岡田光世「トランプのアメリカ」で暮らす人たちコロナ禍で急増するホームレスの現実

岡田光世「トランプのアメリカ」で暮らす人たちコロナ禍で急増するホームレスの現実

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2020年夏、数か月ぶりにニューヨークに戻った。1970年代後半にこの街を初めて訪れ、80年代半ばから住み始め、変わり続けていく様子を見守ってきた。今回、コロナ禍の真っただ中にある街のあちこちを歩き回り、自分の目で見たこと、出会った人たちの声を、何回かに分けて紹介したいと思う。

物乞いもソーシャル・ディスタンス

ニューヨークのダウンタウンで、マスク姿のホームレスの男性が車道を背に、プラスチックのカゴに腰かけ、1メートルほどの長さの棒の先に刺した紙コップを、無言で歩行者に差し出す。コロナ感染防止のために、ソーシャル・ディスタンスを取っているのだ。

思わず「いいね」と男性に向かって親指を立てると、彼も笑顔で私に親指を立てて見せた。気温が高く蒸し暑い日だったので、彼の頭にはタオルがのっている。

1ドル札を紙コップに入れ、「路上生活は辛いでしょう。でも冬よりはましですね」と言うと、「そうだね」とほほ笑んだ。

「Stay safe.(安全で健康で、ね)」

新型コロナウイルス感染拡大で定番になった挨拶をし合い、別れた。

NYでは世界大恐慌以来の数に

今回、ニューヨークに戻ってまず気づいたのが、路上にホームレスの人たちが増えたことだ。その傾向は10年前ほどからあったが、さらに目立つようになった。以前は、路上で過ごすホームレスに警官が対応していたが、ニューヨーク市警の予算削減のため、手が回らなくなったこともある。

コロナの影響で閉鎖を余儀なくされた店やホテルの前に、ホームレスが集まってくる。コロナ感染が一気に広がった3月から閉鎖中のミッドタウンのあるホテルでは、玄関前のスペースに何人も泊まり込んでいた。彼らに無料で食事を提供する場所は、長蛇の列ができている。

ある朝、そのホテルの正面一面に木の板が貼られていた。が、その夜すでに侵入者がいるとの通報を受け、警官が何人も駆けつけた。

ホームレス擁護団体「Coalition for the Homeless」によると、ニューヨーク市のホームレスは約6万人(2020年6月現在)。その数は1930年代の世界大恐慌以来、最も多い。

同団体の調べでは、ニューヨーク市のホームレスの57%が黒人、32%がヒスパニック・ラテン系。重度の精神疾患や病気、ドラッグやアルコール依存症などの問題を抱える人は、独身のホームレスに多い。

また、市内のあちこちで、路上に置かれたゴミ箱の中から食べかけのピザや飲みかけのコーヒーなどを探しては、口にしながら去っていく姿をたびたび見かけた。マンハッタンでは、中心部の鉄道やバスのターミナル駅近くなどでとくに多い。

街角のゴミ箱から空き缶を探し、大きなビニール袋に入れて運んでいる人を、ブティックなどの多いソーホー界隈でも見かけた。現金に替えてもらえるからだ。今はバスも空いているので、缶入りの大きな袋を引きずりながら、乗り込む人もいる。地域によっては歩道や道路には残飯やゴミが散乱し、叫びながら歩き回っている人も目立った。

「1ドルくれたら、ドナルド・トランプに投票しないよ」

ある夜、アッパーウエストサイドの住宅地で、高級ホテルの前を通りかかった。コロナの影響で利用客が激減し、宿泊代がどれほど下がったのか、フロントの男性に聞いてみると、「ここは市が運営するシェルターになったんですよ」と答えた。

「コロナが収束すれば、来年3月頃にはホテルとして再開できるかもしれないけれど。僕はここでずっと働いてきたから、解雇されなくてよかったよ」

ホテルのロビーは、マイノリティの男性たちで賑やかだった。外の階段に腰かけている男性に声をかけた。

「他のシェルターではいつコロナに感染するか、心配でたまらなかった。ここに来れて、うれしいよ」

濃密なシェルターでの感染拡大を防ぐために、一時的にホームレスを収容するホテルが増えた。収入源を失ったホテルにも、メリットがある。

複数のホテルがシェルターとなったこの地域の住民の一部は、「ホームレスの中には、ドラッグ依存症や性犯罪者もいる。治安が悪くなり、街の雰囲気が変わってしまった」と大きな不安を抱いている、と報道されていた。

住民らは、路上で性的行為を行うホームレスや、道端に捨てられた使用済みのドラッグの針などの写真を集め、「道端で放尿、セックス、ドラッグ。ホームレスに手を差し伸べたいが、こんな環境で子供を育てられず、安心して暮らせない」と訴える。

カウンセリングや医療サービスも用意されているが、コロナ感染防止のために活用できなかったり、必要な人にサービスが行き届いていなかったりと、問題が残されている。

住民らは、「不満や苦情の声が上がると、市は別の地域のホテルにホームレスを移すだけで、根本的な解決になっていない」、「デ・ブラジオ市長が家族とホテルに住んでみたら、私たちの気持ちがわかる」と憤る。

数か月前、マンハッタンの中心部に住む知人が、一時的に郊外に越した。彼のアパートの隣にあるホテルがシェルターに変わったことが、大きな理由だった。

これまでは、地下鉄で寝るホームレスも多かったが、今はコロナ感染防止のために夜中に車両を消毒しており、寝床を失った人も少なくない。シェルターで盗難に遭った、規則に縛られたくない、などの理由で、「外で寝る方がまし」という声も直接、ホームレスの人たちから聞いたことがある。

街で言葉を交わした人々の多くが、「今後、ホームレスがもっと多くなる」と憂える。コロナの影響による解雇や減収で、家賃を払えない人たちが増えると予想されるからだ。

ある朝、閑散としたブロードウエイ劇場街を歩いていると、ホームレスの男性2人が歩道の両脇にそれぞれ横たわっていた。1人ははだけたTシャツに短パンで背を向けて寝ているが、段ボール紙の文字はこちらを向いていた。

1 dollar and I will not vote for Donald Trump.

1ドルくれたら、ドナルド・トランプに投票しないよ。

黒いマジックで書かれた文字は、どれも丁寧に赤く縁取られ、その横に描かれたトランプ氏の似顔に、斜線が入っている。

ああ、ニューヨークだ。

厳しい生活を強いられているはずなのに、ホームレスの人の作る「サイン」に、ウィットを感じることが多い。そして、それに応える人が、この街には必ずいる。

ふと見ると、誰かが置いていったのだろう。「サイン」のすぐ脇に、ジップロック入りのサンドイッチがそっと置かれていた。       (随時掲載)

++ 岡田光世プロフィール
おかだ・みつよ 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。米中西部で暮らした経験もある。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計40万部。2019年5月9日刊行のシリーズ第9弾「ニューヨークの魔法は終わらない」で、シリーズが完結。著書はほかに「アメリカの家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。