米国レポートが二階幹事長を「親中派」と名指し 習近平の「反日演説」に媚びへつらい

米国レポートが二階幹事長を「親中派」と名指し 習近平の「反日演説」に媚びへつらい

二階俊博氏

 その男が笑顔を見せる時、良からぬことが起きる――。中国、韓国のトップと笑って握手するのは、我が世の春を謳歌する自民党歴代最長幹事長の二階俊博(81)。「汝、隣人を愛せよ」を地で行く図。だが融通無碍な二階の笑みの裏では、「国辱」が積み重ねられていた。

 ***

「ほんまなんかな? なんか悪いことしてるんかな?」

 和歌山県御坊(ごぼう)市。うららかな師走の日曜日の昼時、部屋着のパーカー姿の30代主婦が思案顔で呟く。

「右翼が街宣で言ってること、ほんまなんかな?」

 主婦の傍らで、街宣の大音量に反応した犬が吠える。

「二階さん、不安やわ……」

 昨年12月6日、二階の地元は騒然としていた。

 右翼団体の街宣車二十余台が集結。二階事務所に向かって一斉にシュプレヒコールをあげる。

 そのおどろおどろしい声音と内容に、事務所の目の前に住む主婦は戸惑っていた。彼女を不安に陥れた、拡声器を通じて二階事務所一帯に響き渡った右翼団体の主張。

「中国・韓国の犬、二階俊博は恥を知れ!」

「日本の国益を脅かすパンダ二階はこの日本から出て行け!」

「二階俊博といえば、強力な親中派、親韓派」

「中国や韓国に行った時の二階先生の尻尾の振りようは、肉眼では捉えられないくらいそれは見事なものであります」

 抽象的な「レッテル貼り」に聞こえなくもない。だが、彼らにも「根拠」があった。

「全世界に武漢ウイルスを感染拡大させ、香港にあのような仕打ちをし、そして日本への侵略を着々と実行中の中国共産党。習近平を国賓として日本に呼ぶのを中止しようとすると、二階氏は激怒。この男は一体どこの国の政治家でしょうか」

「竹島はどこにあるのか見えないほど小さな島だなどの発言は、絵に描いたような国賊であります」

「ほんまなんかな」――二階のお膝元で不安を抱える主婦の疑問に答える。

 令和3年、正月三が日。先の見えないコロナ禍。日本人から年明けを寿(ことほ)ぐ余裕は失われていた。そこに付け込むように、あるいは傷口に塩を塗り込むように、我が国に「攻め入る」者たちがいた。

〈尖閣諸島(沖縄県石垣市)周辺の領海外側にある接続水域で3日、中国海警局の船4隻が航行しているのを海上保安庁の巡視船が確認した。尖閣周辺で中国当局の船が確認されるのは3日連続〉

 1月4日付の産経新聞はこう伝えた。しかも、

〈第11管区海上保安本部(那覇)によると、1隻は機関砲のようなものを搭載していた〉

 狼藉国家中国。新年、日本人の胸に改めて刻まれた隣国像。しかしひとり、二階の心は異なる。彼の胸に刻まれているのは親近感。その心中は親中――。

 2020年7月7日、自民党本部、党役員会後の記者会見。二階はぶっきらぼうに言い放った。

「外交は相手のあることで、慎重の上にも慎重に行動すべきものだ。外交部会長か何部会長か知らんが、軽々に判断すべきものではない」

 その直前、世界情勢は激しく揺れていた。同月1日午前0時、通称「暗黒法」と呼ばれる香港国家安全維持法が施行。香港での表現の自由を奪う中国共産党の暴挙に、国際社会は恐れ戦き、そして非難した。

 自民党もただちに動く。いや、動こうとした。


■緊迫の幹事長室


 暗黒法に対する非難決議を発表。同時に年内にも予定されていた国家主席・習近平の国賓訪日について、〈中止を要請する〉決議文を出すことにもなっていた。この状況で、習を天皇陛下と会見する国賓として扱うことは、国際社会に向けて「日本は中国を支持する」とメッセージを送ることになる。当然の対応だった。

 だが、二階はそれを断じて認めようとしない。そこで「何部会長か知らんが」発言が飛び出す。

 中止要請を主導したのは党外交部会長(当時)の衆院議員・中山泰秀。党内タカ派として知られる。

 中山が振り返る。

「我々が外交部会で習近平国家主席の国賓訪日中止を要請する決議文の案を作っていることを知り、まず党の国際局長である小泉龍司先生が私に電話してきました。『中山さん、そんな訪日反対みたいな文書なんて出したらダメだよ』と厳しく仰り、『ちょっと顔を貸してよ』と。『どこに行けばいいですか?』と訊(き)くと、二階幹事長の部屋に来てくれということになった。それで党本部4階の幹事長室に行ったら、小泉国際局長、林幹雄(もとお)先生、そして二階幹事長がおられました」

