「身の丈」「田舎のプロレス」「イクメン侮辱」…… 萩生田文科相はなぜ失言が多いのか

「身の丈」「田舎のプロレス」「イクメン侮辱」…… 萩生田文科相はなぜ失言が多いのか

総理の側近

 目下、その資質に疑義が呈されている萩生田光一文科相(56)は、安倍晋三総理の出身派閥である細田派の所属だ。まさに獅子身中の虫。総理の近くから、政権が蝕(むしば)まれようとしている。

「国民、特に受験生の皆さんに対して不安や不快感を与えることになってしまったと考えており、改めてお詫びを申し上げる。こういった発言をしたことは私の不徳の致す所だと反省をしている」

 先月29日の閣議後記者会見で、萩生田氏はこう謝罪した。

【不徳】社会的に許されない非行(『新明解国語辞典』第四版)

 なるほど、萩生田氏の過去を繙(ひもと)いてみると、彼の「非行」は10代の頃から今に至るまで全く変わっていないようだ――。

「(受験生は)身の丈に合わせて勝負してもらえれば」

 同月24日、さまざまな問題が指摘されていた大学入試における英語民間試験の導入に関して、萩生田氏はこう発言した。その結果、彼は先に紹介した謝罪をせざるを得ない事態に追い込まれたのである。そして彼のこの発言のせいで、今月1日、民間試験の導入は見送られる結末を迎えた。

 同試験は、試験会場への交通費等、離島や地方が不利になる地域間格差がかねてより問題視されていた。そんな折も折に飛び出した、萩生田氏の「身の丈」発言。格差を是正し、調整するのが政治家である彼の仕事のはずなのに、逆に「田舎の人は身の程を弁(わきま)えて地域間格差を甘受すべし」と受け止められても仕方のない言葉遣いをしたのだから、批判を浴びたのも当然だったと言えよう。

 だが、この度の萩生田放言を受け、「腰を抜かした」と言うほどウブな人は永田町には存在しない。なぜなら、彼の「放言・暴言」は今に始まったことではないからだ。

 実際、例えば彼は「田舎のプロレス発言」で国会を紛糾させた過去がある。それは2016年11月のことだった。当時、官房副長官だった萩生田氏は、TPPが焦点となっていた国会における野党の姿勢を念頭に、

「あの人たちが声をからして質問書を破りながら、腹の底から怒っているかといったら田舎のプロレス。ある意味、茶番だ」

 こう言い放ち、野党を激怒させたのだ。ちなみにこの時も、

「不徳の致す所だ」

 と謝罪するハメになった。

 しかし、この謝罪はあくまで「ポーズ」に過ぎず、翌年2月、自身の地元である東京都八王子市で開かれた、マスコミをシャットアウトしたセミナーにおいて、彼はこう開き直ったのだ。

「(田舎のプロレス発言は)ちょっと気が緩んで地が出てしまったんですね。本当のことを言っちゃいけない」

 要は、心の底では反省などしていないと胸の内を明かしたのである。


■「時代に逆行」


 また昨年5月には、宮崎市で行われた講演で、

「(乳児期の育児は)ママがいいに決まっている」

「(父親の育児は)子どもにとっては迷惑な話」

 こう発言し、「イクメン」とその子どもを侮辱するかの如き見解を示し、やはり炎上している。それでも萩生田氏は、

「乳児のひととき、ゼロ歳児はママがいい。ここだけは曲げない」(18年6月6日付中日新聞)

 と、「自説」を決して譲ろうとはしなかった。

「ママがいい」は、萩生田氏の「信念」のようであり、それはそれでひとつの見識なのかもしれない。しかし、さすがに次の発言は、乳幼児とその父親の「人格否定」にもつながる暴論と言わざるを得まい。今から遡ること5年の14年4月、都内で行われた税理士相手のオフレコ講演で、彼はこう言い切っているのだ。

「乳幼児のときに、お父さんとお母さんとどっちが好きかっていって、お父さんが好きだっていう子は、多分まともに育たないと思います」

「しゃべれないうちからパパが好きだというのは、多分ろくな大人にならないですよ」

 夫婦共働きで、現在、自身も2歳の女児の育児に奔走している、働き方評論家の常見陽平氏が呆れる。

「萩生田氏の発言には、男性が稼いで女性は家にいるという狭隘な世界観が非常に色濃くにじみ出ています。要は『昔は良かった』と。しかし、本当に昔が良かったのか分かりませんし、少なくともその『昔』に戻ることは現状を考えるとあり得ません。社会事情や家庭事情が一層複雑化しているなかで、萩生田氏は現状認識、勉強、配慮がいずれも不足しています。ナチュラルに男尊女卑の差別意識を持っているんでしょう。間違いなく、彼は時代に逆行しています」

 もし、あなたの子ども、あるいは孫が、まだ乳児にも拘(かかわ)らず父親になついているとしたら「ろくな大人にならない」そうなので、一刻も早く「育児のプロ」であるらしい萩生田先生にどう子育てをすればいいか相談することをお勧めする。

 さらに、同講演で彼はこんな発言もしている。

「(早稲田実業高校時代に)自慢じゃないんですが、停学を2回受けちゃいまして」

「1回は卒業パーティのパーティ券を売っていたら、高校生なのに何事だということで停学になりました」

「もう1回は高田馬場で朝鮮高校の生徒と、なんだか理由はよく分からないんですけど大乱闘になってしまい、警察へ呼ばれまして」

 要は10代の頃の「非行ヤンチャ話」を披露しているのである。それで結局、

「大学の推薦が受けられずに、1年間浪人を余儀なくされて明治大学に進みました」

 教育を司る萩生田文科相の来し方を、全国の児童生徒は大いに参考にしたほうがよさそうだ。無論、反面教師としてである。なお彼は、5年前の同じ講演で、

「そう遠くないときに文部科学大臣になる予定」

 と、「予言」してもいる。なりたくて仕方がなく、ようやくその座を射止めたのに今回の有り様。文科行政に思い入れが強いわりには、大臣就任に向けた「予習」を怠ってしまったようだ。

 以上、萩生田氏は身の丈発言に限らず、幾度となく放言してきた経緯があるのだ。それもそのはずで、前掲の新明解国語辞典にはこんな説明もある。

【不徳の致す所】自分及び自分をめぐる不結果一般につき、社会的責任を感じている旨を表明する、形式的な謝罪の言葉

 とどのつまり、あくまで「形式的」であって、「本質的」には反省などしていないから、萩生田氏は放言を繰り返してきたわけだ。ゆえに、今後も……。そんな人物が文科相の座に留まり続けると、それこそ児童生徒たちが「ろくな大人にならない」ように思えるのは気のせいだろうか。

 大臣の大任が、萩生田氏の「身の丈」に合っているとは思えない。

「週刊新潮」2019年11月14日号 掲載

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