3歳女児放置死で母親失格の声が溢れるが…行政に責任はないのか

3歳女児放置死で母親失格の声が溢れるが…行政に責任はないのか

梯沙希容疑者(C)共同通信社

7月7日、元居酒屋店員・梯沙希容疑者(24)が、3歳の長女・稀華(のあ)ちゃんをマンションの一室の置き去りにして餓死させたとして、保護責任者遺棄致死の疑いで逮捕された。梯容疑者は居酒屋の元同僚の男性を追い掛けて、6月13日までの8日間も間、稀ちゃんを放置したまま鹿児島に滞在していた。

 梯容疑者はこれまでに何度も自宅に娘を放置し、虐待の兆候があったという。ところが、周りの大人は誰も気がつくことができなかった。それは、今回の虐待死亡事件は単に母親の育児ノイローゼに端を発したものでなかった点が大きい。梯容疑者は稀華ちゃんを可愛がっていた面もあり、育児疲れはあったのかもしれないが、周囲に助けを求めるほどの域には達していなかったのだろう。児童相談所も育児放棄を把握していなかった。しかし、運が悪いことに、育児に疲れ、現実から逃避したかったシングルマザーの梯容疑者の前に好みのタイプの男性が現れ、「母親」としての自分が脆く崩れてしまったのだろう。まだ若い梯容疑者の「女性」としての本能が目を覚ましたと推察できる。

■フォローアップできない子供を把握するのが行政の役割

 そこに重なった不運が大田区の対応だ。梯容疑者は3歳児検診に現れず、区の担当者は梯容疑者と2回の接触を試みたが、連絡がつかなかったという。なぜ、大田区はそこで終わらせてしまったのか。対応する子供が多く把握しきれないというのは言い訳にすぎず、フォローアップできない子供は行政として何としても把握しなけれならない。

 今回の事件に対し、ネット上などで「親になる自覚がないのに、なぜ、産んだ」、「母親失格」といった梯容疑者を責める言葉があふれている。もちろん母親は悪いが、それで終わってしまってもいいのか。筆者が言いたいのは、母親になることによって、女性は自分の置かれる立場が180度変わってしまうことを、性教育と共に、小学校で周知徹底させるべきである。子どもを生むことに関して、自分自身にどんな責任が生じるか教えるべきだ。

 昔は大家族で両親や祖父母の子育てを間近に見て育った人が多かったが、今は核家族化・少子化が進んで子育てに具体的なイメージを持てない人が増えている。「育児は大変だが、子供は可愛い」というフレーズが先行し、育児の本当の辛さが理解できないまま出産する女性も少なからずいる。それはサポートすべき夫の側も同様で、「こんなはずではなかった」と妻の出産後に子育てから逃避し、外で浮気を繰り返したりする。

 筆者はここ5年の間に3歳になる双子と0歳児を授かった。育児のキャパが自分の許容範囲を超えて負担になっていることを自覚している。幸い、実親や夫のサポート、行政の支援を活用しながらどうにかやっているが、正直、綱渡り状態だ。梯容疑者のように犯罪とまではいかなくても、些細なことがきっかけで、育児が脆く崩れてしまうリスクと危険があることは認識している。

 政府は少子化対策で出生率を上げることばかりに血道をあげているが、子を生んだ後に親の生活がどのように変化するのか周知し、さらに国が子供一人一人をしっかりとフォローアップできるシステムを整えない限り、悲劇は繰り返されてしまうだろう。

関連記事(外部サイト)