六代目山口組 山口組史上前例のない“非常事態宣言”発令

六代目山口組 山口組史上前例のない“非常事態宣言”発令

(提供:週刊実話)

六代目山口組(司忍組長)・髙山清司若頭の出所から初となる11月度の定例会では、体制に関わる重要な発表が行われるとみられ、業界内外が注目していた。

「これまで定例会が開かれてきた総本部には、使用制限の仮命令が出されとるから、どこで開催されるかが問題やった。六代目山口組の定例会は1月、8月、12月以外、毎月5日に行われとって、土曜や日曜、祝日と重なる場合は変更されてきたが、中止されることはまずあり得んかった。極秘でやる可能性もあり、警察でさえ情報収集に奔走しとったようや」(ベテラン記者)

 総本部が使えないとはいえ、他にも候補地はあった。兵庫県内には、法要などが執り行われる六代目山口組の関連施設が存在し、そこに使用制限は掛けられていない。また、全直参が集結した髙山若頭の出所祝いは、愛知県名古屋市内にある三代目弘道会(竹内照明会長=愛知)傘下佐々木一家の組事務所で開催されていた。

 ましてや、定例会は単に執行部からの通達などのために開かれるのではなく、全国の直系組長が一堂に会することに意義があった。

「山口組ほどの全国規模の組織ともなると、定例会には江戸時代の参勤交代のような意味合いもあると思うで。親分への忠誠心を示して、組織の団結を再確認するためやろな。せやから、わざわざ直参が全国から駆け付けてきたんや」(同)

 ところが、「あり得ない」事態が起きた。復帰した髙山若頭が采配を振る第1回目の重要な会合にもかかわらず、11月度の定例会が中止されたのである。

 「過去にも中止となったことはあるが、今回は状況がまったくちゃうで。六代目山口組にとって非常事態いうことがうかがえるわ」(同)

 渡辺芳則五代目時代の平成9年8月、当時の宅見勝若頭が中野会ヒットマンに射殺された際、流れ弾に当たって重傷を負った歯科医が9月3日に死亡。山口組は喪に服すとの理由から、通夜が営まれた4日と告別式のあった5日、それぞれ予定されていた最高幹部会と定例会を中止した。

 「実際のところ、ナンバー2の宅見若頭を執行部メンバーだった中野太郎若頭補佐(当時・以下同)率いる中野会系組員たちが暗殺したということで、組内は混乱に陥り、会合どころではなくなったのだろう。日を改めて開くという情報もあったが、その直後に執行部の一員だった司忍若頭補佐と瀧澤孝若頭補佐が銃刀法違反容疑で指名手配されて、混迷の度合いが深まった」(当時を知る記者)

 警察当局による山口組への圧力は、これにとどまらなかった。「宅見事件」に端を発した対中野会抗争を山口組の内紛とし、内部抗争時でも組事務所の使用制限を適用できる改正暴対法を同年10月1日に前倒しで施行。総本部への使用制限を検討し始めたのである。

 このため、山口組執行部は10月の定例会も中止。続く11月も同様の理由から開催しなかった。定例会は3カ月連続で中止されたが、その間、全国を7地区に分けたブロック制の利点を生かし、ブロックごとに会議を行った。執行部会での決定事項などを、ブロック長である各最高幹部を通じてブロック会議で全直参に伝達したのだった。

 「ブロック会議は、ブロック所属の直参数が限られてくるからどこでも開けた。五代目時代の当時は、普段から定例会後の帰途に就く道中、送迎用マイクロバスの中で開くブロックもあったほどだそうだ。定例会がなくとも運営上、それほど支障はなかったはずだ」(同)

 さらに、定例会中止は翌年の9月にもあった。

 「この月は5日が土曜日だったため、7日開催に変更されていた。しかし、9月3日に倉本広文若頭補佐(初代倉本組組長)が急死。7日に本葬儀が営まれることになり、急きょ定例会自体が中止となった」(同)

★射殺事件に新たな証拠が

 過去の二例とも不測の事態によってやむなく中止となったが、今回は総本部に使用制限の仮命令が出されたという山口組史上前例のない事態に見舞われた末の判断だ。この“窮地”において、六代目山口組の対応は予想以上に素早かった。

 「各ブロック会議を開くことによって結束を維持したんや。ブロック会議はこれまでも定例会後に行われとって、執行部の通達を受け、より地域で話を煮詰める格好やった。それに変わりはないわけやし、五代目時代に定例会中止となった経験が生かされたわけでもあるが、定例会自体は開催の見通しが立っとらんのが現状や。警察が使用制限に関して必要以上にナーバスになっとって、新たな開催場所にも規制を掛ける可能性があるからな。何より今は抗争中や。今回の定例会中止は“非常事態宣言”と言えるんやないか」(前出・ベテラン記者)

 ただ、髙山若頭を筆頭とする執行部は、考えがあった上で“発令”したとみられ、当面のブロック会議制は単なる一時的な対応ではない可能性もあった。

 「髙山若頭が出所した数日後、早々に執行部から通達が出された。敵対組織の人間との連絡を禁止するなどの内容で、対象には敵対する組関係者だけでなく、六代目山口組の外部全般も含まれていたと思われる。今回のブロック会議制も関東、東海、中部、大阪北、大阪南、阪神・中四国、九州と開催日程はさまざまで、場所も固定されていないようだ」(業界ジャーナリスト)

 つまり、内部の動きはおろか、表面上の動向すら“外部”に把握されにくい体制となったのだ。

 「六代目山口組内で、これまで以上に情報統制が強化されたことになる。それを行う理由は、今後、分裂抗争の局面を左右する一手を繰り出すからであって、端緒を掴ませないためだとの見方がもっぱらだ」(同)

 すでに、この短期間で敵対組織からの“帰参者”も現れており、事態急変の可能性もゼロではないのだ。

 それに備えると同時に、総本部に使用制限が掛かっているためか、六代目山口組は毎年10月31日に行ってきた総本部でのハロウィーン行事も中止。しかし、兵庫県警は当日、総本部周辺に捜査車両や約40人の警察官を配置して警戒した。

 「牽制にも見えたが、実際にはハロウィーン行事中止の確定情報を掴めずにいたから、念のため警戒していたのかもしれない。六代目山口組の“通達の効果”が、早くも出たのではないか」(山口組ウオッチャー)

 また、神戸山口組(井上邦雄組長)の五代目山健組(中田浩司組長)系組員2名を射殺した弘道会系・丸山俊夫幹部が、10月31日に殺人と銃刀法違反の罪で起訴された。丸山幹部は取り調べに対して殺人は認めたというが、使用した車両から何らかの“証拠”が見つかったともいわれ、拳銃の入手先なども含め、共犯者の存在について引き続き捜査が進められている模様だ。

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