石破茂「わかってもらう努力をしよう」コロナ禍の政府の情報発信に提言

石破茂「わかってもらう努力をしよう」コロナ禍の政府の情報発信に提言

石破茂氏

■コロナ情報の一元化は急務である 石破茂の「異論正論」(1)


 新型コロナ対応で、政府への不満の声が高まる今、菅義偉総理と昨年9月に自民党総裁の座を争った石破茂元自民党幹事長は、現在の状況をどう見ているか。

 常に忖度抜き、遠慮なしに思うところを述べてきた石破氏の特別寄稿である。

 ***


■CDCが日本に無い不幸


(最初にお断り)

 本稿はもともと昨年末に依頼を受けて、概ね執筆を終えていたものでした。1月後半に発表の予定だったのですが、その直前、私自身の会食が報道され、多くのお叱りを受けました。「いくら緊急事態宣言の対象外地域といっても不謹慎だ」「期待していただけに裏切られた気持ちだ」「自分に甘い」等々、数多くのご批判、コメントを頂き、苦しい中でがんばっていただいている国民の皆様のお気持ちを踏みにじる行為であったと、改めて反省しております。

 ここで再度、お詫び申し上げます。大変申し訳ありませんでした。

 そのうえでなお、一議員としてさまざまな提言は続けていこうと考えております。

 今回は、コロナ対応、とりわけ情報発信についての私見を述べてみます。

 もう聞きたくない、という方もいるかもしれませんが、なにか少しでも事態の改善に役立つ提言をすることも、国会議員の責務であると考えているのです。

 以下、本題です。

 新型コロナ対策について、世界中全ての事情を熟知しているわけではありませんが、それでも我が国にCDC(疾病予防管理センター)が無い点は大いに問題である、と考えています。これは昨年の総裁選のときにも訴えていたことです。

 アメリカのCDCは8500人の人員と170の職種を有します。

 スウェーデンの同種組織は300人の専門家を有しているそうです。

 名称に違いこそあれ、同様の組織は中国、韓国、台湾、そしてヨーロッパの多くの国にもあります。

 CDCは政府の機関ではありますが、政治的思惑から一線を引けるよう、独立した組織として存立させており、科学的、専門的な見地から見解を述べます。

 アメリカのCDCの職員は自己完結性があるという点において、軍隊に似たところもあります。トップは感染症の専門家ではなく公衆衛生学の専門家が務めることになっているとのことです。

 今回のような事態では、情報がCDCで一元化され、そこでオーソライズした意見、見解が政府から発信されることになっています。

 ここが一つの大きなポイントです。

 現在、日本で新型コロナについての情報を発信している政府関係者は誰か、と聞いた場合、人によって答えが異なるのではないでしょうか。

 菅総理と言う方もいるでしょうが、田村厚労相、西村担当大臣、加藤官房長官の名を挙げる方もいるでしょう。尾身座長という方もいらっしゃるに違いありません。つまり、一元化されていないということです。もちろん、なにかの節目となる重要な政策発表などについては総理が自ら発信されることが望ましいわけですが、日々、政府としてのできるだけ正確な情報を発信する係の人は、できるだけ一元化されている方が分かりやすいはずです。

 日本版CDCを作りましょう、といった話が仮に進んだとしても、「じゃあ厚労省の中に作りましょう」「いや内閣府でいいのでは」といった議論にすぐつながりがちですが、それでは意味がありません。縦割り行政の延長線上で考えるのではなく、各省庁から独立した存在であるべきでしょう。日本でいえば、人事院や会計検査院のような組織のイメージに近いと思います。

 関連の情報はすべてCDCに集約される。その上で、CDC長官と首相が協議し、発表する内容をきちんと決めて国民に伝える。定例会見であればもう少し簡略化してもいいのでしょうが、要は毎回の会見で国民に伝えるべきメッセージは何か、共有した上で方向性を合わせて発信する。そうしたことが必要ではないでしょうか。


