異質な研究が4兆円市場に…ノーベル化学賞・“遊び化成”吉野彰氏の直感と孤独

異質な研究が4兆円市場に…ノーベル化学賞・“遊び化成”吉野彰氏の直感と孤独

ノーベル化学賞を受賞した吉野彰氏(C)共同通信社

サラリーマン研究者が世界的な栄誉に輝いた。9日、ノーベル化学賞を受賞した旭化成の吉野彰名誉フェロー(71)。スマホやノートパソコンなどに欠かせないリチウムイオン電池の「生みの親」だ。

 京大大学院で化学を研究し、1972年に旭化成に入社。リチウムイオン電池の開発に着手したのは81年のこと。最初から新型電池を目指したわけではなく、会社に与えられたテーマは「付加価値の高いプラスチックの開発」だった。

 その新材料が00年にノーベル化学賞を受賞した白川英樹氏が発見したポリアセチレン。電気を通すプラスチックだ。吉野氏は電子を自在に出し入れできる特性が充電池素材に適していると直感。世間では当時、「ポータブル」という言葉が流行し、そして「コードレス」や「ワイヤレス」という言葉が盛んに使われるようになっていた。それぞれ今のモバイル、IT化につながる言葉だ。

 企業人として、研究が需要とどうつながるかを常に意識していた吉野氏は、流行語に秘められた充電池の小型軽量化という「時代のニーズ」を見逃さなかった。とはいえ、旭化成の主力商品は繊維とプラスチック。電池は社内で異質なテーマだった。吉野氏は昨年のインタビューで、「役に立つのか分からない基礎研究は孤独感との闘いだった」と語っている。

 紆余曲折を経て商品化にこぎ着けたのは91年。受賞会見で吉野氏は「約3年間、全く売れない時期があった」と笑いを誘ったが、ウィンドウズ95の発売以降、リチウムイオン電池は爆発的に普及。今や世界の市場規模は4兆円を超え、開発当時の予測の200倍を上回る。

 工学博士(化学)の秋元格氏が言う。

「80、90年代の日本企業は裕福で、基礎研究への予算も惜しみませんでした。特に旭化成は“遊び化成”と社員が自称するほど自由に研究でき、ユニークな繊維素材を生み出していた。ただ、長引く不況で企業も目先の利益に走り、基礎研究はなおざり。政府もサポートしませんが、吉野氏は基礎研究こそ日本のモノ作りの原点だと証明してくれました。そろそろ発想を転換すべきです」

 バブルの頃は良かった――。日本の将来を考えれば、そう懐かしんでいる場合ではないのだ。

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