「菅総理・長男」の誘いを「官僚」が断れるはずがない理由

■政治家・菅義偉の対官僚スタンス


 菅義偉総理の長男が勤務する会社と総務省官僚たちとのベッタリぶりが大問題となり、鎮火の気配はない。端緒は週刊文春がスクープした長男出席の会食だが、調査によって過去39回にものぼる高額接待が判明したのだ。そのうち長男が出席したのは21回だというが、官僚らとのパイプ役を担ったのが彼だと見るのが一般的な認識だろう。

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 すでに多くの識者、元官僚らが指摘しているように、こうした露骨な接待はさすがに近年、鳴りを潜めていたようだ。

 にもかかわらず、こんなに応じていたのは「総理(または官房長官)の威光」があったのだろう、というのも常識的な見方だろう。

 総理は長男とは別人格だと述べているし、実際誰も同一人物だとは思っていないが、長男を下手に扱った場合に、父親に告げ口されないとは限らない。

 そんな場合、どういう目に遭うか。かつて総務大臣を務めていた菅総理のキャラクターを元部下たちが知らないはずもない。

 政治家・菅義偉が官僚についてどのような姿勢を取ってきたか。

 週刊文春ではなく文春新書で刊行された菅総理の著書『政治家の覚悟』から参考になりそうな記述、エピソードを拾ってみよう。

 総理就任直後に刊行された同書には何度となく官僚との衝突が描かれている。

 第1部のタイトルは「官僚を動かせ」。今となっては実に意味深い。

 冒頭部分にはこうある。

「おそろしく保守的で融通のきかない官僚ですが、優秀で勉強家であり、海外の状況も含めて組織に蓄積された膨大な情報に精通しています。官僚と十分な意思疎通をはかり、やる気を引き出し、組織の力を最大化して、国民の声を実現していくことが政治家に求められるのです」

 優秀な人材に方向を示してやる気を出してもらう。それならば誰も文句は言わないだろう。実際に同じような表現は同書にも再登場する。しかし、このあと同書で何度も見られるのは官僚への不信めいた記述や批判である。以下、引用してみよう【( )内は頁数】。


■小泉総理に直談判して


「官僚はしばしば説明の中に自分たちの希望を忍び込ませるため、政治家は政策の方向性が正しいかどうかを見抜く力が必要です」(p26〜27)

 総務大臣に就任してすぐに菅大臣がやろうとしたのは地方分権改革推進法案だった。ところがこれに対して当時の官僚は「できるわけない」と否定的だったという。そこで菅大臣は小泉総理(当時)に直談判して、前に進めることにこぎつけたという。

「ここにいたって、官僚たちも重い腰をあげ、準備をはじめてくれたのです」(p30)

 続いて菅大臣は「ふるさと納税」に着手した。これにも官僚は難色を示したという。

「官僚は『できない』理由ばかりを並べます」(p33)

 しかしその後、菅大臣の「ぜったいにやるぞ」という熱意に動かされて、官僚たちも動くようになったという。

「官僚というのは前例のない事柄を、初めはなんとかして思い留まらせようとしますが、面白いもので、それでもやらざるを得ないとなると、今度は一転して推進のための強力な味方になります」(p34)

 税にまつわる同様のエピソード――要するに大臣が「やりたい」と言って、最初は官僚が抵抗するが最後は協力してくれた、という流れのものはこの直後にも登場する(p43〜44)。

 さらにやはり大臣時代、南米にデジタル放送日本方式を売り込んだ、というエピソードにもこの一文が。

「財務省などの官僚は否定的でしたが、私はこれを説得し、民間金融機関による支援の活用など、官民連携してこの希望に極力応えることとなりました」(p60)

 とにかく何か思うと官僚が抵抗して、それに対して「私」が命令を下して考えを改めさせたという話がこのあとも延々と披露される。箇条書きにしてみるが面倒な方は読み飛ばしても問題はないだろう。

・朝鮮総連への課税を巡って官僚との押し問答が繰り返された(p62〜64)。

・拉致問題の報道に関連して官僚から否定的な答えが返ってきた(p69)。


■意見が衝突した官僚を更迭


・ある企業への立ち入り検査を指示した際にも官僚が「法的根拠がなく難しいです」と言ったのに対して、自分が責任を取るからやれと指示を出した(p74〜76)

・財政破綻している自治体関連でおかしいと思ったことがあったが、官僚は「地方自治体の問題なので」と逃げ口上を口にしたので語気を荒らげて叱責。(p77〜78)