■メッセージ発信がうまくいっていないのでは


 台湾や韓国は、コロナ対応の成功例として伝えられています。韓国はかなりまた感染者が増えているようですが、それでも世界的に見れば良いほうなのは事実です。

 この両国の関係者に、うまくいった理由を聞くと、「CDCがあったこと」を真っ先に挙げていました。

 ここで「CDCがある欧米は感染爆発しているじゃないか。韓国だってまた広がっている。日本のほうがマシだ」といった議論をしてもあまり意味がありません。

 考えるべきは、何が我が国に足りないのか、国民は何を求めているか、という視点です。

「CDCのような組織を作るのにどれだけ時間がかかると思っているのか。そんな悠長な議論をしているのはおかしい」

 こういうご指摘もあるでしょう。

 もちろん先行している各国のようなCDCを完全な形ですぐに作ることが困難であるのはたしかです。

 ではなぜ今この話をしているかといえば、少なくともすぐに参考にして実行できることがあると考えるからです。

 それは政府からのメッセージの発信のあり方です。

 新型コロナに関する世論、報道を見ていると、この点がとても気になります。

 たとえばつい最近まで、菅総理は「GoToキャンペーンが感染を広げたというエビデンスは無い」と仰っていた。だから続行するのだ、という論理でした。

 この姿勢への批判はかなりありました。

 しかし感染者数増加が止まらない状況を受けて、やはり見直すことになった。すると今度は「場当たり的だ」「この前までの主張は何だったんだ」といった批判を浴びます。

 では当初通りに「続行」でぶれなかったらどうなったか。おそらくまたそれはそれで批判されたことでしょう。結果として、いずれにせよ支持率は下がったでしょう。

 現実に国が実現することのできる政策には、限りがあります。

「とにかく感染者を減らすのが重要だ。経済はそのあと考えることだ」という考え方がある一方、「インフルエンザと大差ない。経済を回すべきだ」という考え方がある。おそらくこの両極端のどちらかではなくて、解はその中間にある。

 だからこそ、その時々の状況を見ながら政府や自治体は判断をしているはずです。

 しかし、メディアはどのような場合でも批判をすることができます。誰もが納得する最適の正解が存在しない状況において常に批判は可能だからです。「GoToをやめよ」と言っていたのに、やめたら「観光業、飲食業が悲鳴を上げている」と言うのはその典型です。

 その結果、国民の不安や恐怖が増幅される、いわゆるインフォデミックとされる現象が起こっているのではないでしょうか。これは決して良い状況ではありません。

 現実には、日本の感染状況は世界的に見た場合、かなり良いほうです。ところが、国民の受け止め方は実態よりも深刻でした。

 その一因が、CDCのような組織の不在、情報が一元化されたうえできちんと発信されるシステムがないことにあるのではないでしょうか。


■わかってきたコロナ対策もある


 新型コロナに関しては、日本国内でかなりの地域差があります。

 私の地元、鳥取県は12月中旬の時点ではまだ感染者が70人以下。死者はゼロでした。これは47都道府県の中ではもっとも少ない。感染率も下位です。

 それ以外では東北がかなり少ないこともわかっています。

 東京、名古屋、大阪、札幌、福岡の都市部で多くの感染者を出していることも明らかです。その中でも、場所によってかなり濃淡がある。

 感染経路として分かっている主なパターンは病院、介護施設、接客型飲食店、会議室などの密閉空間、ロッカールームや寮、そして家庭です。

 逆に言えば、新幹線や飛行機、電車などの公共交通機関、あるいはファミレスやソバ店、ラーメン店といったところはそこまでのリスクはないこともわかっています。

 こうしたことは事実なのですが、何となく多くの人がファミレスやソバ店に行くのも不安に感じていらっしゃるのではないでしょうか。

 その根本にも、情報発信の問題があるように感じます。

 情報が正確に伝わっていないと痛感したことがありました。

 多くの国民が同時に衝撃を受け、恐怖を感じ、また悲しみをおぼえたのは、有名人が亡くなった時でしょう。志村けんさん、岡江久美子さん、岡本行夫さんが3、4月に続けて亡くなりました。こうした訃報のインパクトは非常に大きかった。

 志村さんが亡くなった際には、お兄様のところに遺骨が届けられる様子もテレビで流れました。

 お兄様によれば、死に目にも会えず、火葬にも立ち会えず、お骨を拾うことすらかなわなかった、とのこと。コロナは恐ろしいという旨、語っていらっしゃいました。

 志村さんの死を痛ましく感じ、お兄様に深く同情しつつも、私は素朴な疑問を抱きました。

「なぜご遺体を見ることもできないのだろう。火葬の際には、何千度の超高温でウイルスはどう考えても死滅しているはずなのに、お骨も拾えないのはなぜだろう」

 その点を厚労省に尋ねてみると、「2月の通達を見て下さい」という回答でした。

 その通達には、新型コロナで亡くなった方への対応の手引きが書かれていました。誰でもアクセスできるようになっています。

 それによれば「非透過性納体袋」なるものに遺体を入れれば、袋越しに会うことも、触れることもできる、火葬にも立ち会える、もちろんお骨も拾えるということが書かれていました。「納体袋」というのはご遺体を入れる袋のことで、「非透過性〜」はその一種です。

