【イージス・アショアの不都合な真実(3)】現行案が抱える3つの重大な問題

■「神の盾」に穴という「亡国のイージス・アショア」――豊田穣士(軍事アナリスト)(3/3)


 イージスとは、ギリシャ神話に登場する“あらゆる邪気を祓(はら)う盾”だ。安倍総理が「どうしても必要」と訴えた国防の切り札だが、蓋を開ければ、地元の反対、能力不足、膨張する予算――。「神の盾」の実態は、あらゆる災厄が詰まった「パンドラの箱」だったのか?

「意見ありません」――。

 イージス・アショアの「構成品選定諮問会議」の議事録には、出席者たちの一見無機質な言葉が並ぶ。2018年7月17日15時30分。事務方のトップである事務次官以下、防衛省・自衛隊の幹部が、市谷にある防衛省本庁舎11階の一室に集まった。イージス・アショア(以下、「陸上イージス」とする)の「中身」(構成品)の選定案について、最終的な方向性を確認するための会議であった。

 会議の席上、陸上イージスの運用を担う陸上自衛隊のトップである陸上幕僚長(当時)は、次のように発言している。「今後、本構成品を取得するにあたり、今回提案を受けた金額の範囲内において、所要の性能等を担保することが極めて重要であると考えています」。そして、まるで何かを察していたかのように、こう付言した。「提案内容が履行されない場合には、取得の取りやめも含めて検討することが必要であると考えています」。

 陸上幕僚長の発言を受け、会議に出席していた幹部達は、次々に「意見ありません」と追認。そして、最終的に“現行案”を「適切」とする旨の答申を、議長たる事務次官(当時)が決した。この現行案こそ、第2回で取り上げた、ロッキード・マーティン社製のレーダー「LMSSR(エルエムエスエスアール)」を採用する案である。会議時間はわずか15分だった。公開されている議事録からは、(1)レーダーの性能等が提案を受けた金額の範囲内で実現されることを重視していること。(2)状況次第では取得の取り止めもあること。(3)以上の2点を踏まえた上で各幹部も了解したこと、が見えてくる。

 それから1年。今、陸上イージスは大きな岐路に立たされている。度重なる防衛省の不手際により、配備候補地の不満が爆発しただけではなく、先の通常国会の終盤では、水面下で燻ぶり続けていた構成品の選定に関する疑問も噴出した。選定後には、当初見込まれていた日本企業の製造参画が見送られるなど、現行案にとって都合の悪い新情報も次々と明らかになった。状況が大きく変わった今、本当に、このまま突き進んでよいのだろうか。今回はこの点について考えるべく、現行案で進んだ場合、一体どのような事態が待ち受けているのか、現時点で判明している事実や情報を元に明らかにしたい。

 今年5月、防衛省は、陸上イージスの配備候補地において行った「電波環境調査」の結果を公表した。この調査では、レーダーから実際に電波を出し、複数の地点で電波の強さを計測することで、人体や電子機器などへの影響について確認したという。結果、防衛省は、いずれも「影響なし」と評価している。

 ただ、この調査には不都合な事実がある。実は、調査で使用したレーダーは、導入を予定する「LMSSR」ではないのだ。というのも、そもそもLMSSRは、現時点でまだこの世に存在しない。防衛省の説明によれば、LMSSRは、これから約5年間で製造し、その後、性能の確認等を行う予定だという。つまり、陸上イージスで採用する実物のレーダーを使った電波環境調査が出来るのは、少なくとも2024年度以降なのである。


■実際の電波は100倍!?


 そこで防衛省は、LMSSRの代わりに、陸自が保有する中距離地対空誘導弾(自衛隊では「中SAM(サム)」と呼ぶ)用のレーダーを用いて調査を行った。だが、ある防衛省関係者は、次のように本音を吐露する。「(この調査は)実際には意味がない」。なぜか? 調査で使用した中SAM用のレーダーと陸上イージス用のレーダーとでは、電波の強さを意味する「出力」が違い過ぎるからだ。

 今回使用した中SAM用レーダーの探知距離は、一説によると数百キロ。一方、陸上イージス用のレーダーはその約10倍、数千キロ先の目標を探知できるとされている。レーダーの電波は、進む距離が延びるほど減衰してしまう。このため、10倍の探知距離を実現するには、それより遥かに強い電波を出す必要がある。レーダー技術に詳しい専門家によれば、「陸上イージス用レーダーの出力は、調査で使用した中SAM用レーダーの100倍は強い」という。つまり、陸上イージスのレーダーからは、調査で使用されたレーダーとは次元が異なる強さの電波が出るのだ。

