それぞれが描く“着地点” 菱軍団 沈黙を破る一撃!

それぞれが描く“着地点” 菱軍団 沈黙を破る一撃!

(提供:週刊実話)

「不気味なほど静かや」

 山口組の分裂問題は、間もなく5年目に突入する。ある関西の組織関係者が口にしたように、神戸山口組(井上邦雄組長)・中田浩司若頭代行率いる五代目山健組(兵庫神戸)の與則和若頭が刺傷した事件から4カ月経った現在も、膠着状態が続いているのだ。
「犯人は神戸山口組が敵とする六代目山口組(司忍組長)・三代目弘道会(竹内照明会長=愛知)の傘下組員やった。山健が沈黙を守っとるのには理由があるはずや。髙山清司若頭の出所が迫っとるし、警察かて警戒を緩めとらんからな」(同)

 山健組の水面下での動向は、分裂後に発生した事件のタイミングからも、少なからずうかがえるという。
「分裂した翌年から六代目側・四代目倉本組(津田力組長=和歌山)と、山健組との間で起きた“報復の連鎖”には、山健組側の守りの姿勢も見え隠れした」(業界ジャーナリスト)

 平成28年10月、和歌山県で山健組直参が倉本組系組長らに撲殺されるという事件が発生。突発的な衝突だったが、同年5月には岡山県で池田組(池田孝志組長=岡山)の若頭が弘道会系組員に撃たれて死亡し、7月には元山健組関係者が別の弘道会系組員らによって射殺されていたため、事態は緊迫した。

 年を跨いだ平成29年4月、三重県で倉本組系組長らが覆面をした複数の男たちに襲われ、重傷を負う。発生直後から山健組による犯行との見方が強く、和歌山県で起きた事件への報復だと囁かれたのである。

 これを受け、2カ月後には倉本組幹部らが神戸山口組のトップ・井上組長の兵庫県内にある別宅へ銃弾を発砲。さらに昨年6月、山健組系組員による倉本組・津田組長の自宅へのトラック特攻が発生したのだ。
「一連の事件を振り返ると、山健組側が時間をあけて報復攻撃に打って出ていることが分かるだろう」(同)

 トラック特攻が起きた際、厳しい規制が科せられる「特定抗争指定」の可能性が一部で囁かれた。三重県での襲撃事件は、犯人が逮捕されていないとはいえ、井上組長の別宅発砲に次いで山健組による攻撃が加えられており、倉本組との対立関係は明らかだったからだ。
「しかし、実際に指定が掛けられることはなかった。特定抗争指定は、九州で激しい抗争を繰り広げた道仁会(小林哲治会長=福岡)と九州誠道会(当時)が、平成24年に全国で初めて指定された。定義は曖昧だが、これと比べると倉本組、山健組の対立は違う。報復までに間があり、発砲もトラック特攻も直接的に人物を狙ったものではなかった。なおかつ、発生当時は分裂に関わる抗争事件自体、爆発的には起きておらず、規制には二の足を踏む部分があったのではないか」(同)

 特定抗争指定団体に指定されると、事務所への出入りや組員の集まりが規制されるなど、組側は身動きが取りづらくなる。戦闘態勢を維持するためにも、山健組側が計画的に報復の間隔をとっていた可能性も考えられるというのだ。
「それを裏付けることにもなるが、神戸射殺事件では対照的に素早い動きを見せている。つまり、いつでも攻められる態勢にあったということだ」(同)

 一昨年9月、神戸市で山健組傘下の黒木(本名・菱川)龍己組員が任侠山口組・織田絆誠組長を狙い、警備組員を射殺。発足したばかりだった任侠山口組は、事件の約2週間前に第2回となる記者会見を行い、神戸山口組・井上組長や最高幹部らを痛烈に批判していた。山健組本部の部屋住みだった黒木組員は、この会見の直後から行方をくらましており、犯行の動機は“会見への報復”ともみられたのである。
「実際には任侠山口組への先制攻撃であり、わずか2週間余りの準備期間を経て実行されたことになる。もともと織田組長が山健組に所属していたため、行動パターンを把握しやすかったのかもしれないが、現場では黒木組員以外にも“武器”を持った人物の姿が確認されている。山健組の編成チームが組まれていた可能性も含めると、計画から実行までのスパンはかなり短いといえる」(同)

