エース科学者の失踪知らなかった警察署長「引き継ぎない」

エース科学者の失踪知らなかった警察署長「引き継ぎない」

動燃を管轄していた勝田署の後身、ひたちなか署(撮影:友永翔大)

【消えた核科学者 警察庁拉致関係リストの真実】#23

 プルトニウム製造係長 竹村達也さん

  ◇  ◇  ◇

 動燃の後身である日本原子力研究開発機構(JAEA)は、竹村達也の失踪について何も知らなかった。では、茨城県警はどうだろう? 竹村が失踪した時、動燃の東海事業所にやって来て「北に持っていかれたな」というセリフを残したのは、勝田署の刑事だ。さらに勝田署は「核物質を過激派から守る」ことを目的に、動燃の総務部門と協力していた。

 私はワセダクロニクルのメンバーと、竹村の件を知っていそうな茨城県警の関係者を捜した。ワセクロメンバーのひとりが、ある茨城県警OBを見つけだした。

 そのOBは、勝田署の後身であるひたちなか西署(現・ひたちなか署)の署長や、スパイ事件を扱う県警本部外事課の課長を務めている。ひたちなか西署長を務めていたのは、警察庁がホームページに「拉致の可能性を排除できない事案に係る方々」に竹村の情報をアップした2013年だ。

 メンバーが自宅を訪れた。インターホン越しに取材の趣旨を伝えると、スエット姿のまま玄関先で取材に応じた。

 ――警察庁のホームページに竹村の情報が掲載された時に、家族の了解を得る手続きはしなかったか。

「そういう話、全くないです。(署長という)自分の立場では、そうした書類は見る環境にあります。そういう書類は単発的に来ますが記憶にない」

■「引継ぎはないです」

 ――竹村さんは実家が大阪で、失踪届はお姉さんらが大阪府警に出しているようだ。

「じゃあ、そっち(大阪府警)じゃないですか」

 ――では県警本部の外事課長としてはどうか。動燃の警備や拉致のことは大きな関心事では?

「相当、興味を持っていますし、当時持っていました。今でもね。でも当時はそういうことなかったですね」

 ――竹村さんが1972年に失踪した時、勝田署の刑事が動燃を訪ねている。

「ああ、そうなんですか。そういう情報は初めて聞きました。もちろんね、動燃のことは警備の面では見ていますけれども、拉致問題に絡めてというのは、やっていませんね。引き継ぎはないですね」

 そのOBは、竹村が動燃の職員だったことも知らなかった。

 私はこの取材結果を聞き、県境をまたぐ殺人事件を取材していた時に、刑事が漏らした言葉を思い出した。

「県境を越えた途端、それぞれの県警間の調整がややこしくなり、自分の事件として解決するんだという責任感が希薄になってしまう」

 果たして当時の茨城県警はどうだったのか。 =敬称略

(つづく)

■旧動燃の科学者だった竹村達也さんの失踪事件について、独自取材で迫ります。竹村さんについてご存じの方は、ワセダクロニクル(contact@wijp.org)か日刊ゲンダイ(rachi@nk-gendai.co.jp)まで情報をお寄せください。

(渡辺周/「ワセダクロニクル」編集長)

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