「日本学術会議」関連で「特高警察」呼ばわり 「杉田官房副長官」ってどんな人?

■「あとは杉田さんが墓場まで持っていけばよい話」という指摘も


 日本学術会議が推薦した会員候補のうち6人が任命されなかった問題。菅義偉首相(71)は、事務方トップの杉田和博官房副長官(79)から前もって、「複数の任命除外者が出る」と報告を受けていたという。これまでも政府の様々な決定に関与してきた杉田氏について、公安警察を飛び越えて特高警察という呼び名まで飛び出して……。いったいどんな人物なのだろうか。

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 永田町関係者によると、

「杉田さんは菅さんに対し、“任命できない候補者がいる”と伝えていたようです。菅さんはこれについて“任せる”と応じたということ。ま、こういうやりとりはこれまで幾度となく繰り返されてきたことで、何ら問題ないと菅さんも杉田さんも思っているみたいですね」

「結局、候補の105人すべてを菅さんが見る時間なんてないですし、そこまでやる必要はないと思います。大企業の社長が細かなことまでチェックしないのと同じですね。もちろん、建前ではそうじゃないかもしれませんが……」

「さらに言うと、杉田さんも正直、全員のことまで見ていないでしょう。配下のスタッフに命じて、政府にとって問題がありそうな人物がいれば報告を受け、適宜処理をしたということです」

 その良し悪しは別にして、

「野党は杉田さんを国会に呼んで事情を聞きたいと言っていますが、官房副長官は閣僚などとは違って出席の義務はありません。ちゃんと仕事をしただけなので辞める必要もない。あとは杉田さんが墓場まで持っていけばよい話ではありますが、世の中の批判の声がどれくらい高まるかということに官邸は神経質になっているとは思いますよ」

■前川喜平元文科次官への“厳重注意”報道


 杉田氏は1966年に東大法学部を卒業し、警察庁に入庁。警備・公安畑を一貫して歩み、神奈川県警察本部長、警察庁警備局長を歴任。警察庁長官にはなれなかったものの、内閣情報調査室長、初代の内閣情報官、内閣危機管理監を務め、一旦は宮仕えを終える。

 政治部デスクの解説。

「それから2012年12月に再び安倍さん(晋三前首相)が政権の座に就くと、請われて内閣官房副長官になりました。この時すでに71歳で、安倍さんの会見中に泡を吹いて倒れるアクシデントがあり、幸先悪いねって言っていたんですが……」

「17年8月からは内閣人事局長も兼ねていて、霞が関の人事を掌握。“だいたいというか全て杉田さんが決めている”と言われるほどになっています」

「安倍政権の7年8カ月に伴走する中で、菅さんからの信頼も絶大なものになりました。菅政権になっても、余人をもって代えがたいということで留任しているわけです」

 杉田氏の名をより有名にしたのは、前川喜平元文科次官への“厳重注意”報道ではなかったか。

「前川さんが新宿の『出会い系バー』に出入りしていることを掴んだ杉田さんが、前川さんに“厳しく注意した”という案件ですね。その店では気に入った女性を店外に連れ出すこともでき、前川さんは彼女らに小遣いを渡していた。前川さんは“女性の貧困調査のために”という説明をしたようですが、この一件を読売新聞がスクープしたことも、波紋を広げましたね」

■“杉田さんの死に場所は官邸しかない”とまで


 再び、永田町関係者に聞くと、

「官邸近くの『危機管理住宅』に住んで、何かあると携帯に連絡が入って叩き起こされる。官邸に入ってからもう8年くらいになるわけですが、まともな休みを取ったことはなく奥さんと旅行すら行ったこともなければ東京を離れたこともないはず」

「杉田さん自身は、“いつ辞めてもいい”と言っていて、実際、同じ警察庁出身の米田壮氏へ官邸から内々に打診があったんですが、米田氏は断ったみたいです」

「その後も栗生俊一前警察庁長官とか、杉田さんがかわいがってきた北村滋国家安全保障局長など、後任の人事が取り沙汰されることが結構あったんですが、そうはなっていないですよね」

「杉田さんに安定感があるというのはその通りですが、というよりは、霞が関官僚の幹部クラスとは年次的に大きく離れていることが、霞が関に睨みを利かせるうえでメリットが大きいということなんだと思います。“杉田さんが言うんだったら、まぁ仕方ないか”と諦めがつくというか……」

「“杉田さんの死に場所は官邸しかない”とまで言われていますね。安倍政権がこれだけ続いたのも杉田さんなしでは難しかった。それくらい官邸への貢献度は絶大だと思います」

週刊新潮WEB取材班

2020年10月16日 掲載

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