六代目山口組vs神戸山口組 血の分裂抗争「最終標的」

六代目山口組vs神戸山口組 血の分裂抗争「最終標的」

(提供:週刊実話)

事件は3つの山口組がしのぎを削る大阪で起きた。それぞれの直系組織本部が乱立する“激戦区”であり、以前から衝突が危ぶまれていた場所だ。しかも、実行犯の組員が抗争事件を引き起こしたのは、これで二度目であり、懲役をいとわない姿勢が、組織内に与えた影響は大きいともいえた。

 12月16日夜、業界内に「大阪で弘道会の人間が刺された」という一報が飛び交った。矢継ぎ早に「健竜会の組員逮捕」と入り、本誌取材班が確認に走る最中には、確保された犯人が路上に横たわった写真や、緊迫した現場の様子を捉えた動画が拡散されていった。
「襲撃されたのは、三代目弘道会(竹内照明会長=愛知)の専務理事である吉島宏組長率いる三代目米川組の最高幹部や。弘道会といえば六代目山口組(司忍組長)の中核組織やし、犯人が所属する西川良男会長の六代目健竜会は、神戸山口組(井上邦雄組長)・中田浩司若頭代行がトップの五代目山健組(兵庫神戸)傘下やで。山健組による報復の危険性が囁かれる中で、実際に中核組織同士が衝突したもんやから、一気に緊迫したんや」(地元記者)

 事件当日の午後7時半ごろ、大阪のシンボルである通天閣の西300メートルに位置する米川組事務所から、最高幹部が出てきた。周辺には住宅と飲食店が建ち並び、組事務所は車1台が通れるほどの幅しかない建物が密集した路地にあった。最高幹部は帰途に就くため、その路地から2車線の道路を渡り、向かいのパーキングへ向かった。付近には黒いジャンパーの男がおり、駐車料金を精算中だった最高幹部の背後に近づいた。手に包丁を持ち、一気に距離を詰めて体当たりしたのだ。

 不意の衝撃に最高幹部は身を翻し、当たってきた人間の姿を確認。同時に凶器を目にして、取り押さえにかかった。米川組の組事務所からは組員らが駆け付け、110番通報によって事件が発覚したのである。
「組側の私人逮捕(逮捕状を持たない一般人による逮捕)で、犯人は現場に急行した警察官に身柄を引き渡されました。容疑は殺人未遂で、持っていた鞄の中に、もう一つ果物ナイフのような物が入っていたそうです」(全国紙社会部記者)

 犯行に及んだのは、山健組傘下の健竜会に所属する吉武徹弥組員だった。襲われた米川組最高幹部にケガはなく、反撃されたために吉武組員は目的を遂げられなかったと思われた。ところが、詳細が明らかになるにつれ、不可解な点も浮上したのである。
「犯行に使用された包丁は、刃の部分が持ち手の柄から外れていたそうです。犯行時、勢い込んで何か金属製の物に当たった衝撃で外れたのか、最初から不具合があったのか、定かではありません。いずれにしろ凶器を所持して腹部を狙ったようなので、大阪府警は殺人未遂事件として、年を跨いで取り調べを行う方針です」(同)

★令和元年最後の「新報」

 また吉武組員には、平成27年12月18日に起きた当時の六代目側・秋良連合会(秋良東力会長=大阪浪速)系組織への車両特攻によって逮捕された経歴があった。
「特攻発生の前日、秋良連合会では事始めが行われとって、そこに当時の山健組系組員たちが挑発行為を仕掛けたんや。怒り心頭の秋良連合会側は夜、繁華街で敵方の車両を見つけて襲い、この事件で秋良会長や同じ六代目側直系の能塚恵幹部(三代目一心会会長=大阪中央)も、凶器準備結集などの容疑で逮捕、起訴され、秋良幹部は服役して能塚幹部も法廷で争っとった。その襲われた被害者いうのが吉武組員で、報復として車両特攻を図ったんやろな。実際、有罪判決を受けとるで」(前出・地元記者)

 吉武組員は、令和元年12月15日に行われた健竜会の納会に姿を現していた。今回の犯行に及ぶ前日であり、決意を固める場となった可能性もあったのだ。

 動機については明らかにされていないが、去る10月10日に、週刊誌カメラマンを装った弘道会傘下の丸山俊夫幹部が、山健組本部近くで組員2人を射殺する事件が発生した。

 さらに、衝撃がおさまらぬ中で六代目山口組・髙山清司若頭が同18日に出所。以降、11月18日に神戸山口組・清崎達也幹部(四代目大門会会長=熊本)が自身の組事務所で刺傷され、翌19日、同じく神戸側の「幹部」である青木和重・五龍会会長(北海道)の組事務所兼自宅に車両特攻が発生。いずれも六代目系組員らが逮捕された。11月27日には古川恵一幹部が六代目側・二代目竹中組(安東美樹組長=兵庫姫路)に所属した朝比奈久徳元組員によって、自動小銃で射殺されるという衝撃的な事件も起きた。

 山口組分裂後、抗争事件で複数の死者が出てきたが、直系組長の死亡は初めてだった。警察当局は被害に遭った神戸側の動向にも警戒を強めていたが、今回の襲撃事件は分裂抗争における弘道会VS山健組の構図を、より際立たせたのだ。