★団結、沈黙、報復を掲げ

 現在、與若頭刺傷事件への報復が予想される中で、山健組は不気味な沈黙を続けている。それが計画的なものなのか知る由もないが、背景には別の理由が隠されているという見方もある。
「事件の実行犯を出した弘道会に、報復の矛先が向くという声は多いで。せやけど、弘道会も想定内やろうからガードを堅めとるはずや。隙を突くには時間が掛かるのと違うか。
 団結、沈黙、報復が山健のスローガンや。一時期は団結、沈黙だけになっとったのが、中田組長の五代目体制になってから報復の文字が復活しとる。緻密な作戦を練っとるのか、戦闘態勢を整えとるのか分からんが、いずれにしろ今は沈黙を守る時期なんやと思うで。その先に、報復があるのは間違いないはずや」(別の関西の組織関係者)

 六代目山口組は再統合、神戸山口組は存続、任侠山口組は極道業界の改革を掲げ、まったく違った“着地点”を目指している。六代目側による追撃も根強く囁かれており、分裂抗争の戦局は六代目側、神戸側双方の“次の一撃”によって左右される可能性もある。
「神戸山口組は、六代目山口組よりひと足早い8月26日に夏季休暇が明ける。抗争状態にあるから休暇といっても表向きの話だが、本格始動に伴い当局も警戒を強めるだろう。予測がつかないだけに、業界内外は緊張で張り詰めている」(山口組ウオッチャー)

 一方、六代目山口組は夏季休暇中の8月13日、分裂下では三度目となる「お盆の墓参」を行った。山口組創始者の山口春吉初代と、その実子の山口登二代目が眠る神戸市内の墓所では、いずれも慶弔委員の鈴川驗二・六代目早野会会長(大阪)と新井錠士・二代目章友会会長(大阪北)が準備状況を確認。津田若頭補佐をはじめ能塚恵幹部(三代目一心会会長=大阪中央)、金田芳次・二代目大原組組長(大阪生野)も姿を現し、二代目時代の大幹部の墓前にも手を合わせた。

 同時に、竹中正久四代目が眠る姫路市内の墓所では、安東美樹若頭補佐(二代目竹中組組長=兵庫姫路)、中山和廣・三代目矢嶋組組長(愛媛)、井上茂樹・二代目大石組組長(岡山)が墓参を行った。

 歴代組長の慰霊碑を中心とした「組碑」がある総本部でも、森尾卯太男本部長(大同会会長=鳥取)や江口健治若頭補佐(二代目健心会会長=大阪浪速)、野村孝若頭補佐(三代目一会会長=大阪北)らが墓参し、故人の冥福を祈ったという。

 抗争の渦中にあっても先人顕彰を貫く六代目山口組だが、墓参に駆け付けた章友会・新井会長は8月5日、大阪地裁の法廷にも姿を現していた。新井会長は組織犯罪処罰法違反(組織的監禁)などの罪に問われており、一貫して無罪を主張。検察側との激しい論戦が繰り広げられてきた。

 当日は、同罪などに問われた章友会・髙橋将道若頭ら3人の公判も開かれ、大阪府警の捜査員が検察側証人として出廷。この捜査員は、監禁事件の被害者である章友会のA元組員が引き起こした別件の詐欺事件を担当。“本件”には直接関わっていない証人が出廷した背景には、検察側の思惑がうかがえたのである。

 A元組員は章友会傘下のX組に所属していたが、そのトップであるX組長は敵対組織に移籍(当時)し、章友会から絶縁処分を受けていた。そのため捜査員は、取り調べの中でA元組員の立場についても追及したという。その際の印象について、「章友会の組員は名乗れないが、暴力団員であると最終的には認めた。今後の身の振り方についてはハッキリとした意思表示はなく、ヤクザとしてのし上がるには章友会、恩義があるのはX組、カタギになる、というところで揺れているようだった」と証言したのだ。
「これまでの公判で弁護側は、A元組員が自由に行動していたことなどを挙げ、監禁に当たらないとも主張してきたんや。せやから、検察側はA元組員にカタギになる意思もあったいうことを持ち出し、組織に無理やり留めたと印象付けたかったんやないか」(地元記者)

 山口組分裂の影響が及んだといえる法廷闘争の行方にも、注目が集まっている。

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