航空自衛隊F2戦闘機が墜落! 後継機F3に暗雲!?

航空自衛隊F2戦闘機が墜落! 後継機F3に暗雲!?

(提供:週刊実話)

2月20日午前9時20分ごろ、訓練飛行をしていた航空自衛隊築城基地(福岡県築上町)所属のF2戦闘機が、山口県沖の日本海上に墜落した。同機には隊員2人が乗っていたが緊急脱出し、空自などの捜索で2人は発見され救助された。いずれも意識はあるという。

 「空自F2の墜落事故は初めてです。空自は事故調査委員会を立ち上げ、詳しい状況の調査を開始しており、安全確認のため訓練中の全戦闘機を着陸させています」(軍事ジャーナリスト)

 防衛装備品初の日米共同開発で作られたF2は、外形こそ米空軍のF16戦闘機に似ているが、機体構造、材料、とくにソフトウエアの大半は日本主導の開発だった。

 「とはいえ米国から情報がすべて開示されたわけではありません。たとえ同盟国であっても相手から得る物がない限り、すべての手の内を明かさないのが共同開発の内実です。日本には炭素系複合材やCCV技術などで先行研究がありましたから日本独自の仕様を満たす戦闘機を完成させることに成功したのです」(同)

 元NHKのジャーナリスト手嶋龍一氏による『ニッポンFSXを撃て』では、ケビン・カーンによる日本阻止の工作が描かれている。

 カーンはある意味「テクノロジー・ナショナリスト」だったから、日本に戦闘機技術を渡してはなるものかという愛国心、つまり日本側からいえば反日家だった。カーンは日本における実態を調査し、連邦議会を動かし、開発中止へワシントン政治を動かそうとした。

 折しも親日的だったレーガンから親中派のブッシュに政権が移行した時期と重なったことで、関係者はフランクリン・ルーズベルト大統領が書き残した命令書を思い出した。

 「『日本にゼンマイ仕掛けの飛行機を持たせてはならない』とするGHQ命令301号は、1945年11月に発布されています。三菱や中島飛行機の生産設備はことごとく打ち壊され、大学では流体力学の講座が禁止され、自主開発の零戦の技術者も設計技師も失業しました。占領が終わるまでに日本から航空機をつくるエンジニアの伝統が消えていたのです。ですから戦後初の国産旅客機『YS11』は、国産の名機ではなく、その実態はエンジンがロールス・ロイス、プロペラはダゥティ・ロートル社と外国製だったのです」(航空ジャーナリスト)

 30年代に退役を迎えるF2の後継機問題が注目されているが、昨年12月8日付の読売新聞には下記の記事が掲載された。

《政府は7日、『防衛計画の大綱』(防衛大綱)に関する与党ワーキングチームの会合で、航空自衛隊のF2戦闘機の後継機について、日本の主導で早期開発を目指す方針を説明した。国際共同開発も視野に入れる。国内防衛産業の技術力を保つ狙いがある。今月まとめる次期中期防衛力整備計画(中期防)に明記する。具体的な開発計画は数年以内に決める。F2は約90機配備されており、30年代に退役が始まる。防衛省は後継機について、,312;国産開発、,313;国際共同開発、,314;既存機の改良の3案を検討してきた。政府は、空自で導入が進む米国製の最新鋭戦闘機『F35A』について、国内での組み立てをやめる方針も示した。完成機の輸入で、1機あたりの調達価格は約153億円から30億円程度安くなると見込んでいる。愛知県内の組み立て工場は整備拠点に替わる見通しだ》

 もし、,313;,314;が選択された場合、国内の戦闘機技術は喪失させられる怖れがある。F2の後継機は国産か、少なくとも日本主導による共同開発でなければならないと多くの国民は願っていることだろう。

関連記事(外部サイト)