 一方、弘道会トップの竹内会長が12月19日に上京。兄弟分でもある稲川会(清田次郎総裁=東京)・内堀和也会長の67歳の誕生祝いに、六代目山口組として駆け付けたのだった。若中の浜田重正・二代目浜尾組組長(神奈川)と佐藤光男・落合金町連合会長(東京)が同行し、見送りには内堀会長の姿もあった。
「こうした“平和外交”は山口組の分裂後も変わらず行われている。しかし、髙山若頭が出所して分裂問題が大詰めを迎えようとしているだけに、弘道会を率いる竹内会長にも並々ならぬ使命感があるはずだ。本拠地の名古屋に戻れば、執行部の一員として再統合に向けた作戦に取り組むのだろう」(業界ジャーナリスト)

 令和元年最後となる山口組の機関紙「山口組新報」第20号の誌面でも、髙山若頭の現場復帰を祝うとともに、分裂終結に向けて士気向上が図られたという。

 具体策こそ示されていないが、神戸山口組は古川幹部射殺事件や、直近では太田守正舎弟頭補佐の引退、太田興業の解散といった“大打撃”に見舞われており、急展開の先には六代目山口組による最後の一撃が控えているとも指摘されるのだ。
「六代目側は、段階を踏んで攻撃を仕掛けている。それによって神戸側が、どう揺れるのか見定めてから、次の展開に持ち込んでいる印象だ。再統合は敵方に代紋を下ろさせることなのだから、政治的な解決が難しければ再び武力行使に打って出るとも予想され、新たな血が流れる可能性はある。その上で、最後に狙う先を絞っていくのではないか」(他団体幹部)

★髙山若頭が“神戸進軍”

 12月13日には、髙山若頭が極秘で神戸に入っていたという。総本部が使用制限を受けて以降は“敵陣”ともいえる場所であり、そこにあえて進軍したのは何らかの意図があると思われた。
「当日、神戸以外にも立ち寄ったようやが、目的は“先人顕彰”やったと思うで。山口組発祥の地やし、出所後、髙山若頭は神戸に入っとらんかったから、歴代組長に再統合を誓う意味でも、わざわざ来たんとちゃうか。ただ、神戸山口組側にしてみれば、敵側の指揮官が乗り込んできたようなもんやから、穏やかな話ではないやろな」(地元関係者)

 当日は、神戸市内にある二代目西脇組(宮下和美組長)で神戸山口組の納会が行われていた。開催最中ではなかったにしろ、同日の神戸入りは偶然ではなかったのかもしれない。

 対する神戸山口組とて、健竜会・吉武組員による今回の襲撃事件によって、武力行使も辞さないという姿勢が明確になった。
「目的を遂げられなかったとしても、二度も走る組員がおるいうことを印象付けたんは間違いないやろ。しかも、健竜会の前会長は現山健組トップの中田組長や。中田組長は弘道会“神戸拠点”での組員銃撃事件で勾留されとる(締め切り12月22日時点)けど、組員かて、ただ黙っとるわけないで」(関西の組織関係者)

 大阪府警は12月20日、吉武組員が所属する健竜会の事務所に、捜査員約30人態勢で家宅捜索を実施。過去、幾度となく組員との間で激しくやり合った府警の捜索とあって、事務所前には報道陣が押し寄せた。中田組長が逮捕された殺人未遂事件の関係先として、兵庫県警が9日に捜索したばかりで、今回は3日前から様子をうかがっていた報道関係者もいたほどだったが、目立ったトラブルもなく30分足らずで終了。捜査員は押収品を入れる赤い段ボール箱を畳んだまま引き揚げていったのだ。

 当日は、六代目山口組と神戸山口組の特定抗争指定に向けて、兵庫県公安委員会が兵庫県警本部で神戸山口組への意見聴取会を行っていた。一部で「神戸側が意見聴取に出席するらしい」との情報が流れていたことから、制服警察官や捜査員約50人が周辺警戒に当たったが、出席がなかったため意見聴取は行われなかった。

 暴対法の規定では、手続き上に問題がないことから、神戸山口組の特定抗争指定が事実上、決定したことになる。また、愛知県公安委員会も20日に愛知県警本部で六代目山口組から意見聴取する場を設けたが、組側は欠席。24日には神戸山口組側への意見聴取の場を設け、来年1月7日には特定抗争指定を掛ける見込みだ。
「警戒区域内で組員5人以上が集まることなどが禁止されるため、両山口組とも警備態勢が喫緊の課題となる。あくまで警戒区域内での話だから、切り抜ける方法はいくらでもあるだろうし、すでに双方とも備えている可能性が高いが。

 その上で、敵方の急所を慎重に見極めているのではないか。すべて準備が整ったとき、六代目山口組は再統合という勝利のため、神戸山口組は存続という将来のために、一気に動くつもりなのかもしれない」(山口組ウオッチャー)

 12月17日には、特定抗争指定の範疇にない任侠山口組(織田絆誠組長)・山﨑博司本部長の二代目古川組が使用する古川組事務所に、神戸地裁が使用差し止めの仮処分を決定。暴追兵庫県民センターが住民に代わって申し立てており、任侠側は本部認定された四代目真鍋組(池田幸治組長=兵庫尼崎)本部に続いて、主要拠点を失った格好だ。

 約4年4カ月にわたる分裂問題は当局の“介入”もあり、山口組史上、前例のない事態に突入する。六代目山口組と神戸山口組双方が本部を置く神戸への凱旋は、どう実現されるのか。

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