消えかけた「大阪市」を守った「自民のマドンナ」 投票用紙の文言が勝敗の分かれ目

「勝つまでじゃんけんか」と揶揄されながらも大阪維新の会(代表・松井一郎大阪市長)が実施にこぎつけた「大阪都構想」の住民投票が11月1日に行なわれ、約1万7000票差で反対派が勝った。これにより明治22年以来の「大阪市」の名が消滅することは避けられた。構想は大阪市を廃止して、24区を4つの特別区に再編成するというものだが、元々は知事時代の橋下徹氏がぶち上げた構想の修正版である。投票率は橋下氏が先導し僅差で否決された前回よりは下がったものの62・35パーセント。新型コロナ禍でも市民が強い関心を示した。

 堂島川沿いの超高級ホテル「リーガロイヤル大阪」で会見した松井氏は「すべて僕の力不足。けじめをつけなければならないので任期満了で引退する」と政界引退を明かした。橋下氏も2015年5月の住民投票で「維新の会の一丁目一番地」と掲げる「都構想が」が否決された際、任期満了での引退を決意しただけに、自分だけがいつまでもやるとは言えない。

 松井氏の決意を聞き、目にうっすら涙を浮かべて同席していた吉村洋文代表代行(大阪府知事)は「僕は都構想はもうやらない」としながらも進退については「任期満了までに考えたい」と含みを持たせた。二人の任期は2023年の春までだ。

 一方、勝利した自民党大阪府連本部での同党の会見は、新型コロナの影響で場所の狭さから記者クラブのみだった。大塚高司会長は「投票は市民を分断してしまった。今後は万博など維新と協力してやっていきたい」と話した。反対の急先鋒として走り回った同党大阪市議団幹事長の北野妙子氏(61)は「勝った負けたではなく結果に対しては安堵しています」と感謝し、「僅差のようですが、こんな投票が5年に二回もあってはならない。三度目は絶対にあってはならない」と強調した。北野氏は今回、関西では連日のようにテレビや新聞などに登場するなど、一挙に「大阪自民のマドンナ」になった感だった。

 10月末、淀川区の神崎川沿いのスーパーで街宣していた彼女は「忙しすぎて生まれて一か月の孫をまだほとんど抱っこしていないんですよ」と嘆いた。「都構想に反対票を」の訴えを聞いていた男性は「嘘やろ、ほんまに60過ぎとるんか、若いな」とその容姿に驚いていた。

 明るく振る舞っていたが想像を絶する重圧だった。前回まで、自民党で「都構想反対」の先頭を走ったのは「自民大阪のプリンス」、京大出身の柳本顕市議団幹事長だった。しかし柳本氏は維新の勢いに押され大阪市長選で二度続けて落選した。相手は維新の吉村洋文氏、そして一昨年、生き馬の目を抜く「クロス選挙」で府知事から入れ替わって立候補した松井氏だった。

 だが連敗とはいえ柳本氏は、都構想はなんとか阻止したのだ。北野氏は新幹事長としてこれを引き継いだ。個人の選挙なら落選してもある意味、「不徳の致すところ」で済む面もあるが、この住民投票の方が市民への影響、そして自民党への影響はずっと大きかった。

 しかも、当初、構想に反対していたはずの公明党が昨年の統一地方選で勢いを得た維新から前回の橋下氏同様に「構想に賛成しなければ選挙区に候補を立てる」と暗に脅され、おじけづいて賛成に回った。公明党発祥の地とされる大阪では重鎮の国会議員が複数いるためだ。府議会は単独過半数、市議会も半数近い維新、公明が賛成して投票実施は通ってしまった。

