適当で曖昧な人物に牛耳られかねない「学校運営協議会」のオソマツさ

文科省のホームページを覗くと「学校運営協議会」(以下:協議会)という制度が紹介されている。《学校と保護者や地域の皆さんがともに知恵を出し合い、学校運営に意見を反映させることで、一緒に協働しながら子供たちの豊かな成長を支え「地域とともにある学校づくり」を進める法律(地教行法第47条の6)に基づいた仕組み》だとしている。

 すでに多くの学校に設置されているとのことだが、協議会は、コミュニティスクールという考えのもと、学校を開かれた存在として、教育関係者のみの狭い了見にしないため、いろいろなことをさまざまな知恵を持った方々に力を借りようという考えなどから、数年前から本格化された制度だ。

 そして学校運営協議会のメンバーは、地教行法第4条で、《協議会の委員は、15人(場合によっては20人)以内とし、次に掲げる者のうちから教育委員会が任命する》とある。

 任命されるのは、地域住民、保護者、協議会を設置する学校の運営に資する活動を行う者、設置学校の校長、学識経験者、関係行政機関の職員、その他教育委員会が適当と認める者だ。

 ここで、もっとも身分がハッキリしているのは、「学識経験者」というポジションだが、実は学識経験者ほど定義がはっきりしないものはない。ここに「協議会」という組織の問題が潜んでいる。

 一般的に学識経験者とは、大学教授経験者などを連想するが、総務省によれば「学識を有する者とは、地方公共団体の長が、個別の事案に応じて、適切と認める者を選定することによって決まる」とある。つまり、一般にいう「学識を有する者」=「学問上の知識と高い見識を持ち、生活経験が豊かであると社会が認めている人」ではない。

 極端な場合、地方公共団体長と懇意であるとか、何らかの政治力を使えば「学識経験者」として「協議会」を地域での商売上、うまく利用できたり、政治利用できるということもあり得るわけだ。

 「子を持つ親世代には最も身近な学校社会であるPTAと違い、協議会には関心が向かないということもあって、協議会の恣意的、政治的な利用や暴走が相次いでいるのです」(全国紙記者)

 小地域に行けば行くほど、地域のボス的な存在はいるものだが、ある意味、公の存在とも言える重要な学校運営協議会が牛耳られてしまうというのは、本当ならあってはならないことだ。

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