創価学会「常勝関西の落日」(前編)

創価学会には「常勝関西」の言葉がある。それが都市伝説なのか否か、鼎(かなえ)の軽重が問われる参院選が迫ってきた。

 東京・新宿区信濃町――慶應大学付属病院などに用事のある人々を除けば、圧倒的多数の乗降客は「創価学会施設」に詣でる(?)会員たちである。平成になってから建設にドライブがかかり、宗教建造物とはとても感じられない学会高層ビル群が街を制圧しているかのようだ。

 池田大作名誉会長の私邸をはじめ、信濃町駅南側の公明党本部までの広大な学会エリア(村)は「信濃町」とよばれるが、実は日本にもう一つ、同様の場所がある。関西で「リトル信濃町」と呼ばれているその場所は、大阪市・近鉄上本町駅周辺を指す。このエリアの主要学会関連建物を列挙すると、
●創価学会関西池田記念館
●聖教新聞社関西支社
●創価学会関西文化会館及び別館
●創価学会関西白百合文化会館(婦人部の拠点)

 等々だ。密集度は信濃町ほどではないが、ここには同様に「職員専用住宅」(ビル)もある。

 1995年〜1996年にかけて、このエリア近在の創価学会脱会者を取材した時、
「入ってくるとき、誰かに見られませんでしたか?」
「大きな声を出さないで下さい。聞かれるとまずいんです」
 と言われたこともある。創価学会の言う「常勝関西」のお膝元では、そんな緊迫感があった。

 2015年3月15日、創価学会関西のドン、西口良三氏が亡くなる。西口氏は当時、先の「リトル信濃町」と府下2カ所に住まいがあって、直撃取材にも腰を低くして対応してくれた記憶がある。

 1998年から1909年まで総関西長を務めたが、彼がその職を退いたのは民主党政権の誕生時である。2009年8月の衆院選で、公明党は兵庫と大阪の6選挙区で全員敗北。その責任をとる形で退任したのだが、逝去の折りの肩書は『創価学会副理事長 関西総主事』であった。

「この肩書が完全引退でなかったことを示しています。創価学会にはもう1人、東京に藤井富雄氏というドンがいる。この人の肩書は『公明党東京都本部顧問、公明文化協会理事』です。藤井さんの方が先輩だが、格は西口さんが上ですよ」(創価学会関西の古参幹部)

 西口氏はどのような人脈を持っていたのか。たとえば、2015年3月18日の通夜・葬儀弔問客の中には、以下のような人々がいた。

●二階俊博自民党総務会長
●古賀誠元自民党幹事長
●樽床伸二元総務相
 そして、前原誠司元外務相といった面々だ。

「一番大きなパイプがあったのは、小沢一郎さんです。たとえば、’97年末に新進党が解党、旧公明党関係者が独自の政党を結成していきましたが、8人の旧公明党議員は出身母体に戻らず、小沢氏の結成した自由党入りした。うち5人が関西の議員で、これは西口氏から小沢氏への“プレゼント”とも言われている。その前段もある。小選挙区制が導入された’96年の衆院選で、大阪の選挙区には新進党は旧公明党出自の候補を立て、当選を果たした。これも、小沢さんとの関係から。常勝関西のシンボルは、選挙区で当選する公明党候補の存在にあります。その母体を作ったのが西口氏でした」(大阪の公明党関係者)

 当の西口氏を失って4年、公明党は関西で「大きな政治を仕掛けられない」状況に陥っている。言い方を換えれば、西口氏が築いた「常勝関西の凋落」が始まったのだ。

 その現実を選挙結果から見る前に、西口氏の“選挙上手”がいかなるものだったかを検証してみよう。

★関西のドン亡き後ブレまくり

 まず、東京都と大阪府の選挙データに触れる。2007年から2016年までの間、大阪府の有権者数は700万人台で微増している。他方、東京都は約1000万人。こちらの増え方の方が大きく、昨年で1100万人の大台に乗った。では、最も組織力・集票力が表れる参議院議員選挙での「政党名得票」はどうか。

 大阪の公明党票は10年間で、70万票台から60万票台に減らしている。一方の東京は、70万と60万の間を行ったり来たりの状況である。つまり大阪は、有権者数の約1割が公明党票であり、6%や7%であるのが東京といえる。この点だけを比較すれば、確かに大阪の学会員は人口比で東京より多数派と想定しうる。

 しかし、これを全国規模で均してみると、大阪府より多くの得票率がある県は福岡をはじめ複数存在する。突出して大阪の創価学会が“強い”“多数派”とは言えないのである。

 最も大きな誤解は、大阪や兵庫の衆院小選挙区で「公明党が勝っている」というものだ。
「ここがキモです。それらの選挙区に自民党は公明党に遠慮して候補者を立てず、側面から応援する。ために野党が議席を取れない。自民党からすれば、連立バーターでの“議席贈与”みたいなものです」
 と語る関西在住の政治部記者の分析にはうなずける。

 このバーターシステムを構築した功労者こそ、先の西口氏その人だったのだ。ところが、逝去後に「西口政治」、つまり常勝関西の布陣がガタガタになってしまった。しかも、
「これが、西口さんの退いた時のような野党への風が吹きまくっている時なら仕方ない。しかし、身近な『大阪都構想』での躓きというのが痛い。大阪の公明党が右顧左眄し、ブレまくっているのを有権者ははっきり分かってしまった」(前出・古参幹部)

 維新に対する公明党候補の敗北を拾ってみよう。大阪市議選では、東成区で4票差の現職候補落選にはじまり、大阪府知事選、市長選では自民党候補を応援して惨敗。そして極めつけは、4月21日開票の衆院大阪12区補欠選挙である。

 ここで公明党は自民党新人を推薦したが、維新候補者に約1万3000票差をつけられて落選。一方、無所属で立った樽床伸二氏は、先に述べたように西口氏の葬儀にも顔を出した“親学会候補”。自民新人と樽床氏に創価学会票が割れてしまったための敗北という総括は簡単だ。

「まさに西口さんが存命だったら、こんな敗北はしなかった。橋下徹氏に“恫喝”されることもあり得ない」

 と言う大阪の公明党関係者の声は切実だ。橋下氏は、ネットテレビでこう述べている。
〈今、維新は大阪都構想をやろうとしても大阪市議会で2議席が足りてない。そこで“政治のプロ”松井一郎(大阪市長)が対立してきた公明党以外のところから2人引き抜こうと、凄まじい政治をやっている。これが実現すれば公明党に義理立てする必要もなくなり、“常勝関西”と言われる公明党の6選挙区にぶつかっていくことになる。すでに“吉村(大阪府知事)チーム”と言って、実力もあって、むちゃくちゃ男前な“エース級メンバー”たちが控えている〉

 果たして、橋下氏は「言うだけ番長」なのか。都構想で公明党と合意した維新の「本気度」は、衆参同日選挙になってみないと分からない。ただし、参院選だけでも公明党は対維新で厳しい立場に立たされている。

 それが兵庫選挙区だ。維新、自民、立憲民主で定数3が埋まる現状に、公明党が食い込めるのか。
「ここで兵庫の学会票の素の数字が出る」(前出・政治部記者)

 常勝関西の落日、といえそうな話である。大阪がそうなら、その影響は全国レベルにどう響くのか。次回、詳述する。

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山田直樹…「週刊文春」専属記者を経てフリージャーナリスト。週刊新潮で2003年に連載した『新「創価学会」を斬る』で第10回雑誌ジャーナリズム賞大賞を受賞。著書多数。

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