六代目山口組 射殺事件の6時間前に挙行 新直参4人が司忍組長と決意の「親子盃」

六代目山口組 射殺事件の6時間前に挙行 新直参4人が司忍組長と決意の「親子盃」

(提供:週刊実話)

11月27日、尼崎に銃声が響き渡る約6時間前に、六代目山口組の髙山清司若頭や最高幹部、直系組長らが、愛知県名古屋市内に集結していた。その中には今年、直参昇格した4人の直系組長の姿もあった。大安吉日のこの日、新直参が司忍六代目から盃を受ける親子盃の儀式が執り行われたのだ。
「六代目山口組では、その年に直参昇格した新直参は12月13日の事始式当日、儀式に先立って司六代目から盃を受けるのが慣例やった。しかし、総本部が使用制限を受けたため、今年は予定を早めて盃事が行われたんや」(ベテラン記者)

 盃を受けたのは、今年3月に若中の良知政志組長が死去したのに伴い、跡目を継承した竹嶋利王・二代目良知組組長(静岡)、同じく若中だった富田丈夫総長が今年7月に病気療養のため引退したことから、組織を受け継いだ戸塚幸裕・二代目國領屋一家総長(同)。

 さらに、昨年2月に山健組から絶縁処分を受けて、橋本弘文統括委員長(引退)が率いていた極心連合会に移籍し、内部昇格によって直参となった植野雄仁・二代目兼一会会長(大阪中央)、今年1月に二代目竹中組から神戸山口組・池田組に“電撃移籍”したのち、離脱した山田一・三代目杉本組組長(岡山)の4人である。

 式場となった弘道会傘下の組事務所には、森尾卯太男本部長(大同会会長=鳥取)らの乗った車両が横付けされた。午前9時すぎには髙山若頭も式場入りし、その様子を集まった愛知県警の捜査員らが確認。

 午前9時半ごろからは、青山千尋舎弟頭、藤井英治若頭補佐(五代目國粹会会長=東京)ら最高幹部や、幹部陣、中部ブロックの直系組長らが続々と現れ、午前10時までに列席者全員が揃ったのである。

 午前10時半すぎには髙山若頭以下、列席する直系組長全員が玄関先に姿を現した。髙山若頭が笑顔を見せる場面もあり、祝い事らしい雰囲気が感じられた。

 間もなく、黒塗りの車両が横付けされたが、弘道会の野内正博若頭らが傘を広げて司六代目を完全ガードしたため、その姿を確認することはできなかった。

 盃儀式は午前11時から執り行われた模様で、髙山若頭が取持人を務めたほか、舎弟衆や最高幹部、幹部、中部ブロックの直系組長が検分役や見届人、立会人に名を連ね、直参の浜田重正・二代目浜尾組組長(神奈川)の媒酌により、4人の新直参が司六代目から親子盃を受けたという。

 盃儀式は約1時間足らずで終了。簡単な祝宴が開かれた模様で、午後1時ごろから直系組長らが次々と帰途に就いたのである。

 お祝いムードに包まれた六代目山口組とは対照的に、警戒に当たる捜査員らの表情は険しかった。
「このとき古川幹部射殺事件が発生するとは誰も予想していなかったが、髙山若頭の出所直前に山健組系組員射殺が起き、出所後には神戸山口組側が相次いで被害に遭った。分裂終結を目指す六代目山口組の警告ともみられ、今回の盃儀式も何かのきっかけになりかねない」(山口組ウオッチャー)

 この日の夕方、約200キロ離れた兵庫県尼崎市で古川幹部が射殺され、六代目山口組による武力行使が激しさを増したといえた。
「兵庫県内では、4月に山健組の與則和若頭が刺傷され、8月には弘道会の神戸拠点で組員が撃たれた。さらに、その報復とみられる山健組系組員への射殺事件が起きていた。総本部などにも使用制限の本命令が出され、分裂が終わるまでは続く見通しだ。そんな中、神戸山口組の直系組長が、一般人が行き交う路上で射殺されたのだから、いよいよ特定抗争指定が現実味を帯びてきた。もし指定されれば、警戒区域内で複数の組員が集まることもできなくなるため、“地下潜伏”が進む可能性もある」(同)

 緊迫した状況をよそに、12月2日には年末の挨拶のために訪れた稲川会(清田次郎総裁、内堀和也会長=東京)と松葉会(伊藤芳将会長=同)を六代目山口組最高幹部らが出迎え、傘下組織の組事務所で待つ司六代目のもとへと案内。場所こそ昨年と違ったが、変わらぬ光景に見えた。

 しかし、山口組の分裂から約4年、髙山若頭の出所を機に事態は急展開を迎えた。複数の犠牲者を出し、血に染まった令和元年の先に、何が待ち構えているのか。

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