世の中おかしな事だらけ 三橋貴明の『マスコミに騙されるな!』 第344回 医療の「余裕」を削減してはならない

誰かの赤字は、誰かの黒字。誰かの黒字は、誰かの赤字。これは、誰も否定できない法則である。

 大相撲を例にすると分かりやすい。1つの場所において、すべての力士が勝ち越すことは可能だろうか。もちろん、不可能だ。白星の力士の反対側には、必ず黒星の力士がいる。全力士の勝ち越し、あるいは負け越しの数字を合計すると、必ずゼロになる。

 経済における黒字、赤字も同じだ。国民経済を織りなす4つの経済主体、すなわち「家計」「企業」「政府」そして「海外」の収支(黒字、赤字)の合計は、常にゼロである。

 例えば、4つの経済主体の内、家計、企業、政府の3者が黒字になったとき、海外は絶対に赤字。そして、赤字額は家計、企業、政府の黒字額の総計と等しい。

 安倍政権は、いまだにプライマリーバランス(基礎的財政収支、以下PB)の黒字化目標(2025年)を掲げている。政府が赤字を縮小すると、その分、民間(家計、企業、海外)の黒字が縮小するか、もしくは赤字が拡大する。

 安倍政権のPB黒字化目標とは、民間赤字化目標なのである。安倍政権は図の「成長実現ケース」に沿った形で、2025年にPB黒字を達成しようとしている。つまりは、民間の黒字を減らすか、もしくは赤字を拡大させるわけだが、さすがに、「政府の黒字を達成するため、日本国民や日本企業の黒字を減らし、皆さんを貧困化させます」とは説明できない。

 というわけで、安倍政権のPB黒字化目標は、海外の赤字をリーマンショック前の水準まで膨らませることが前提となっている。つまりは、日本の貿易黒字を、アメリカ不動産バブル絶頂期(’06年)規模に拡大するという話だが、そんな妄想を信じる人は1人もいないだろう。何しろ、米中貿易戦争、ブレグジット、ユーロ圏の失速と、日本の外需の環境は悪化する一方である。

 というわけで、安倍政権はPB黒字化目標を達成するために、結局は「民間の家計・企業の黒字を削る」路線を採らざるを得ない。企業優先の傾向が強い安倍政権の場合は、特に「民間の家計の黒字を削る」ことに主眼が置かれることになるだろう。

 10月1日に消費税率が10%に引き上げられ、我々「家計」は可処分所得を減らされた。消費税増税による需要縮小対策として、キャッシュレス決済のポイント還元が行われているが、これも’20年6月末で終了だ。オリンピックの直前、日本の家計は消費税「再増税(事実上)」の憂き目に遭うことになる。

 とはいえ、増税で我々の所得を奪い取るだけでは、PB黒字化は達成できない。世界屈指の自然災害大国において、防災投資を削り、教育や科学技術といった将来のための予算も削減。そして、最大のターゲットが社会保障費、具体的には年金や医療費なのだ。

 10月28日、安倍総理大臣は、経済財政諮問会議において、都道府県ごとに策定された構想に基づき病院を再編し、過剰なベッド数の削減などを進めるよう関係閣僚に指示した。財務省の「飼い犬」たる経済財政諮問会議は、厚生労働省が公立・公的病院の再編、統合をめぐり、診療実績が特に少ないなどの全国400余りの病院名を公表したことを受け、「病院や過剰なベッドの再編は、公立公的病院を手始めに、官民ともに着実に進めるべきだ」と、提言した。

 特に、ターゲットになっているのは「地方の医療」である。今後、我が国の地方では、病気になったとしても、「病院が存在しない」「ベッドに空きがないため入院できない」状況が加速していくことになる。

 そもそも、診療実績が少ない病院とは、まことに結構な話ではないか。何しろ、住民が健康で、医療サービスを受ける必要がないことを意味しているのだ。

 むしろ政府は、国民の健康状態が改善し、病院に通う人が減ったとして、「それでも、いざというときに備え、各地の病院の供給能力を維持するためにはどうすればいいのか?」に、知恵を絞らなければならないはずだ。

 かつての日本人が、地域の土木・建設業を健全な競争の下で存続させるために、指名競争入札と談合という「知恵」を働かせたのと同じである。

 落ち着いて考えてみて欲しいのだが、例えば、「犯罪が激減し、刑務所の刑務官が暇をしている」社会は、悪い社会なのだろうか。犯罪が減っている以上、「よい社会」なのではないか。犯罪減少で刑務所の受刑者が減ったとして、「犯罪が(今は)減っているのだから、刑務所は維持不要。刑務官も解雇しろ」と主張する人がいるのだろうか?

 あるいは、警察は? 消防は? 自衛隊は? 「今」は犯罪が減っている、火事が減っている、あるいは敵国の軍隊が侵略してこない。ならば、警察官を、消防官を、自衛官を減らそう。

 安倍政権はこの種の愚かしい議論をしているのだ。もちろん、根底に「緊縮財政至上主義」「PB黒字化目標」という、狂った思想があるためである。

「今、患者数が少ないならば、病院やベッドは不要」と、実に幼稚な議論をやっているのが、現在の安倍政権なのである。

 ならば、警察も、消防も、自衛隊も規模を縮小してしまえばいい。犯罪に会うのも、火事を消すのも、敵国の軍隊から身を守るのも、すべて「自己責任」で切り捨てればいいのだ。とはいえ、さすがにこの手の話をすると国民が怯えるため、とりあえず「削りやすい」医療サービスの供給能力をターゲットにしているわけである。

 終わらない緊縮財政。日本国民は「平時の過剰な病院やベッドは、非常時に国民を救う余裕である」という、当たり前のことを理解し、PB黒字化目標を政権に破棄させる必要がある。非常時に我々の生命を救う、医療の「余裕」を削減してはならない。

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みつはし たかあき(経済評論家・作家)
1969年、熊本県生まれ。外資系企業を経て、中小企業診断士として独立。現在、気鋭の経済評論家として、分かりやすい経済評論が人気を集めている。

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