の資料によれば、陸上イージスは、配備後は30年ほど運用される見込みである。現時点で正確な年数は確定していないのであろうが、少なくとも、向こう数十年という長期間にわたって運用される巨大な“防衛装備品”であることは間違いない。

 陸上イージスは、護衛艦や戦闘機といった他の装備品とは性質が大きく異なる。国家や国民を守るという目的は同じでも、護衛艦や戦闘機は、第一義的には戦闘に参加する自衛隊員の命を守る。それに対し、陸上イージスは、直接的に国民の命を守るものなのである。しかも、2基で日本全土、つまり、1基で日本国民の半分を守ろうとする、極めて重要な防衛装備品である。

 当然、国民の生命と財産を預かる防衛省・自衛隊としても、相当程度、時間と労力をかけて情報を集め、どのような装備を取得すべきか議論・検討していかねばならないはずだ。

 ところが、ここで不可解な事実が浮かび上がってくる。なんと、防衛省は、陸上イージスの「中身」(構成品)を決める作業を、たった3カ月間で済ませたのである。防衛省は、2018年4月に選定作業を開始し、同年6月に完了。7月末に結果を公表している。つまり、向こう30年、国民の命を直接的に守る装備の「中身」を、たった3カ月間のスピード審査で決したのだ。

 さらに驚くべきことに、実質的な検討期間はさらに短く、実は1カ月弱しかなかった。というのも、防衛省が米国政府から、「中身」(構成品)に関する提案書を受領したのは6月。ある関係者によれば、その提案書は「関連資料も含めれば、1万ページを超える」という。もちろん、すべて英文で書かれている。

 提案書には、陸上イージスの“眼”となるレーダーと、“頭脳”となる戦闘システムのソフトウェアに関して、二つの選択肢が示されていた(いずれも米国製)。つまり防衛省は、事実上1カ月弱で、独特な法律的言い回しや難解な技術データを含んだ1万ページ超の英文資料を、限られた人員で読み込み、どちらの選択肢が最適かを検討したのである。想像するに、この間、関係する部署の職員たちは、働き方改革が進む世間とは全く異質な労働環境に置かれていたに違いない。


■他省庁からの出向者が…


 秋田県における地元説明会で見られた職員の居眠り。恐らくその職員も、説明会に向けた説明資料や想定問答の作成などに追われ、疲労が相当溜まっていたのだろう。とはいえ、今後数十年、時に地元住民の生活にも関わることになる施設について説明しに来た側としては、あまりにも本気度と誠実さを欠いた姿勢だった。

 だが、本気度や誠実さについて言えば、もっと問題にすべきことがある。それは「誰が政策立案を担ったのか」という点である。陸上イージスは、何千億円もの予算を投じる国家プロジェクトともいえる案件である。ましてや、場合によっては国民の生活に直接的に影響を与えうることから、特に地元への丁寧な対応が求められる。ある種の政治性をも帯びた、容易ならざる案件なのである。そうともなれば、防衛政策を担う官僚たちの中でも、特に優秀な人材が、その政策立案を担うべきだろう。

 ところが、ここでも不可解な事実が浮上する。実は、陸上イージスの導入に向けた実務を主に担ったのは、防衛省生え抜きの官僚ではなかった。他省庁からの出向者だったのである。ある関係者によれば、その出向者は、「(防衛省の)幹部と直接やり取りしていることを自慢げに語っていた」という。一方でこの人物は、防衛装備に関する知見が乏しいにもかかわらず、専門的知識を有する制服組(自衛官)らとの意思疎通が十分ではなかったようだ。イージス・システムに精通する制服組の一人は、「(その出向者から)システムに関して突っ込んだ相談を受けたことはない」と言い切る。つまり、防衛政策のプロでも、防衛装備のプロでもない者が、日本の防衛と、配備先の住民の生活に長年影響を与える政策決定に、強く関与したことになる。

 筆者は軍事アナリストであってジャーナリストではない。また、ここで指摘した者がどういう人物であるかは、18年春当時の官公庁の人事配置を確認すれば、誰の目にも明らかなことである。さらに言えば、多くの部署と人が関わる中、その道のプロではないにもかかわらず主たる実務を担わされた、当該中堅出向者だけに、全ての責任を押し付けるのも公平ではない。よって、仮に筆者がその者の名前を耳にしていたとしても、仮称を含め、個別に言及することはしない。

 ただ、防衛政策のプロではない他省庁からの出向者が主たる実務を担っていた、この事実だけは、陸上イージスを議論する際にはぜひ記憶に留めておいてほしい。なぜなら、この事実は、次回以降明らかにしていく「不可解な事実」を読み解く上で、一つの大きなヒントを与えてくれるからだ。

 次回は、いよいよ、陸上イージスを巡る問題の核心である「中身」(構成品)の問題に触れていく。

(2)へつづく

「週刊新潮」2019年7月18日号 掲載

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