「退職後は追いません」ぷっつりと途絶えた男性の足取り【消えた核科学者 警察庁拉致関係リストの真実】

「退職後は追いません」ぷっつりと途絶えた男性の足取り【消えた核科学者 警察庁拉致関係リストの真実】

JAEA(日本原子力研究開発機構)の公式HP

プルトニウム製造係長 竹村達也さん

【消えた核科学者 警察庁拉致関係リストの真実】#22

 プルトニウム製造係長 竹村達也さん

  ◇  ◇  ◇

 動燃の総務部門でエリート街道を歩んできたOBは、竹村が失踪したことさえ知らなかった。竹村がいた東海事業所の総務課長を務め、核燃料からプルトニウムを取り出す許可をアメリカから取る交渉にも関わった人物だ。

 私は、動燃の後身である日本原子力研究開発機構に電話した。広報部報道課の副主幹が対応した。失踪事件の概要と北朝鮮に拉致された疑いがあることを告げると、3秒ほど沈黙して言った。

「あー、そうなんですね」

 副主幹が竹村のことを聞いたことは初めてらしく、質問事項を伝えた上で面会取材することになった。

 6日後、東京都千代田区にある機構の広報部報道課で、広報部の次長と副主幹が対応し、次長が質問に答えた。回答したのは、竹村の入社と退職の年月日、最後にいた部署が技術部検査課だということだけだった。

「国の研究機関で独立行政法人なので、独法の個人情報保護法に基づかなければなりません。本人の同意なしに軽々にお話しすることはできません」

 竹村は失踪している。同意など取りようがない。警察は公開捜査をしているが、機構に失踪した記録は残っていないのか?

「失踪は退職の後なので追っていません。あくまでうちにいる時の記録しか分かりません。どこの会社さんもそうだと思いますが、退職したところで終わると思うんですよ。個人情報に関わることですし」

 しかし、竹村は核技術を持った人材だ。失踪すれば政府や核兵器の不拡散に取り組む国際原子力機関(IAEA)に報告する必要があるのではないだろうか。

「今であれば、我々の技術は機密情報でもあるので、規定にのっとらないと罰則がある。ただ、当時がどうなっていたかは分かりません」

 そして、次長は言った。

「(竹村が失踪した)昭和47(1972)年は、私が生まれて数年しか経ってない。副主幹なんて生まれてない頃です。当時は警察と総務部が労組対策で連携していたとは……。我々は平和な時代に仕事をさせていただいているんですね」

 私は次長と副主幹に、「動燃の元科学者たちは、北朝鮮がミサイルを発射するたびに『自分たちの技術が竹村さんを通じて使われていたらどうしよう』という思いがあり、失踪事件を今でも気にしている」と伝えた。

 機構の広報部報道課は、IAEAや政府への報告義務が当時あったかについては、引き続き調べて回答するという。 =敬称略(つづく)

(渡辺周/「ワセダクロニクル」編集長)

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