【新型コロナ】更迭論も出た加藤勝信厚労相 知名度アップも安倍首相にハシゴを外されて……

【新型コロナ】更迭論も出た加藤勝信厚労相 知名度アップも安倍首相にハシゴを外されて……

加藤勝信厚生労働相

「医療用マスクも8割くらいが中国からの輸入で、それが止まった。その一方で需要が増えており、国内で最大限の増産をお願いしている」

 3月8日の日曜早朝、加藤勝信厚生労働相は東京・お台場のフジテレビ本社で「日曜報道 THE PRIME」の生出演に臨んでいた。テーマは新型コロナウイルスの感染拡大をめぐる政府対応。同席した橋下徹元大阪市長らの厳しいツッコミにもそつなく回答し、その後は紀尾井町の千代田放送会館へ移動してNHKの「日曜討論」に生出演した。夜にはテレビ東京の生特番にも顔を出した。

 このように新型コロナをめぐり、その姿がテレビで報じられる日がないというほど加藤氏の露出が連日続く。週末は地元の岡山に戻ることが常だったが、1月下旬の地元入りを最後に東京張り付きで新型コロナ対策にあたっている。土日も平日と同様、厚労省10階の大臣室にこもり、時には緊急の記者会見で1時間近く報道陣からの矢継ぎ早の質問によどみなく答えることもある。

 もともと自民党厚労族の中堅として専門知識もあり、「官邸から新型コロナに関する“第2官房長官”として広報役を任されている」(政府高官)という。厚労省担当の記者からも「記者会見で秘書官から助言のメモ入れもほぼ皆無で、前任の根本匠衆院議員ではとても持たなかっただろう」(ベテラン)と評価は高い。

 その素養は旧大蔵省のキャリア官僚時代に培われた。昭和54年の入省同期には後に財務省の事務次官を順番に務めた木下康司、香川俊介、田中一穂の3氏らそうそうたるメンツがそろう中、加藤氏は主計局の主査や官邸で官房副長官秘書官などを歴任。在職中に加藤六月農水相の次女の周子氏と結婚し、加藤家に婿入りしている。

 ただ、順風満帆な官僚人生の後は苦節も味わっている。平成7年の退官後、六月氏の秘書を経て、10年の参院選岡山選挙区で無所属候補として、12年の衆院選比例中国ブロックには自民党公認で出馬したが、相次いで落選。15年の衆院選比例中国ブロックでようやく初当選したものの、地元の岡山5区には同じ旧大蔵省出身の村田吉隆元国家公安委員長がおり、村田氏とのコスタリカ方式で選挙区から出馬できたのは21年衆院選が初めてだった。

 政界入り後、内閣府政務官や党厚労部会長などを経験し、地味に実績を積み上げてきた加藤氏。永田町で頭角を現すことになったのは、24年9月の党総裁選で安倍晋三首相が総裁に返り咲いた際、最側近ポストの総裁特別補佐に抜擢されてからだ。その背景には安倍家と加藤家の深い関係がある。

 加藤氏の義父の六月氏は、安倍首相の父親の晋太郎元外相から最も信頼が厚い人物といわれ、両氏の没後も安倍家と加藤家は家族ぐるみの付き合いを続けている。首相の母の洋子氏と加藤氏の義母の睦子氏が姉妹のように親しいのは政界では有名な話だ。安倍首相が身内同然で信頼できる上、自身の知恵袋として政策通の加藤氏を重用するのは必然だったともいえる。

 加藤氏は24年12月の第2次安倍政権発足時に官房副長官となり、初代の内閣人事局長にも就任。27年10月には政権の重要政策である1億総活躍と拉致問題の担当相として初入閣し、その後は働き方改革担当相の兼務や1回目の厚労相を経て、30年10月に党三役の一角の総務会長にまで上り詰めた。安倍首相が「ポスト安倍」の一人として名前を挙げたこともあり、一般の知名度は低いながらも、政界での注目はがぜん集まるようになった。


■「ポスト安倍」から一歩後退


 昨年9月、再び厚労相に就任した加藤氏。野党から攻撃必至の年金制度改革の法改正を控え、「安倍首相悲願の憲法改正の障害とならないよう、無難に国会審議を乗り切ってもらいたい」(官邸筋)との思惑からの厚労相再任だったが、前評判は「経済関係の重要閣僚へのステップアップ」だっただけに、永田町では「ポスト安倍」から一歩後退したとの見方が大勢を占めた。

 加藤氏本人も2回目の厚労相になかなかモチベーションが上がらない中、数ヵ月が経過して突如降りかかってきたのが今回の新型コロナ騒動。1月中旬に中国・武漢で感染者が蔓延した時点ですでに春節(旧正月)を控えた大量の中国人が日本に入国しており、国内での一定の感染拡大は必至の状況だった。ある意味“負け戦”への対応でもあることから、安倍政権は首相ではなく、いわば身代わりとして加藤氏の陣頭指揮でダメージコントロールに乗り出すことになった。

 加藤氏は夜の会合もほとんどキャンセルし、早朝から深夜まで連日アドレナリン全開で対応にあたったが、想定外だったのがクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」での集団感染だった。狭い船内で3000人を超える多国籍の乗員・乗客を厳格に管理するのは困難を極め、船内の防疫措置の不十分さや、下船者の健康管理の不徹底ぶりなどが批判を呼んだ。加藤氏もクルーズ船対応に忙殺される毎日が続き、ウイルス感染の有無を調べる「PCR検査」の滞りへの対処が遅れた。

 「後手後手だ」との批判に、周囲には「目の前の状況に臨機応変に動くしかない」とこぼした加藤氏だが、未知の感染症への対応としてはまっとうな方法論といえなくもない。ただ、一般の国民には分かりやすい成果が見えにくく、頼りなく映るのも事実だった。安倍首相のコアな支持層には政権が中国からの全面的な入国禁止措置といった強硬策を採らないことに不満が高まっており、加藤厚労相の更迭論まで飛び出した。

 安倍首相が突然2月27日に全国一斉休校要請という“蛮勇”を振るったことで、こうした批判も収まったが、現実的な対応を続けてきた加藤氏ははしごを外された格好となった。弱点だった知名度は急上昇したものの、「ポスト安倍」として人心をつかむ政治手腕には疑問符も付けられた。

 ただ、その一方で、連日のメディア露出を通じて「新型コロナのような難題をこなせる政治家だと初めて知った」(大手企業幹部)と加藤氏の実力を見直す声も出るようになった。「政治は結果責任」といわれるが、新型コロナ騒動が収束したときに、改めて「ポスト安倍」としての加藤氏の評価が定まるに違いない。

週刊新潮WEB取材班

2020年3月11日 掲載

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