 要するに防衛省は、実際に配備されるレーダーで調査せず、言い換えれば、実際に使用される電波の影響を現地で計測せずに、「理論値」と「机上の計算」をもって「LMSSRの電波は安全」である旨、宣言しているのである。どこかで見たような構図だが、果たして、それでよいのか。

 想像してほしい。自宅から徒歩10分のところに、大きなレーダーが設置されることになったとする。役人がやってきて、「調査の結果、お宅にはレーダーによる悪影響はないと思われます。ちなみに、調査では、実際に設置するレーダーとは違うレーダーを使用しました。実際のレーダーは100倍強い電波を出します。でも、理論上は安全なので、心配しないで下さい」と説明されて、あなたなら納得できるだろうか。

「精緻な数字、正確なデータで丁寧な説明を行って頂きたい」。7月3日、陸上イージスの配備候補地の一つである山口県の村岡嗣政知事は、そう岩屋毅防衛大臣に対して要請した。配備候補地の選定方法などに疑義を持たれている今、この期に及んで、各種の調査や検討を机上で済ませるわけにはいかないはずである。ましてや、場合によっては人体にも影響を与えうるレーダーの電波に関する調査についてはなおさらだ。防衛省が本当に「正確なデータで丁寧な説明」をしようとするならば、理論値ではなく、レーダーの電波を「実測」することが求められる。この場合の「実測」とは、「実際に配備されるレーダーを使って、実際に使用されるときと同じ出力で電波を出し、その影響を計測すること」である。しかし、製造されるのは5年後だというレーダー「LMSSR」では、それが出来ない。よって、現行案では、今後の地元説明において、必ず壁にぶつかるだろう。


■“型落ち”のソフトウェア


 たとえ地元の反対を押し切って配備を強行したとしても、このままでは肝心の能力にさえ疑問符が付く。

「現時点ではBMD(弾道ミサイル防衛)に特化(する)」。18年7月、陸上イージスの能力の方向性について問われた防衛省関係者は、そう回答した。また、今年6月、もう一つの配備候補地である秋田での住民説明会でも、「(陸上イージスに)巡航ミサイル対処機能は持たせない」と、防衛省職員が明言したという。

 これらは何を意味するのか。そう、防衛省が認めているだけで4千億円を超える予算が投じられる陸上イージスは、現行案のままでは、弾道ミサイルに対処する能力しかない。つまり、巡航ミサイルや航空機などによる攻撃に対しては、施設を自分自身で守る能力すらないのである。実際、防衛省の公開資料によれば、陸上イージスは、「あらゆる邪気を祓う盾=イージス」を標榜しておきながら、有事等の際には、他の地対空ミサイル部隊に守ってもらう段取りとなっている。

 ここで一つの疑問が浮かぶ。軍事アナリストである筆者でも、自衛隊が近い将来、地対空ミサイル部隊を増強するという話は聞いたことがない。地対空ミサイル部隊の数は変わらない一方、陸上イージス2基の配備により、彼らが防護すべき施設は新たに2カ所増えることになる。結果的に、日本のどこかが手薄になるのである。「盾」を手に入れたら、代わりに別のどこかに穴が開くというのは、何とも皮肉な話ではないか。

 陸上イージスが弾道ミサイルにしか対処できない原因は、予算不足を除けば二つだ。一つは、“眼”となるレーダー「LMSSR」である。実はこのレーダー、陸上イージスとは異なる用途で開発されたレーダーの技術を元に造られるという。米国では、20年、LRDR(長距離識別レーダー)という超大型の警戒管制用レーダーがアラスカに配備される予定である。LMSSRにはこのLRDRと同様の技術が使われるとされる。しかし、このLRDRは、遠くのもの、特に弾道ミサイルを発見し、識別することに主眼を置いたレーダーである。つまり、弾道ミサイル以外にも巡航ミサイルや戦闘機など、あらゆる空からの脅威を見つけた上で、自ら迎撃ミサイルを放って撃破するという、本来の陸上イージスのコンセプトとは、そもそも異なる構想の中で造られたものなのだ。

 もう一つの原因は、陸上イージスの“頭脳”となるソフトウェアだ。この点は、普段使用するパソコンをイメージして頂ければ理解しやすいだろう。パソコンの機能は、メモリなどのハードウェアも要素として重要だが、どのようなソフトウェアをインストールするかに大きく左右される。世界最強と言われるイージス・システムも同様で、どのようなソフトウェアを使用するかによって、機能に差が出る。当然、新しいソフトウェアを使った方が機能も、使い勝手も良いと考えるのが普通だろう。

