韓国・文在寅大統領に教えたい「従軍慰安婦の真実」〜その1〜

韓国・文在寅大統領に教えたい「従軍慰安婦の真実」〜その1〜

Photo Credit : YunHo LEE Photography Flickr via Compfight cc

1990年、大分県在住の青柳敦子という主婦が韓国に行き、強制連行された人々や慰安婦たちに対して「日本を相手に裁判をしませんか。費用は全部わたしが持ちます」というビラをまいた。結局、青柳氏は“原告”探しに失敗するが、日本に帰国後、徴用された人たちの遺族が「やりたい」と申し出てきた。その訴訟過程で登場したのが元慰安婦の金学順(キム・ハクスン=1997年没)さんというハルモニ(おばあさん)だ。


金ハルモニは40円で親にキーセン(朝鮮において歌舞を職業とする女性の総称)へ売られた人で、強制連行されたわけではない。それを《思い出すと今も涙 元朝鮮人従軍慰安婦 戦後半世紀重い口開く:朝日新聞大阪本社1991年8月11日付》と見出しを打ち、中国東北部生まれの17歳(その後14歳に変わる)の少女が『女子挺身隊』の名で戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた慰安婦のうちのひとりが名乗り出たという内容で報じたのは、当時の大阪社会部のU記者だ。


このリポート掲載の3日後(1991年8月14日)、金ハルモニは記者会見を行い「母親によって14歳のときにキーセンの検番(養成所)に売られた」、「17歳のときに検番の養父に慰安所に連れて行かれた」と、リポートとは違う身の上話を明かしてしまう。つまり、女子挺身隊の名で戦場に強制連行されたのではなく「母親と養父によって売られた」と語ったのだ。


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「検番とは学校だ」

同じコメントは、金ハルモニ会見を記事にした韓国左派系のハンギョレ新聞(1991年8月15日付)にも《生活が苦しくなった母親によって14歳のときに平壌にあるキーセンの『検番』に売られた》とはっきり報じられている。


また金ハルモニが、その後に日本政府に宛てた訴状にも《14歳のときに40円でキーセンに売られた》と書いてあるのだが、U記者のリポートやその後の朝日新聞による報道には、親にキーセンに売られたとはひと言も書かれなかった。


U記者はソウルに留学経験があり、韓国語もできることから“事実”を知っていたはずなのに、わざと書かなかったのではないかとの疑惑が浮上した。またU記者が独占入手した証言テープにも「キーセンに売られた」という証言が間違いなく入っていた。


しかし、後日釈明に追われたU記者は「キーセンだから慰安婦にされても仕方がないというわけではない」と強弁し、朝日新聞も「検番とは学校だ」と苦しい弁明に終始した。


40円という“大金”を親に支払って入学してもらう学校とは、一体どんな学校だというのだろうか。


(その2へ続く)


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