「橋本聖子新会長」の記者会見を「危機管理」の専門家はどう見たか

「橋本聖子新会長」の記者会見を「危機管理」の専門家はどう見たか

橋本聖子

 昨年来、政界における「危機管理」の失策が相次いでいる。“アベノマスク”の配布やGoToキャンペーンの迷走、緊急事態宣言下の夜遊び、そして、東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗前会長の「女性蔑視」発言だ。そんな森氏の後継として、会長職を引き継いだ橋本聖子氏は、火中の栗を拾うような難しい舵取りを任されながらも、無難な船出をした様子。その理由を危機管理の専門家に分析してもらおう。

 株式会社リスク・ヘッジ代表取締役でヘッドアナリストの田中優介氏によれば、

「橋本聖子会長は、森前会長や後任を取り沙汰された川淵三郎氏とは、まるで逆の対応をやってのけました。7年前に男性フィギュアスケート選手にキスしたという“セクハラ問題”を記者から問われても、一切の言い訳や反論をせず“軽率な行動について深く反省をしております”と率直に謝罪。自らの会長就任についても、決定するまで固く口を閉ざし続けたのです。危機管理の専門家としては拍手を送りたい心境です。その一方で、“経験豊富な森先生からアドバイスを頂く”という発言は、川淵三郎氏の“森さんを相談役に”という言葉と重なって聞こえました。“直接にではありませんが、五輪成功のために知恵をお借りする局面はあるかもしれません”くらいに抑えていれば、さらに良かったでしょう」

 余計なことは口走らず、謝るべきところは謝る。それにしても、なぜ多くの政治家はこうした対応ができないのだろうか。

「結局、その場しのぎの対応に走ってしまうからです。危機管理とは、自分に都合の良さそうな愚かな“習性”を抑える作業に他なりません。そのため、弊社はクライアントに、一般常識とは反対のアドバイスをすることがよくあります。たとえば、謝罪会見のメディアトレーニングでは“流ちょうにしゃべろうとしないでください”とアドバイスします。心のこもった謝罪に“流ちょう”は馴染みません。流ちょうに話すことは、準備した模範解答を読み上げているように見え、誠意に欠けた印象を与えてしまいます。また、謝罪会見での記者からの質問対策でも、弊社では大量の“Q&A”は作らず、A4で2枚程度の“Q&P”を作成するお手伝いをしています。謝罪会見では“A=アンサー”ではなく、“P=ポリシー”が重要です。記者の変化球のような質問にも、ポリシーが定まっていれば慌てずに答えられますからね」

 さらに、政治家の危機管理上の問題点について、リスク・ヘッジの取締役で、シニアコンサルタントの田中辰巳氏が指摘する。

「日本の政界は危機管理の“ガラパゴス状態”と呼んでも過言ではありません。民間企業と比べて20年は遅れています。それを事例でご説明しましょう。

 第一に、“アベノマスク”という国民への援助について。批判を浴びることの多かった政策ですが、仕組みをもう少し検討しておけば、世論の集中砲火を浴びることはなかったかもしれません。たとえば、政府の側から一律に送付するのではなく、マスクを必要とする国民が市区町村に取りに行く方法です。最近の民間企業では、現地に資材を送り付ける“プッシュ型”の支援を行いません。そうではなく、支援を求める支社や工場の周辺地域に資材を送って、受け取りに行く“プル型”の支援にしています。そうすれば、送り手側の負担も軽減されますし、必要な人に必要な物資を届けることができます。

 第二に、菅総理は“GoToが感染の原因というエビデンスはない”と言い続けました。しかし、GoToを推進したいのなら、それが“感染の原因ではない”というエビデンスを積極的に出す必要がありました。これはどこの企業でも販売促進として行っていることです。

 第三に、菅総理はよく“感染対策と経済の両立”と言いますが、これもおかしな表現です。片方が良くなれば片方が悪くなることが容易に想像できるからです。相反するふたつの課題について、同時に成果を上げるのは困難。だからこそ、時期を見極めながら交互に注力する。一方を上げたら一方を下げるというように。本来は、そんなオペレーションが必要でした。実際、企業の場合は事業拡大とリストラクチャリングを交互に行い続けています。

 第四に、企業の広報には“オフェンス(攻撃型)”と“ディフェンス(守備型)”があります。会社の施策や、製品の情報を広めるのが前者で、不祥事や風評の伝播を抑えるのが後者です。政界では官房長官が主にディフェンスを担いますが、総理になったらオフェンスのほうが大切です。自粛要請などはその最たるもの。国民に必要性を説き、協力を仰ぐわけですから。菅総理の広報は官房長官時代のままで、広報の姿勢が逆なのです。それほど基本的な広報の手法をはき違える経営者は見かけません」

「菅総理については、マスコミ対応も逆効果と言わざるを得ません。菅総理は官房長官時代に、東京新聞の女性記者を目の敵のように扱ってきました。しかし、菅総理の親分の親分に当たる田中角栄氏(故人)は、それとは正反対の手法で知られています。東京タイムズ紙で角栄氏を叩き続けた早坂茂三氏(故人)が、目白の自宅に突撃取材した際、角栄氏は大歓迎して招き入れた。そして、記事の鋭さを褒めちぎり、抱き込んで秘書にまでしてしまったのです。

 私にも似たような経験があります。読売巨人軍で“清武の乱(2011年)”が起きた時でした。巨人のコーチ人事に不当に介入したとして、清武英利球団代表が当時球団の会長だった渡辺恒雄氏を批判したのです。“コンプライアンス違反だ”と。多くのマスメディアの論調が渡辺氏に厳しいなかで、私は新聞各紙に“両方に問題あり”という趣旨のコメントを出しました。すると全く面識のない私の元に、渡辺氏から手紙が届いたのです。“貴君の公平中正なる意見に感謝する”という内容でした。私は手紙のご返事(礼状)を出すことになり、それ以来、渡辺氏に批判的なコメントを出せなくなってしまいました。自民党幹部の方々は渡辺氏と近いと言われています。是非ともその姿勢を見習って頂きたいものです」

 それでは、政治家は批判的な記事とどう向き合うべきなのだろうか。リスク・ヘッジの取締役でチーフオブザーバーの橘茉莉氏によれば、

「弊社ではコンサルのなかで、“作用と反作用”という言葉をよく用います。良い記事にも悪い副作用があり、悪い記事にも良い副作用があるのです。特に、悪い記事の良い副作用を“ガス抜き効果”と呼んでいます。それによって読者や視聴者の溜飲が下がると、槍玉に挙げられた政治家への批判が落ち着くこともある。そういった見地に立ってマスコミ対応に当たってもらいたいものです」

株式会社リスク・ヘッジ
代表取締役 田中優介(ヘッドアナリスト)
1987年、東京都生まれ。明治大学法学部卒業後、セイコーウオッチ株式会社入社。2014年、株式会社リスク・ヘッジに入社し、現在は代表取締役社長。著書に『地雷を踏むな―大人のための危機突破術―(新潮新書)』『スキャンダル除染請負人(プレジデント社)』。

取締役 田中辰巳(シニアコンサルタント)
1953年、愛知県生まれ。慶応大学法学部卒業後、アイシン精機を経て、リクルートに入社。「リクルート事件」の渦中で業務部長等を歴任。97年に企業の危機管理コンサルティングを手掛ける、株式会社リスク・ヘッジを設立。著書に『企業危機管理実践論』など。

取締役 橘茉莉(チーフオブザーバー)
横浜国立大学卒業。住友生命保険相互会社を経て、株式会社リスク・ヘッジに入社。

デイリー新潮取材班

2021年2月25日 掲載

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