「安倍昭恵」夫人、最長ファーストレディの結婚エピソードと夫婦仲について

■Netflixの番組を一緒に見たり…


 歴代最長の政権を維持した安倍晋三首相(65)。そこにはつまり、歴代最長のファーストレディがいたということになる。時に、首相以上に世間の注目を浴びたアッキーこと安倍昭恵夫人(58)。居酒屋の経営に乗り出す際には「離婚の“り”の字」が出たこともあったという。今もなおくすぶる不仲説は果たして…‥。空前にして絶後と思われるこのファーストレディの履歴を振り返る。

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「2人の仲はいいですよ。いやいや、別居もしてない。首相が公邸に泊まることが多かったからですかね。それこそ緊急事態宣言中は自宅で過ごす時間が多くなって、Netflixの番組を一緒に見たりとかしていたみたいですよ」

 と関係者。

 昭恵夫人の父の松崎昭雄氏(89)は、森永製菓を創業した森永太一郎氏の懐刀、松崎半三郎氏の孫で、自身も社長を務めた。

 母親の恵美子さんは、創業者の息子でやはり社長を経験した森永太平氏の次女。2人の長女で濃すぎるほど森永の血が流れる昭恵夫人は、幼稚園からお嬢様学校の代名詞、聖心女子学院に通った。

「高校時代はおしゃれ番長でミーハー。ファンだったミュージシャンのCharが森永のCMに出たときは、父親に頼んで会わせてもらった」という逸話を、松崎家に近い筋は語るが、卒業後は、

「聖心女子大ではなく、聖心女子専門学校に進学した。普通に勉強していれば大学に上がれるのに……」

 本人が5年前に上梓した自叙伝『「私」を生きる』で、こう綴っている。

〈単純に勉強が嫌いで、「学校に行きたくない」気持ちが強かっただけのような気がします〉

■ボディコン姿でジュリアナ東京のVIP席に


 専門学校を卒業したアッキーは電通に入社。主にお茶汲みをしていた頃の思い出について、先の自叙伝で、

〈何より楽しかったのは、ランチタイムとアフターファイブです〉

〈「今日の昼ご飯は何を食べようか」とか「今度の飲み会は誰を誘おうか」とか、そんなことばかり考えていました〉

 1984年、彼女は安倍家のプリンス・晋三氏と出会う。

 安倍家と親交のある元山口新聞東京支局長の濱岡博司氏によると、

「(晋三氏の母である)洋子さんが僕に頼んだんです。“息子はもう30歳になろうかというのに独身で、良い人いないかしら?”って。そこから、僕が仕事で付き合いのあった電通の人に相談したんです。それで出てきたのが昭恵さんだよ」

 他方、ある電通関係者もこう振り返る。

「時はバブルの真っただ中。昭恵さんはロングヘアにボディコン姿でジュリアナ東京に通い、VIP席にたむろしていた」

「お酒が飲めるので宴会の席によく呼ばれ、“お見合い”の1週間ほど前、“今度おじさんとお見合いするのよー”と言っていた」

「それが神戸製鋼をやめ、父親の安倍晋太郎外相の秘書官になっていた8歳年上の安倍晋三さんでした。細身で目が切れ長の昭恵さんは晋三さんの好みだった」

 迎えた当日。待ち合わせ場所には先の濱岡氏も立ち会った。しかし、待てど暮らせどマドンナは来ない。

「昭恵さんは結局50分も遅刻してきた。彼女が来る前に“そんな時間の観念もないような女と一緒になったら苦労するから、帰ろうよ”と僕は忠告したんです。でも彼は、“昭恵さんは憧れの人なんです”と」(前出・濱岡氏)


■“いいんです。大丈夫ですから、黙っててください”


 実は、

「それ以前にも2人は良家の子女の集まりで面識があって、晋三は“話したことはないけど、彼女はスラリとし、遠くから見てカッコいいんですよ”と言っていたね」(同)

 そして結婚するときも……。

「“やっぱりやめとけ”と言いましたが、本人が“いいんです。大丈夫ですから、黙っててください”と押し切った。もともとマドンナを嫁にもらった彼が、妻の暴走を止められないのも仕方がない。惚れた弱みだよ」

 飲み会要員アッキーには、同じ電通グループ内に元カレがいたという。

「後に社長になる成田(豊)さんたちが考えを巡らせたんでしょう。例えば、その元カレを海外へ赴任させることで、晋ちゃんとの結婚への環境づくりをしたんです」(同)

 87年6月、アッキーが25歳になる直前に2人は結婚。その際は、ゴッドマザーとして君臨する安倍首相の母・洋子さんも手放しの喜びようだったのだが……。

 その後のアッキーについては前掲書で、

〈結婚したてのころは主人よりずいぶん早く起きて、お化粧もして、和食の朝ご飯をつくっていました。いつごろから崩れたのか、もう記憶は定かではありません〉

 と、自身が振り返っている通りだ。

週刊新潮WEB取材班

2020年8月31日 掲載

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