・自治体が財政破綻しないような法律を作ろうと提案するが、官僚に時間がないと抵抗されたので、若手中心の選抜チームを結成。午前3時、4時、ときには泊まり込みで、年末年始の休みも返上して法案を作成した(p80〜82)

・ある決まりを変更しようとして財務省側に「大反対」をされた。

「大臣が絶対にやる決意だと言って絶対引くんじゃない。あとは交渉だ」

 この姿勢を貫いて、政策を実現した(p82〜88)

・総務省所管の団体の無駄遣いについて、当初官僚は「やむをえない」と言っていたが、自分が指摘して見直しに成功した(p100〜105)

・首長の退職金が高すぎることをどうにかできないかと官僚に聞いたが「国が口を出すのは難しい」と言われた。(p106〜107)

・地方交付税の簡素化を提案したが、官僚に「難しさを強調」された(p111)。「官僚はとても苦労したようですが、なんとかして案を作ってきました」(p112)。

・被災者の支援制度の運用に問題があると気づいて、現地から担当している官僚へ電話を入れて、柔軟に運用することを「強く申し入れました」(p120〜121)


■“どうせ嫌われてるからさ”


・国土交通大臣政務官だった頃、東京湾アクアラインの通行料金の値下げをしたいと考えるが官僚の抵抗にあった。しかし「国民のためになる」と強く財務官僚と激論を交わして説得した(p156〜159)。

・同じく政務官時代、港湾行政に関連して「官僚を納得させて、一歩ずつ前へ進めました」(p169)。

・北朝鮮の万景峰号の入港を禁止する法律を作ろうとしたものの、どこの役所も「うちの所管ではないから」と尻込み。しかし問題意識を共有して、官僚を「その気」にさせた(p172〜174)。

 とにかく「官僚を動かせ」のタイトルに背かない、というよりは「私が思ったことをやろうとすると、官僚が反対したり消極的な姿勢を示したりしたが、説得などによって心を入れ替えさせて結果として成功した」という展開の話が延々と繰り返されるのである。

「自分が気づきもしなかったアイディアを官僚から教えてもらった」という話は見当たらず「役所で提案したけれどもまったく見当違いだと指摘された。たしかにそうだった。ゴメン」なんて話は一切ない。

 しかも時折「人事」にまつわる話が挿入されている。自分の方針に反対した官僚を更迭した、よく頑張っていると思ったノンキャリアを抜擢した等。

 菅総理は「人事は、官僚のやる気を引き出すための効果的メッセージを省内に発する重要な手段となるのです」(p150)と自説を唱えているのだが、そんな前向きに受け止める人ばかりではないことも想像に難くない。

 もちろん、菅総理が実行した数々の改革や通した法案には意義のあるものが多いのかもしれない。そしてそこに至るまでには常に官僚や縦割り行政が壁になったにちがいない。そこを打ち破るのが政治家の仕事だと言われればその通りだろう。

 しかしここまで手柄話が同じ展開(提案→官僚の抵抗→衝突→和解・推進)で披露され、上司の思考パターンがわかっているのに、それでもなお抵抗しようという部下がいるのだろうか。

 そして、この「上司」の息子から「一杯、どうですか?」と誘われてなお、「嫌です」と言う勇気がある官僚はどのくらいいるのだろうか。法律やシステムを変えるといった面倒な話ではない。とりあえずメシを食えば事なきを得るのだ。かりにそこで面倒なことを言われたとしたら、その時に対応を考えればいいや、と。

 政治部デスクに解説してもらうと、

「菅さんと霞が関との関係で象徴的なのは、官房長官時代に内閣人事局の設立を主導したことです。幹部級の人事を一手に握ることで、“物言えば唇寒し”の状況を作り上げた。安倍内閣が長期政権を築いていくのに伴い、官邸の力が大きくなったことも菅さんに追い風となりました。ただ、官邸と折り合いがよくなかったキャリアの人たちからは、“どうせ嫌われてるからさ”という言葉が異口同音のようにこぼれていたのも事実。菅さんは霞が関をぶっ壊すつもりだったのかもしれませんが、『長男とキャリア』との蜜月で足をすくわれるというのは思ってもみなかったことでしょう」

 同書のオビには「国民の『当たり前』を私が実現する」と大きく謳っているのだが……。

デイリー新潮編集部

2021年3月3日 掲載

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