神戸山口組 衝撃の射殺事件から7日後――山健組・中田浩司組長「犠牲者との悲憤の別れ」

神戸山口組 衝撃の射殺事件から7日後――山健組・中田浩司組長「犠牲者との悲憤の別れ」

(提供:週刊実話)

固くまぶたを閉じ、棺に手を合わせる山健組・中田浩司組長の顔には、悲しみと怒りが滲み出ていた。10月17日、弘道会系組幹部に射殺された山健組傘下福富組・中川健司組員の葬儀・告別式が近くの寺で営まれたのである。

 周辺には兵庫県警の捜査員約20人が厳戒態勢を敷き、緊迫した空気が流れる中、午前11時までに山健組の與則和若頭をはじめ、野崎秀夫若頭補佐、水田忠好若頭補佐、物部浩久若頭補佐、菱川徹若頭補佐、「幹部」や直参ら多数の関係者が喪服姿で寺に入っていった。

 それから間もなく、與若頭らの出迎えを受けて、中田組長が組員らにガードされながら姿を現したのだ。
「中田組長はもう一人、今回の射殺事件で命を落とした三代目宮鉄組・佐藤隆保組員の葬儀に参列していたが、マスコミの前に姿を見せたのは、去る8月26日に行われた神戸山口組の休み明けの顔合わせ以来、約1カ月半ぶりや」(地元記者)

 中田組長が最高幹部や直参を従えて再び正門前に姿を現すと、インカムを付けたガード組員らが取り囲み、周辺に鋭い視線を向けた。

 「自身の本部のすぐそばで、しかも兵庫県警の張り付け警戒が行われているにもかかわらず、2人も犠牲者が出てしまったんや。何が起きてもおかしくない状況いうことやで」(同)

 中田組長を中心に出迎えの態勢が取られると、神戸山口組の寺岡修若頭(俠友会会長)、剣政和若頭補佐(二代目黒誠会会長=大阪北)、山健組出身の福原辰広幹部(邦楽會会長=兵庫姫路)が到着。葬儀に参列したのである。

 葬儀は正午ごろから営まれ、続経が流れる中、参列者全員が焼香して鎮魂の祈りを捧げた。午後1時前、配下の組員が犠牲となり、悲しみに暮れる福富均組長が、中川組員の位牌を胸に姿を現し、野崎若頭補佐らの手で棺が霊柩車へと運び入れられた。

 新たな死者を出した分裂抗争に、中田組長はどう立ち向かっていくのか――。

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