「ムエタイ」と呼ばれていたベテラン操縦士の“死のダイブ”

「ムエタイ」と呼ばれていたベテラン操縦士の“死のダイブ”

(細見3佐のフェイスブックから)

緊急連載【最新鋭機F35Aはなぜ墜落したのか】#1

 航空自衛隊の戦闘機パイロットは全員「TACネーム」という別名を持っている。空中戦の最中に無線で互いをすばやく呼び合うためだ。

「ムエタイ」

 最新鋭ステルス戦闘機F35Aの墜落事故で殉職した細見彰里3等空佐(享年41)の「空戦名」である。

「いかにもタイ式ボクシングを始めそうな風貌で、実際に闘志あふれる素晴らしいパイロットだった」(元同僚の操縦士)

 細見3佐は京都府生まれで、関西大学第一高等学校から航空学生として空自に入隊した。その評判は悪くない。

「実戦部隊に配属されて以降、F4ファントム戦闘機一筋で、操縦技量は優秀、人望もあった」(前出の元同僚)

 F4EJファントムは初期設計から60年超の旧式機。細見3佐はそこから一気に最新鋭ステルス機F35Aに機種転換した。総飛行時間は3000時間を超えるベテランで、所属した青森県三沢基地の第302飛行隊では隊長に次ぐ「飛行班長」に就任する予定だった。

「飛行時間はF35だけだと60時間。飛行班長としては物足りない気もするが、不思議ではない」(細見3佐の元上官)

 事故が起きた4月9日の訓練でも細見3佐は4機編隊のフライトリーダーを務めている。

 18時59分ごろに三沢基地を離陸した4機のF35Aは、東方約135キロの太平洋上で空戦訓練を開始した。

 現代の空中戦闘は昔のような格闘戦を想定していない。地平線の向こうの情報を友軍と衛星を介したデータリンクで共有し、敵の見えない位置から中距離ミサイルを放って撃墜する。特にレーダーに映りにくいステルス機であれば、接触を避けて戦うのが定石だ。

「ましてその日は新月に近い暗闇。急旋回、急上昇を伴う格闘戦はありえない」(前出の元上官)

 2対2に分かれた訓練は、19時25分に「2キル!」という細見3佐のボイスで一段落ついた。2機のターゲットを中距離ミサイルで“撃墜”したという意味だ。1分後、地上管制官が三沢基地に接近する米軍機との距離をあけさせるために左旋回を指示すると、細見3佐は「はい。了解」と応じた。このときの高度は約9500メートル。細見機は指示通りに左旋回し、加速しながらほぼ真っ逆さまに急降下したのだ。その約30秒後、細見機は時速1100キロという音速に近い速さで海面に激突。細見3佐は機体とともに海底に沈んだ。

 関係者が異口同音に「不思議だ」といぶかるのが、この「死のダイブ」である。

 空自は今月10日、事故の推定原因として「空間識失調」(バーティゴ)というパイロットならではの生理現象をあげた。ベテラン操縦士に一体なにが起きたのか。

 世界の空軍関係者が注視する最新鋭ステルス機墜落事故にまつわるさまざまな疑問を検証してみたい。=つづく

(武田ョ政/ジャーナリスト)

関連記事(外部サイト)