立憲民主党の「初鹿明博代議士」を、警視庁が強制わいせつ容疑で書類送検していた

立憲民主党の「初鹿明博代議士」を、警視庁が強制わいせつ容疑で書類送検していた

立憲の初鹿議員を書類送検

立憲民主党の「初鹿明博代議士」を、警視庁が強制わいせつ容疑で書類送検していた

初鹿明博議員

■妻子を「宝物」と記述も――


 タクシーで性的な乱暴をしたなどとして、立憲民主党初鹿明博・衆議院議員(50)[東京16区:比例復活]を、警視庁が強制わいせつ容疑で書類送検したことが16日、週刊新潮の取材で分かった。初鹿議員は容疑を否認しているという。

 ***

 今回の容疑に関しては週刊文春が2017年、「汚れたリベラル 立憲民主党 初鹿明博に強制わいせつ疑惑」(11月9日号)の特集記事で報じていた。その内容に関しては後で詳述する。まず初鹿議員の経歴などを見ていただきたい。

 初鹿議員は1969年生まれ。東京都・江戸川区内の小学校と中学校に通い、都立両国高校から東京大学法学部に進んだ。自民党の逢沢一郎・衆院議員(65)[岡山1区]や、鳩山由紀夫・元首相(72)の秘書を務め、2001年に都議会選挙で初当選。09年に旧民主党公認で、地元である東京16区から出馬して初当選を果たした。

 議員のランキングを発表している「政策NPO万年野党」は、【1】質問主意書の数、【2】国会での質問の回数と時間、【3】議員立法数――の3点から国会議員を“格付け”し、優れた議員を「三ツ星議員」として表彰している。

 1月28日から6月26日まで開かれた第198国会で「三ツ星議員」として発表された衆議院議員は17人だが、その中の1人は初鹿議員だ。最近の代表例で言えば、「桜を見る会」の問題に関し、政府は12月10日、「反社会的勢力」について「定義は困難」との答弁書を閣議決定した。これは初鹿議員の質問主意書に対する回答だった。

 さらに公式サイトやフェイスブックなど見ると、よき父として奮闘している姿も伝わってくる。「妻と子供たち(一男二女)」と紹介した家族を「宝物」と形容。趣味の1つとして「料理」を挙げ、フェイスブックには手の込んだ料理から、冷蔵庫の余り物を使って手早く作った一品などの写真を載せている。相当に好きなのだろう。

 そんな初鹿議員だが、過去には問題点を指摘されたことがある。第一点は旧民主党を離党してからの迷走ぶりだ。

 野田政権時代の12年11月、初鹿議員は民主党に離党届を提出した。当時は衆議院議員だった田中美絵子氏(43)が国会内で行く手を塞ぎ、離党を思いとどまるよう説得している姿がテレビで大きく報道された。ご記憶の向きもあるだろうが、あの時の男性議員が初鹿氏だったのだ。

 その後、みどりの風に所属し、12月の総選挙では日本未来の党から立候補したが落選。この選挙で自民党が圧勝して安倍政権が誕生した。


■ラブホテルの前で“玉砕”


 ところが14年の総選挙、維新の党から公認を受けて立候補した。そもそも彼は都議時代から北朝鮮に融和的な姿勢で知られ、日朝友好促進東京都議会議員連盟の事務局長を務めていた経歴も持つ。憲法改正や集団的自衛権の行使容認には反対の姿勢を示していた。本来、政策や思想的には相いれないはずの政党から立候補したのだ。

 結局、小選挙区こそ落選したが、比例で復活。当選後にツイッターで「維新の党に入ったことに対するご批判もいただきましたが、(中略)結果オーライと思って下さい」と投稿する始末だった。その後、17年に枝野幸男・衆議院議員(55)[埼玉5区]が立憲民主党を立ち上げた際に結党メンバーとして名を連ねた。

 第二点目は女性問題だ。週刊新潮は16年12月、記事「舞台女優を歌舞伎町ホテルへ引っ張る『民進党代議士』のすごい言い訳」(12月29日・1月5日号)を掲載した。

 記事の内容は《舞台女優として活動する20代の女性》が初鹿議員からセクハラの被害を受けたというものだ。まず知人の証言をお読みいただきたい。

《向い合せに座っていたところ、隣に座るよう言われ、席に着くと抱き付いてきて胸を触られたのです。さらにセンセイは自分のズボンを脱ぎ始めた。店員が来たので離れたのですが、その後も、家に行こうとしきりに言っていたそうです》

 女優は初鹿議員と距離を置こうとしたが、向こうは連絡を取ってくる。《あまり断っては紹介者の顔も立たないと、また会うことにした》と知人女性が情報を提供。取材班は夜の新宿・歌舞伎町で初鹿議員を追った。結果と仰天の弁解は、記事から引用させていただく。

