逮捕の「秋元司」議員、美人妻はハワイに高飛び 六本木セレブ生活からの転落

逮捕の「秋元司」議員、美人妻はハワイに高飛び 六本木セレブ生活からの転落

元自民党の衆院議員・秋元司前環境副大臣

 年の瀬の永田町に突如、司直のメスが入った。元自民党の衆院議員・秋元司前環境副大臣(48)に絡む「鬼の特捜」の捜査は、正月返上で続いた。衆院当選3回で副大臣を幾つも歴任、道半ばでの醜聞だが、自慢の「美人妻」もまたセレブ生活から一転、その姿を消していた。

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「魔の2回生」といえば、重婚スキャンダルの中川俊直氏、パワハラ事件を起こした豊田真由子氏など、失職した代議士も多い。

 けれど、しぶとく現職に居座る「魔の3回生」ともなればやはり“格”が違う。渦中の秋元議員は、かつて「最強の捜査機関」と呼ばれた東京地検特捜部に睨まれてしまっても、徹底抗戦の構えなのだから――。

 2019年の臨時国会閉幕後、特捜部は秋元議員への任意聴取に加えて、議員会館や地元事務所(東京・江東区)を家宅捜索し、徐々に包囲網を狭めていった。

 さる永田町関係者が言う。

「ガサ入れの3日前から特捜の人間が事務所に張り付き、人の出入りや荷物を監視するなど、いつも以上に気合いが入っていました」

 にもかかわらず、彼は疑惑を完全否定。特捜への頑(かたく)なな態度を崩さなかったが、先月25日に逮捕された。まずは肝心の事件について簡単におさらいしておこう。

「今回の捜査は、カジノを含む統合型リゾート施設(IR)で日本進出を企てた中国企業が、海外から多額の現金を不正に持ち込んだとする外為法違反の容疑です」

 と解説するのは、全国紙の司法担当記者である。

「そのカネが、政治家へ渡っていたかを特捜は追っている。17年8月から2年余り、秋元議員はIR担当の内閣府副大臣を務めており、当時IR誘致を進めていた北海道庁の担当者に口利きをしなかったか、参画を目指す中国系企業や地元業者から見返りを得なかったか、が焦点となります」

 最後は、議員本人をあっせん利得や収賄で立件、つまりは“バッジ”を挙げるのが特捜の狙いだという。

 振り返れば、秋元議員はカジノ以外にも、様々な疑惑に塗(まみ)れたセンセイだった。

 直近では、安倍政権の待機児童対策で導入された保育事業の助成金詐取事件に絡み、19年7月に逮捕された“反社”と名高い業者と昵懇(じっこん)だったとして、名前が取り沙汰された。

 環境副大臣に就任直後の18年秋には、元秘書が逮捕されたという噂が永田町を駆け巡り、自ら火消しに走る“騒動”もあった。今回、この元秘書と別の元秘書からも特捜は事情を聴き、自宅を捜索した。

 先の記者はこうも言う。

「この2人が各々代表と役員を務める芸能関連会社は、2年前まで秋元氏が顧問で、夫人が監査役に名を連ねていた。特捜はカネの流れを解明しようと、押収品の分析を続けています」

 となれば、役員だった秋元夫人も、“捜査対象”になるハズだが、周囲からはこんな声が聞こえてくる。

「実は、秋元さんの奥さんは、早々に日本を“脱出”したみたいで……」

 と明かすのは、秋元議員の地元政界関係者だ。

「ご夫妻には、都内の有名私大の付属小に通う双子のお子さんがいるのですが、19年の春、新学期に入ってしばらくしてから、奥さんと子供はハワイに滞在していると聞きました。夫婦仲が悪くなったのかと、保護者の間で心配していたところ、今回の報道が出たので“高飛びしたのか”なんて声も出ている始末です」

 秋元夫人は、六本木界隈でセレブ生活を謳歌していたそうだが、どんな女性なのだろう。


■五つ星ホテルで披露宴


 夫妻の知人に尋ねると、

「ある代議士の秘書を務めていた彼女は、秋元議員とはいわゆる“職場結婚”だったこともあって、10年前に行われた結婚式は、それはもう華やかでしたよ」

 会場は、六本木ヒルズにある五つ星ホテル「グランドハイアット東京」で、披露宴に招かれた来賓も錚々たる面子だったと続ける。

「河村建夫元官房長官をはじめ、伊吹文明元衆院議長、青木幹雄元参院会長、中曽根弘文元外相といったベテラン議員が揃い、司会は元フジテレビアナウンサーの露木茂氏が務めました。新婦側の実父は、フジサンケイグループの関連企業の元社長、実母はニッポン放送の元局アナという縁で、白羽の矢が立ったそうです」

 新婦はモデルの菜々緒を彷彿させる細面の美人で、秋元議員は金屏風の前で終始、満面の笑みを崩さなかったそう。幸せを手に掴みながら、なぜ彼は危ない橋を渡り続けてしまったのか。

 かつて秋元議員は、「月刊公論」(19年6月号)の対談でこう語っていた。

〈私は2世議員でも、お坊ちゃんでも、タレントでも、ましてやエリートでもない。掲げる理念と行動力のみが、全てですから〉

 あるベテランの自民党関係者に言わせれば、

「大東文化大に入学後、とにかく政治家になりたいと、衆院議員だった小林興起氏に志願して秘書となり、04年の参院選挙に自民党から出馬したんだ。全国比例で、竹中平蔵氏に次ぐ2位の得票で初当選したけど、当時は比例名簿が五十音順の記載だから、『あ』から始まる彼は有利だったと陰口を叩かれるほど、政治家に必要とされる『地盤、看板、カバン』がなかった」

 実際、次の参院選で秋元議員は落選するものの、それくらいではへこたれない。衆院に鞍替えして東京15区から出馬した12年の総選挙では民主党大惨敗の“神風”が吹いて、比例で復活、その後は安倍チルドレンとして3回の連続当選を果たしてきたのだ。

「大きな組織を持たない彼は、カネと支持者を集めようと必死だった。深夜営業の延長などの法改正を目指す『ダンス文化議連』が発足した時には事務局長を志願して、音楽業界をはじめ銀座や六本木の飲食業界の関係者からの陳情を一手に引き受け、ネオン街に集う人脈を作っていった」(同)

 煌(きら)びやかな世界へと吸い寄せられるあまり、自ら誇る〈行動力〉を、夜の闇へと向けてしまったのか。

 秋元夫人の実家に訊(き)くと、

「(娘は)いろいろな所に行っていますから……。何もお答えできません」(母親)

 と只々困惑するばかり。

“全面否認”を貫く彼の口を、特捜はこじ開けられるだろうか。

「週刊新潮」2020年1月2・9日号 掲載

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