手を貸さず「待って」ほしい 車椅子の料理人 金子淳一郎さん 千葉・柏

手を貸さず「待って」ほしい 車椅子の料理人 金子淳一郎さん 千葉・柏

「車椅子の料理人」金子淳一郎さん(右)と、スタッフの三浦孝之さん=千葉県柏市西原の和風居酒屋「わっ嘉」で2020年12月8日午後4時10分、柴田智弘撮影

 千葉県柏市西原の住宅街にある和風居酒屋「わっ嘉」の玄関に段差はなく、客席やトイレに加え調理場もバリアフリー仕様になっている。車椅子の料理人、金子淳一郎さん(47)が「心がバリアフリーになる場所」を目指し、2018年11月にオープンさせた。常連客も増え、軌道に乗り始めた直後の新型コロナ禍だった。窮地を弁当やおせち料理の販売でしのぎ「このままやめるわけにはいかない。辛抱するしかない」と語る。

 同市出身で高校卒業後、すし店や高級懐石店などで腕を磨いた。結婚して子どもが生まれてからは病院や福祉施設の給食を作る会社に勤め、松戸市などの施設で腕を振るっていた。

 料理人として順調な日々が一変したのは15年7月のことだった。勤務先に向かうため、午前4時に流山市の自宅を自転車で出た。いつもかけているゴーグルを前日に紛失し、強風で目を開けていられなかった。通い慣れた早朝の通勤路に普段は車が止まっていることはなかったが、気付くとバス停に駐車していたダンプカーに突っ込んでいた。背骨を骨折し、胸から下を動かせなくなってしまった。

 車椅子での生活となり、会社からは自主退職を促された。「今ある現実を受け止めて、どうするか考えた」。年金は出るが家族を養っていくことを考えると働く必要があった。障害者を対象にした仕事はあったが、通勤ラッシュの電車に乗る必要があり、現実的ではなかった。「一般の人は障害者のことを分かっていない」と知った。

 やがて人に頼らず自分で店を始めようと思い立った。自分も動きやすいバリアフリーの店だ。「客層を絞らず、誰でも入れる店」を目指した。テナントの契約直前に断られるなどの困難もあったが、周囲の支援を得て開業にこぎつけた。店名の「わっ嘉」には、車椅子の「輪」、和食の「和」、人と人との「和」への思いを込めた。予約客が基本で、飲み物は客のセルフサービス。「誰でも入れるが、不便を分かってくれないといけない客を選ぶ店」と笑う。

 店は徐々ににぎわいを見せるようになり、19年12月は宴会が連日入り、大忙しのうちに暮れた。しかし、年が明けると店の様子は一変した。新型コロナウイルスの感染が広がり、県内では4月7日に緊急事態宣言が発令され、同18日から飲食店には午後7時以降の酒類提供の自粛要請が出された。

 急場をしのぐため、昼に弁当の販売を始めたが、緊急事態宣言が解除され、社会の動きが戻ってくると弁当の売り上げは落ち込み、夜の客は戻ってこなかった。「第3波」の到来で、20年12月は「もうお手上げ」だった。それでも、おせち料理の販売などにも取り組み、なんとか息を継いだ。

 交通事故に新型コロナ禍。次々と困難が襲う。「生きていくだけならば働かなくてもいいのかもしれない。でも、それじゃ嫌だ」と話す。金子さんにとって店を出すことは、障害者が社会で自立していけるという主張でもある。「普通の人と同じことを一人でできる障害者もいる。手間取っているから可哀そうだと手を貸すのではなく、『待って』ほしい」と訴える。

 これからも店が誰もが笑顔で集える場所であり続けるため、歩みを止めない。【柴田智弘】

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