 ところが、不可解なことに、陸上イージスの場合は違うらしい。防衛省は、選定の結果、最新のソフトウェア「ベースライン10」も選択肢として提示されていたにもかかわらず、ひと世代前のソフトウェア「ベースライン9」を陸上イージス用として採用したのである。「ベースライン10」は23年に運用開始予定で、日本の陸上イージスの配備は25年度以降の見込みである。レーダーについては、5年後まで製造されないものをわざわざ選んでおきながら、陸上イージスの“頭脳”に関しては、なぜか、配備する頃には型落ちすることが決まっているソフトウェアを導入するのだ。


■予算膨張と「辺野古化」の悪夢


 そして、今後もっとも問題になるのは、やはり予算だろう。防衛省の説明によれば、陸上イージス1基当たりの取得経費は、現時点で約1200億円。ただし、この数字は相当低く見せた数字である。土地の造成費など、陸上イージスの施設を整備する上で欠かせない費用が盛り込まれていないのだ。また、政府の答弁書により、1回100億円はかかると見られる「迎撃試験」の費用が盛り込まれていないことも明らかになった。さらに、迎撃試験を行うための「試験施設」の費用も見積もられておらず、数百億円はかかるとされるのだが、先の通常国会で追及されたものの有耶無耶にされている。まだまだ表には出ていない経費や、未確定要素が沢山あるのだ。

「連接試験」の費用も、未確定要素の一例である。これは、レーダーとイージスの「戦闘システム」が、問題なくデータや信号をやり取りし、双方が正常に機能するかを確認する試験である。防衛省は今後、主にこの連接試験を念頭に、600億円以上の予算を計上する予定である。未だどの国も採用していないLMSSRという新しいレーダーを既存の戦闘システムに繋げるのだから、本当に機能するかの確認は必須だ。これから造るレーダーの連接試験が万事順調にいく保証はなく、600億円規模で収まる保証もない。つまり、表に出ている数字ですら、隠れた経費高騰リスクを抱えている。

 ちなみに、防衛省が落とした「SPY(スパイ)−6(シックス)」の場合は、米海軍が導入するため、連接試験を含め、関連する全ての試験は今後、米海軍自身が実施する。つまり、計上予定とされる600億円以上の「連接試験」用の経費は、「SPY−6」を選んでいれば、基本的に発生しなかったコストなのだ。

 このように、“現行案”で突き進んだ場合、(1)電波の影響を実際に確認しないまま安全を宣言することになる。(2)数千億円の導入費をかけるのに弾道ミサイルにしか対応できない。(3)コストは必ず上振れする、などの事態が待ち受けている。ちなみに、防衛装備庁の公開情報によれば、LMSSRについては本年10月頃、調達契約を締結する予定である。冒頭の議事録における陸上幕僚長の言葉どおり、このまま締結に突き進むことはないと信じたいが、仮にこのまま契約したならば、二つの意味で残念である。

 一つは、国会も含めた防衛省内外からの懸念や疑問の声にもかかわらず、数々の疑問を残したまま特定の方向に舵を切ってしまうことだ。このまま配備を進めて、コストの大幅な上振れなど想定外の事態が生じた場合は、本件の調達に関わった官僚たちが責任を問われることは明白である。

 もう一つ残念なのは、岩屋大臣が「住民の理解を得るまでは予算措置は取らない」と明言したにもかかわらず、地元住民との約束を破ることになる点だ。そうなれば、電波の安全性の問題も含め、「地元軽視」の誹(そし)りは免れないだろう。下手をすれば、過激な「反対派」が地元に浸透し、陸上イージスの配備候補地がいつのまにか「辺野古化」してしまう恐れすらある。それは、日本の防衛政策を真剣に考える人間にとって、悪夢に他ならない。

「専守防衛」を掲げ、守りに徹する日本にとって、防空の要であるイージス艦の戦闘システムを、そのまま陸上に設置するという「イージス・アショア」は、必要な装備だと筆者は考えている。それは、本来の姿で導入されれば、国の守りを一層強固にする、頼れる「盾」になるはずだ。

 だが、周知のとおり、陸上イージスを取り巻く状況は大きく変わった。ここは一旦立ち止まり、この1年間で新たに判明した情報を改めて整理してみてはどうだろう。そして、日本の防衛政策における陸上イージスの位置付けから、もう一度議論し直してはどうか。その先に、頼れる「盾」の姿が見えてくるのだと思う。

 今後、政治家の良心と官僚の良識、そして為政者の決断によって、イージス・アショアを巡る様々な問題が解決されることを願いつつ、この連載を終えたい。

「週刊新潮」2019年8月1日号 掲載

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