 小泉、林ともに二階派の衆院議員である。

「二階派三人衆」vs.「親台派である細田派の中山一人」。緊迫の幹事長室――。

小泉「中山くん、習近平国家主席の国賓訪日中止だなんて、そんなことやったらエラいことになる。ねー、幹事長」

二階「あー」

林「幹事長も頑張っていらっしゃるんだから、こういう時期にこういう文書を出されると大変なんだよ」

 こうしたやり取りを経て、苦心の末に中山はどうにか決議文をまとめあげる。

 中山が胸を張る。

「何が何でも〈中止〉の文言は抜かないというこだわりを持ってまとめました。できあがった決議文についていろんな読み方をする人がいますが、要は〈中止〉の文言は残ったんです」

 結果を見てみる。

 当初案は〈中止を要請する〉。

 最終文言は〈中止を要請せざるを得ない〉。

 加えて党の総意ではなく、あくまで外交部会・外交調査会の見解であるとの位置づけになった。確かなのは、二階とその子分たちが動いた結果、あの朝日新聞までが〈表現弱まる〉と断じる決議文になったことだった――。

〈日本における中国の影響力〉

 昨年7月末、二階が「何部会長か知らんが」発言をした直後。米国ワシントンの最も大きなシンクタンクのひとつである「戦略国際問題研究所(CSIS)」がこう題したレポートを発表した。ここで二階は次のように評される。

〈和歌山県選出である自民党幹事長の二階俊博の名から、二階派と呼ばれるこの派閥は自民党内の親中派である〉

 安倍晋三に仕えた元総理補佐官の今井尚哉(たかや)と並び、〈親中派〉であると名指しされたのだ。レポートはこう続く。

〈二階は中国のパンダを5頭も自分の選挙区の和歌山の動物園に持ってきた実績がある。2019年4月には、二階は安倍総理の特使役として習近平国家主席と会談し、アメリカの意見にかかわりなく、日本が中国の一帯一路に協力することを主張してきた〉

〈二階はまた、習近平国家主席を日本への国賓として招くことを主唱してきた。同時に二階は長年にわたり、日本の中国に対する巨額の政府開発援助(ODA)の供与を一貫して求めてきた〉

 このレポートは、米国務省「グローバル関与センター」の支援で作成されている。したがって、長年ワシントンに滞在し、米国情勢に通暁したジャーナリストの古森義久に言わせると、「半ば公的な意味合いを持つレポート」となる。

 二階が「世界の超大国公認」の親中派となった瞬間だった。

 実際、米国の判断は適確だった。二階はその「実績」を積み重ねてきている。


■「老朋友」


 02年、二階は地元和歌山に江沢民の揮毫(きごう)を刻んだ石碑建立を計画。さらにそれを全国に広げようとした。

 県議当選同期の二階の盟友、元和歌山県議会議長の門三佐博(かどみさひろ)が記憶を繙(ひもと)く。

「1975年に県議に初当選して1期目の時、二階さんと一緒に中国視察に行き、ホテルに置いてあった赤い背表紙の『毛沢東語録』をお土産として持って帰ってきました。二階さんには隣の人、隣国とは仲良くせなあかんという信念がある。彼にとっては江沢民も『老朋友(ラオポンヨウ)』なんちゃうかな」

 その老朋友は1998年の訪日時、宮中晩餐会に中山服で出席する非礼を働き、さらにその場で天皇陛下(現上皇)を前に、「日本軍国主義は中国人民に大きな災難をもたらした」と放言。一瞬にして全日本国民を敵に回す。その江の石碑を建てることに世間は反発。だがただひとり、二階の心中は違った。

 二階は言った。

「石碑についてあれこれ言うのは中国に対する礼儀を欠くことになる」(「週刊新潮」03年2月13日号)

 天皇陛下への礼儀を弁(わきま)えない国に対する礼儀――。右翼団体の街宣がリフレインする。

「この男は一体どこの国の政治家でしょうか」

 結局、世論の反対に遭い、二階は渋々石碑の建立を断念する。

 二階の地元和歌山に、特殊法人「年金福祉事業団」が120億円もの年金資金をつぎ込んで建設した保養施設「グリーンピア南紀」。経営が行き詰まり、地元自治体に払い下げられると、05年、その土地と施設が中国系企業「香港BOAO」に、1億6千万円という破格の安値で事実上売却される。

 BOAOのオーナーは二階と昵懇、しかも売買契約は二階が経産相だった時に大臣応接室で行われていた。自身が懇意にする中国系企業に公的施設をタダ同然で安売り……。

 再びのリフレイン。

「この男は一体どこの国の政治家なのでしょうか」

 結局、BOAOはグリーンピア南紀をほっぽり出し、地元は振り回されるだけの結果となる。

 そして15年5月、二階は財界人など3千人の大訪中団を結成。二階らが集(つど)った北京でのパーティーで、習が反日演説をぶつ。

「日本軍国主義の侵略の歴史を歪曲し、美化しようとする言動を中国人民やアジアの被害国の国民は受け入れない」

 二階は応じた。

「習近平閣下のご挨拶の意味を充分理解して、それを実現、実行するために我々も努力していきましょう」

 遣唐使か、遣隋使か。見事な朝貢外交、華麗なる額(ぬか)づき。

 三度(みたび)のリフレインはいるまい。

 幹事長代理として二階を支える側近中の側近で、習近平国賓問題では中山を攻めた林幹雄が鼻を高くする。

「二階さんはこれまで計5回、習近平国家主席と対談しています。総理を除けば、政界でここまで国家主席に会っている人は他にいません」

 その結果が習国賓訪日への固執、妄執。CSISレポートが一段と重みを増す。

 林がなおも我が大将を自慢する。

「国は引っ越すことができないのだからなるべく仲良くしようや、というのが二階さんの基本的な考え方です。細かいことには目くじらを立てない、とでも言えばいいのかな。中国とも韓国とも」