 さらには、一致団結して反対してきた大阪自民がこの夏、府議団から賛成者が出るなど足元もぐらついた。北野氏は「人気のある吉村知事が実現させた政策が自民の若手が言っていたことだったりで賛成に回ったようです」などと打ち明けていた。橋下氏は不在となれど跡を継いだ吉村洋文氏が、この春からの迅速なコロナ対策で人気が沸騰していたのも脅威だった。大阪市外選出の府議の離反は、権限がより強い市議の前で「お飾り」にされて面白くなかったことがあるとされる。都構想で府議の権限が高くなると目論んだのだ。元大阪府議でジャ−ナリストの山本健治氏は当時、「一生懸命やっとった北野妙子さんはまじめな女やから『この人ら、いったいなんなのよ』の思いやったやろう」と同情していた。

 自民府連が9月になってようやく「都構想反対」と決議した。それでも今回、自民支持層の3割以上が賛成に回ったことが出口調査などで判明している。

 もっとも難しいのは大阪と中央で、自民と維新の関係が「ねじれ構造」になっていることだ。地元では維新と生きるか死ぬかの戦いをしているのに中央では安倍政権時代から、改憲などで賛成してくれる維新が半ば「かくれ与党」になっている。事実、維新は国会で自民法案のほとんどに賛成している。このため10月12日の告示以来の都構想反対の運動期間も自民は党中央部から応援は一切来ず、菅義偉総理も「地元が決めること」と達観していた。

■勝敗の分け目は「投票用紙の文言」


 こうした困難な状況で奮闘した北野妙子氏の父禎三氏(故人)は自民党市議を8期務めた政治家だったため、政治家の何たるかは知る。なんと「私、森友学園幼稚園の出身なんですよ。籠池泰典さんの先代の園長の頃でそろばん教育に熱心ないい幼稚園でした」。政敵だった橋下徹氏は大阪府一の名門、北野高校での後輩にあたる。「橋下さんと以前、同窓会で記念写真を撮ったんだけど、これだけは表に出せないんです」と笑った。

 北野氏は大阪大学人間科学部を卒業後、商社マンの夫の仕事で中国に長く駐在員家族として子育てをし、そこで日本商工クラブの活動。帰国後、市議に転じた。市議会本会議の代表質問では「今、二重行政は何があるんですか?」と松井市長を問い詰め、松井氏から「今はありません」の言葉を引き出した。

 NHKや関西の民放局のテレビ討論会にも連日出演した。賛成が松井氏と公明党の土岐恭生市議団幹事長ら。反対が北野妙子氏と共産党の山中智子市議団幹事長だ。二人の鋭い追及に松井氏は話を逸らしたり「デマや」としか言えないようなことが多かった。筆者が見る限り、視聴者へのアピールは勝っていただろう。

 この頃から、それまで「賛成派がリード」と伝えられていた各メディアの世論調査も「反対派の追い上げ」「拮抗」などに変じてゆく。とはいえ「呉越同舟」に見られるマイナス面も大きい。前回、共産党と自民党はともに維新と戦ったが、自民党内から「共産党と一緒になるとはどういうことや」の反発が出て、維新に票を投じてしまうような支持者も出ている。

 そんな中での僅差の決着について北野氏は投票用紙に議会議決通り正確に「大阪市の廃止」と明記されていたことを要因に挙げる。前回は記載されていなかった。「大阪都構想」というのは維新の言葉であり、実際は「大阪市廃止と特別区設置に関する投票」なのである。「大阪市が残るとか、大阪都になると勘違いしている人が多かったんですね」と語る。

 維新旋風、 内部分裂、呉越同舟批判、ねじれ構造…。「大阪自民は橋下維新のおかげですでに崩壊状態になっている」(山本健治氏)とも言われる中、浪花の自民党をどう復活させるか。地図から消えかけた「大阪市」を守ったものの北野妙子氏がゆっくり初孫と遊べる日は遠そうだ。

粟野仁雄(あわの・まさお)
ジャーナリスト。1956年、兵庫県生まれ。大阪大学文学部を卒業。2001年まで共同通信記者。著書に「サハリンに残されて」「警察の犯罪」「検察に、殺される」「ルポ 原発難民」など。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年11月4日 掲載

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