《約2時間後の2人は、手を繋ぐこともなく、ラブホテル街を横目に帰路につく、と思われた。が、一軒のラブホ前で議員の足が止まる。と、次の瞬間、女性の腕を掴み、強引にホテルの入り口に連れ込んだ。戸惑った様子の彼女は、玄関前でその手を振りほどく。“玉砕”したところで、直撃をした。

「ホテル行こうって、相手もいいって言ったからね。(彼女が首を横に振ると)だったら、行かなかったよ」

 女性が離れて初鹿議員一人になると、臍を噛んだような弁に熱が入る。

「良い雰囲気だったと思うけど。継続的に付き合うかと言えば、相手もそうではなかったと思う。彼女も行きたかった。俺に興味持っていたと思う」》

 週刊新潮の報道に、産経新聞は12月22日、「民進・蓮舫代表が激怒 『ラブホに女性連れ込み未遂』報道の初鹿明博氏が青年局長辞任」と報じた。

《民進党の蓮舫代表は22日の記者会見で、「週刊新潮」に女性をラブホテルに強引に連れ込もうとしたなどと報じられた初鹿明博氏が21日付で青年局長を辞任したと発表した。野田佳彦幹事長が初鹿氏に対し、口頭で厳重注意したことも明らかにした》(註:引用に際してはデイリー新潮の表記法に合わせた。以下同)

 こうした“過去”がありながら、17年に週刊文春でも女性問題を報じられたことになる。記事では《交流のある女性記者》が《『爪がキレイだね』と言われ、いきなり手をさすられたことがあります。女癖の悪さには昔から定評があるんです》との証言も掲載している。では事件の概要を見てみよう。

 週刊文春は被害を受けた女性を初鹿議員の「支援者の1人」とし、15年5月に事件が起きたとしている。懇親会が開かれ、2次会がお開きになってからのことだ。

 初鹿議員と被害者女性、さらに「別の参加者」の3人でタクシーに乗った。しばらくすると「別の参加者」が下車し、初鹿議員と被害者女性は2人きりになってしまう。ちなみに文春は被害女性を「陽子さん」という仮名で記述している。その陽子さんの友人が証言する場面を引用させていただく。

《「陽子さんも初鹿氏の女性にまつわる噂は聞いていたので、2人きりになった時に不安がよぎったそうです。案の定、初鹿氏はいきなりキスを迫ってきたのです。いくら拒否しても行動はエスカレートするばかりで、陽子さんはショックのあまりフリーズ状態になってしまった。そして、初鹿氏は遂には無言のままズボンのチャックを下ろし、陽子さんの顔を引き寄せたそうです」》

 文春は《その後の詳細については、「セカンドレイプ」を防ぐ意味で詳述しない》としている。その一方、16年12月に初鹿議員が被害者女性に「嫌じゃなかったと思った。ひどいことをしたのかな。反省しています」と謝罪したことも紹介している。

 初鹿議員は文春の取材に対しても《酔っ払ってたから。あんまり覚えていない》としながらも、《強制ではなかったと思う》と反論している。

 後に《私自身の振る舞いによって、不快に思わせたことがあったのであれば申し訳ない、と(註:被害者女性に)申し上げたことはございます。いずれにせよ、意に反したわいせつ行為をした記憶はございません》と回答した書面も記事に引用された。

 この報道に立憲民主党は処分を決定。朝日新聞(電子版)は11月1日、「立憲、初鹿氏を6カ月の役職停止処分に 週刊誌報道受け」の記事を掲載。《初鹿明博衆院議員を、6カ月の役職停止処分にすることを決めた。内定していた政調副会長と衆院原子力問題調査特別委員会理事への起用を見送る》と伝えた。

 そして今年も終わろうとする12月、書類送検の情報が飛び込んできたというわけだ。関係者が重い口を開く。

「事件は15年に発生し、文春が記事を掲載したのは17年です。そして被害者の女性は今年に入って被害届を提出。警視庁は国会議員が加害者という可能性があることから極秘裏に捜査を進め、12月上旬に書類送検を行っています。もちろん捜査では初鹿議員にも任意の取調べも実施したようですが、基本的には文春に掲載された『合意はあった』という主張で容疑を完全否認したようです」

 気になるのは、週刊文春の報道を受けて産経新聞(電子版)が17年10月に掲載した「また下半身スキャンダル疑惑の立民・初鹿明博衆院議員 『強制わいせつはしていない』 記者団とのやりとり全文」という記事だ。

 文中で初鹿議員は記者団に向かって「そういう行為をしていないということです」とタクシーの中での行為そのものを否認している。「合意があった」というご本人の弁明とは食い違っているようにも思えるのだが――。

 ご本人に取材を申し込むと、「質問内容を文書で事務所にFAXしてほしい」との意向を示し、編集部は指示に従った。

 しかし16日13時現在、口頭でも文書でも回答は得られていない。

 いずれにしても、これで捜査は検察の手に委ねられる。基本的には、不起訴、起訴猶予、起訴のどれかになるわけだ。

週刊新潮WEB取材班

2019年12月16日 掲載

関連記事(外部サイト)