1988年に寮から失踪したもう1人の厚生技官【消えた核科学者 警察庁拉致関係リストの真実】

1988年に寮から失踪したもう1人の厚生技官【消えた核科学者 警察庁拉致関係リストの真実】

拉致解決に政治的な立場は関係ない(撮影:友永翔大)

【消えた核科学者 警察庁拉致関係リストの真実】#31

 プルトニウム製造係長 竹村達也さん

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 1972(昭和47)年、茨城県東海村の動燃(現・日本原子力研究開発機構)で働く科学者・竹村達也が失踪した。大阪大学工学部を卒業し、米アルゴンヌ国立研究所にも留学、帰国後はプルトニウム製造係長も務めていたエリートだ。その後、竹村の名前は警察庁の拉致関連リストに登場する。

 本連載を始めてから、日刊ゲンダイとワセダクロニクルには続々と北朝鮮による拉致問題の情報が寄せられている。

 例えば、第26回「リストに掲載された『ロボット』『工作機械』の人材」を掲載後、こんな情報提供があった。

「取材記事の中に(ロボット制御を学んだ)河嶋さん、(精密工作機械メーカーに勤めていた)矢倉さんを挙げて下さいましたが、もうひとり、1988年に石坂孝さん(当時29歳)という方が失踪されています」

■化学物質の研究調査を担当

「彼は、厚生技官で世田谷の寮から失踪しています。国立衛生試験所食品部勤務でした。この研究所では、『医薬品や食品のほか、生活環境中に存在する多くの化学物質について、その品質、安全性及び有効性を正しく評価するための試験・研究や調査』をしているとのことです」

「放射性物質や化学物質の検査は、北朝鮮にとっても高度化するために必要な技術といえます。竹村さんと同じ、公務員的な立場の方なので、ぜひ取材していただければ幸いです」

 情報提供を受けて調べてみると、確かに石坂さんは拉致の可能性がある失踪者として名前が挙がっていた。特定失踪者問題調査会によると、以下が概要だ。

「石坂さんは失踪当時29歳で独身。北海道大学の薬学部を卒業後、厚生省技官として国立衛生試験所食品部に勤務していた。1988年11月に静岡県で開かれた食品衛生学会で研究発表し、11月18日に東京の厚生省の寮に帰宅した」

「11月19日の夕方は在寮が確認されていて、20日の朝刊もとられている。20日に失踪したとみられる。寮の部屋から持ち出されているのは、眼鏡、ジーパン、折り畳み傘と現金5万円だった」

 独身で科学者、そして寮からの失踪――。竹村達也さんのケースと似ている。石坂さんのケースは引き続き取材していく。

 北朝鮮による拉致問題を解明し、犠牲者を救うことに政治的な立場は関係ない。国会で拉致問題を追ってきたのは自民党だけではない。例えば、梶山静六国家公安委員長から、北朝鮮による拉致の存在を認める答弁を引き出したのは、共産党の議員だった。サンケイ新聞が先んじて報じてきた福井や新潟でのカップルの失踪事件への捜査当局の対応を、国会で追及した結果だった。

 日刊ゲンダイとワセダクロニクルは、これからも竹村さんの失踪事件を軸に拉致問題の取材を続け、近々に第2部をスタートさせます。幅広い情報提供のご協力、何とぞ、よろしくお願いします!=敬称略

(第1部おわり)

▽次回からは、特定失踪者問題調査会代表で拓殖大学海外事情研究所教授の荒木和博さんが、拉致問題の今を語ります。

(渡辺周/「ワセダクロニクル」編集長)

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