 こうして二階の麗(うるわ)しき隣人愛は韓国にも向けられていく。


■インドネシアでの乾杯相手


3千人大訪中団を率い「遣習使」と化した二階。その3カ月前の15年2月、彼は1400人の大訪韓団を引き連れソウルにいた。普段、志帥会(二階派)の先輩である元運輸相の亀井静香曰く「くらーい顔」した二階は、この時、笑顔で大統領の朴槿恵(パククネ)と握手。二階の韓国への思い入れも、中国に劣らぬものがある。

〈二階氏は2010年、日本の民間団体による和歌山県での金忠善(キムチュンソン)将軍の記念碑建立に助力し、記念碑に韓日友好を願う文章も残した〉(15年1月27日付朝鮮日報)

 金忠善、日本名「沙也可」。豊臣秀吉の朝鮮出兵時、敵方に寝返った日本にとっての裏切り者である。

 二階は自由党時代、小沢一郎を裏切り、大臣ポストに居座った過去を持つ。似た匂いを感じるのか、沙也可への親近感を隠さない二階は、その顕彰碑の除幕式に出席する。

〈日本人武将・沙也可、朝鮮名・金忠善の顕彰碑が和歌山県和歌山市・紀州東照宮境内に建立された。和歌山が地元の自民党の二階俊博衆議院議員が9日、聯合ニュースに伝えた〉(10年12月10日聯合ニュース)

 わざわざ裏切り者の碑建立のニュースを韓国に売り込んだ二階。溢れ出る韓国愛。改めて右翼団体の街宣が思い返される。

「竹島はどこにあるのか見えないほど小さな島だと発言」

 12年、韓国で行われた麗水(ヨス)国際博。竹島問題を理由に、日本の国会議員からは参加すべきではないとの意見が出た。ここで二階の半島愛が迸(ほとばし)る。韓国メディアのインタビューに二階はこう答えた。

〈韓国が作成した麗水国際博の広報紙に、竹島が韓国の領土として記載されているとの理由で、(日本の)議員たちの不満が大きかった。地図を見せて「竹島がどこにある。見えないほど小さな島じゃないか。大げさに振る舞うのではなく、隣国のイベントの成功に向け力を合わせよう」と説得した〉(11年11月28日付朝鮮日報)

 二階には愛はあったが智がなかった。小国バチカン市国も独立国家であり、御坊市も世界地図ではどこにあるか見えないほど小さい。領土問題は面積では語れない。主権は「平方メートル」で譲るべきものではない。

 齢81、二階俊博。

 誰かがどこかの教育課程で、主権の意味を教えてあげるべきだった。

 昨年12月、二階が愛する韓国は竹島周辺で軍事訓練を行い実効支配を強め、年が明けた1月8日、日本政府に元慰安婦への損害賠償を命じる国際法無視の判決を下す。

 また1月6日、中国の圧政により、香港では53人の民主派元議員らが暗黒法を適用され逮捕された――。

 1月10日、御坊市。寒風吹き荒(すさ)ぶなか、再び右翼団体の街宣車が集結した。

「安倍元総理が韓国や中国に毅然とした態度を示していることで向こうの出方も確実に変わりつつある今、二階俊博大先生は日本の外交は大きな転換点を迎えていることに全く気付いていないのであります」

 地元の男子小学生4人組が街宣車に向かって無邪気に手を振る。まだ低学年。無垢で小さなこの野次馬たちの未来を二階は担う。

「二階俊博先生は第一に日本国のことを考え、敵を欺(あざむ)くにはまず味方からの手法で行動されていると、私たちは信じております」

 こうして「期待」を受ける二階の隣人愛は、中韓を飛び越え東南アジアへと広がる。

 15年11月、全国旅行業協会の会長でもある二階は、今度は1100人を引き連れインドネシアを訪問。その宴席で、二階が盃を掲げた相手の顔には笑みが浮かぶ。

 写真は語る。

 二階を解釈するキーワード「融通無碍」。中韓への対応にも滲み出るそれが、その写真からも窺える。

 二階と親しいジャーナリストは、「融通無碍」を「懐が深い」と翻訳しつつ、こう懸念する。

「だから大幹事長になった今も、付き合う必要のないような人たちを二階さんは近くに出入りさせている」

 二階の隣で笑う男、その名は矢島義也。政治系シンクタンク「大樹グループ」会長。人呼んで、令和の政商――。

(敬称略)

「週刊新潮」2021年1月21日号 掲載

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