 実際の作業ではいろいろ気を付けるべきことはあるのでしょうが、少なくとも最後のご対面ができないわけではない。

 この通達は、すでに都道府県に送付してある、というのがその時の厚労省の話でした。

「そんなことを言っても、ほとんどの人は知らないのではないか」

「いえ、そうは申しましても私どもは通達しているのですから」

 こんな話をしたことを覚えています。

 しかし、現に志村さんのお兄様はそれができなかったわけですし、今でも「新型コロナで亡くなった身内とは顔も合わせられない」と思いこんでいる方は結構いらっしゃるのではないでしょうか。

 ともあれ、私は厚労省には「誰もそんなこと知らないと思いますよ」と伝えました。実際に鳥取県庁にも聞いてみましたが、少なくともその時点で副知事は「知りません」とのことでした(現場の担当者は知っていたようですが)。

 そして、調べてみると鳥取県はこの非透過性納体袋をすでに持っていることもわかりました。新型インフルエンザの流行のときに備蓄していたのです。

 ところが、「調べてみると」と書いた通り、実はそのことを県庁も把握できていなかった。一応、火葬場などの関係者にも通達は回っていたらしいが、周知されていたとは言えない。

 おそらく鳥取県に限らず、かなり長い期間、そうした状態が全国各地で見られたと思われます。このことは、総裁選の時などにテレビで何度かお話ししましたが、どこまで浸透したかはわかりません。

 これもCDCのような組織が存在して、情報を一元化し、発信していたらもっと周知はうまくいったのではないでしょうか。

「志村さんが亡くなって、お身内の方は骨も拾えなかったとのことですが、実際には各自治体が備蓄してある袋を使えば、きちんとお別れはできます」

 決して、それぞれの担当省庁が怠けているとか、能力が低いとかそういうことを指摘しているのではありません。現在も厚労省はじめ関係する省庁、官僚の皆さんは全力で頑張っています。

 しかし一方で、国民にわかるように説明する能力には欠けていると感じます。これは今回の件に限った話ではありません。基本的に官公庁には「どのように言えばわかってもらえるか」というマインドが欠けがちなのです。

 それは、役所は権限を有し、情報が集まる仕組みになっているので、外との関係においては受動的であることが多いからです。それゆえに、余計に「わかってもらおう」という努力を怠りがちになっていまいます。


■治療法は進歩している


 同様のことは、治療そのものについても見られました。志村さんや岡江さん、岡本さんといった著名人が続けざまに亡くなったのは3月から4月にかけてのことです。その衝撃が、多くの人に強い恐怖心を抱かせたのはすでに述べました。

 それから9カ月ほど経ち、治療法はかなりわかってきたようです。ワクチンも特効薬もないと言われながら、感染者数が増えても死者や重症者数がそこまで増えないのは、そのためです。

 実は厚労省は医療従事者向けに新型コロナの治療法の手引きを公開しており、それがすでに第5版となっています。つまり、それだけこの間、ノウハウが蓄積され、情報が更新されているということです。重篤になっても死に至らないケースが増えていった。

 こうした知見が更新され続けていることは、多くの人にとって安心材料となりうるはずなのですが、こういうこともあまり国民に知れ渡っていません。それがまた根拠のない恐怖につながります。

 他にも、例年の季節性インフルエンザと比較した場合、今回のコロナの(日本国内での)影響はどうなのか、といったことを冷静にデータや科学的根拠を踏まえて説明する必要もあるでしょう。

 さまざまな関連政策の根拠なども丁寧に説明する必要があります。

 CDCのある国ならば、その長官あるいは報道官が定期的にメッセージや現在の状況を発表する。それがもっとも信頼すべき情報であるというコンセンサスが国民に共有されています。

 ここで「アメリカはCDCがあるけど感染爆発したのでは」という疑問を持つ方がいらっしゃるかもしれないので補足しておくと、トランプ政権は必ずしもCDCをうまく活用したとは言えなかったと思います。そのマイナス面はあったのではないでしょうか。

 繰り返しますが、いますぐに欧米並みのCDCを作れと言っているわけではありません。しかし、情報の集約方法と発信方法には大いに学ぶべき点がありますし、それはすぐにでも取り入れられるのではないでしょうか。

 いろいろな大臣、総理、専門家などがランダムに会見などで情報を発信するのではなく、たとえば週に1回、何曜日の何時には必ず政府からのコロナに関するメッセージを発信すると決める。その内容は、事前に専門家と関係大臣、総理が綿密に協議する。

 そこで「国民に今日はこれをお伝えしよう、ご理解いただこう」という意識を共有したうえで、国民に知ってもらいたいこと、場合によってはやってもらいたいこと、をきちんと伝える。官房長官の会見のような一問一答方式ではなく、事前に練ったメッセージを国民に向かって語りかける。科学的根拠を分かりやすく示すため、図表などを駆使することも必要でしょう

 そういう姿勢が国民の納得と共感を得ることにつながるのではないでしょうか。

 ドイツのメルケル首相は、滅多に会見などは開かないそうです。しかし、コロナ禍において重要な局面では、強いメッセージを自らの言葉で国民に向けて熱く語りかける。その姿勢は共感を呼んでいるように思えます。

 実際には、感染者数、死者数を比較した場合には、日本はドイツよりも状況は悪くないと言える。であれば、なおのことメッセージの発信について、より戦略的に考えていく必要があるでしょう。

 菅総理もたとえば週に1度、関係者と協議したうえで明確なメッセージを国民に向けて発することが必要であるように感じます。

「〇曜日の〇時には必ず総理から強くて明確なメッセージが発信される」といったことを決めて、実行するのもいいのではないでしょうか。

 現在の菅総理の発信、話し方や説明ぶりに不満がある方もいるかもしれません。しかし、少なくとも菅先生を自民党総裁に選んだ方々が圧倒的であったのですから、今そういうことを言うのはおかしいのではないでしょうか。

 文句を言うよりも、効果的な情報伝達のためにできることをやるべきです。その立場にある方々は、そのために協力をすべきでしょう。


■防災省の必要性


 前回の総裁選以前、地方創生担当大臣の頃から、私は防災省の必要性を訴えてきました。防災省というのはあくまでも仮称ですが、要するにこれほど天災の多いわが国においては、関連の知見を1カ所に集中させ、インフラ整備、防災機材から避難などの訓練のノウハウ、過去の教訓に至るまで、一元化してスキルアップすべきだ、という考え方が核になっています。

 これは私が所属する政策グループ、水月会として一貫して打ち出してきた政策でもあります。

 閣内にいる時にも提唱をしてきました。ただ、平成27年に「政府の危機管理組織の在り方に係る関係副大臣会合」が「政府の危機管理組織の在り方について(最終報告)」というものをまとめていて、そこでは内閣危機管理監の統理の下、内閣官房(事態対処・危機管理担当)及び内閣府(防災担当)が総合調整をする、という現在の組織のあり方で問題はない、という結論になっているので、それを覆すような議論はなかなか進みません。しかし、世界でも有数の災害国である我が国であるからこそ、その知見、その技術は世界的にも貴重であり、それは是非とも一元化すべきではないかとの思いは強くあったので、昨年の総裁選時にも改めて訴えたのです。

 この時点で主に念頭にあった「危機」は、各種の天災と他国からのミサイルなどによる攻撃でした。しかし、今になって考えれば、これに感染症が加えられるべきではないかとも思います。

 その意味で、私が提唱してきた防災省と日本版CDC、その問題意識は共通しています。

 天災も、敵国からの攻撃も、そして疫病も、対応する省庁を意識して襲ってくるものではありません。省庁ごとの縦割りの良さ、いわゆる「司々(つかさつかさ)」で責任をもって行政を遂行するメリットは、特に平時においてはとても大きなものですが、これは緊急事態に対応する場合にはデメリットになることの方が多くなります。それを極力避けるためには、柔軟に変化する余地を組織に与えておかなければなりません。

 よくある批判として、「危機対応のための組織を作って、平時には何をさせるのだ」というものがあります。しかし、平時こそ過去の災害などから得た知見を広め、それに基づいた装備を取得し、そして訓練を行わなければいけない。訓練したことのないことは、危機の時には絶対できないのです。それは皆さんももしかすると災害に遭われた時などに経験されているのではないでしょうか。

 私も及ばずながら、可能な限りさまざまな形で政策や意見を発信し続けていきます。

 総裁選の前も、終わった後も「しばらく大人しくしていては」などとアドバイスしてくださる方もいるのですが、少なくとも国会議員として議席を頂いている責任を果たしたいと思うのです。

2021年2月24日 掲載

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