「1.17と3.11をつなぐ会」 互いの気持ちを共有、今年はオンラインで開催

 阪神大震災(1995年)と関西に避難している東日本大震災(2011年3月11日)の被災者や支援ボランティアらが集う「1・17と3・11をつなぐ会」が毎年、阪神大震災の起きた1月17日に神戸市内で開かれている。コロナ禍の中、今年はオンラインで開催する。長年、市内の仮設・復興住宅で支援活動をしてきた岡部真紀子さん(67)=神戸市=は「世間の関心はコロナに向いているが、神戸から『忘れていないよ』『応援しているよ』というメッセージを届けたい」と話す。【山本真也】

 会は、岡部さんと福島第1原発事故を受け、福島県から大阪に避難してきた森松明希子さん(47)らが、「互いの経験を共有しよう」と7年前に始めた。

 岡部さんは神戸市中央区の人工島・ポートアイランドの自宅マンションで、阪神大震災を経験。仮設住宅が建ち並んだ島内で友人らとボランティアグループを結成し、高齢者らの買い物を支援した。1999年から18年間、対岸の市臨海部にあるHAT神戸の復興住宅で週1回、移り住んだ被災者らが集える「ふれあい喫茶」を続けた。

 森松さんは福島第1原発事故で、福島県郡山市の自宅に夫を残し、2011年5月、3歳と0歳の子どもを連れて大阪に自主避難した。その後、関西の避難者らと「東日本大震災避難者の会Thanks&Dream」を結成し、講演などで情報発信を続ける。

 2人は13年に原発事故のシンポジウムで知り合った。岡部さんが阪神大震災で培った支援活動や行政との交渉などの経験を伝えたいと提案。翌年から追悼行事の後、参加者が車座になり、体験や思いを語り合ってきた。20年は震災を学ぶ大学生約20人も参加した。

 今年は新型コロナ感染防止のため、オンラインで約30人をつなぐ。

 「ご近所さんとはみな顔見知りだった。帰りたいけど、みな散り散りになりました」。ポートアイランドにある市営住宅で暮らす女性(83)は、5年前から参加してきた。震災直後の火災で神戸市長田区の自宅が全焼。改築したばかりで、再建資金はなく、約1年後に移り住んだ。17年に夫を亡くしてからは、30年以上暮らした長田への望郷の思いが強くなった。だが、当時の自宅周辺には巨大な再開発ビルが建ち、風景は一変した。「震災当時のことを話しても分かってくれる人が少なくなりました」と話し、オンライン操作が難しいため、今年は断念したが、来年はまた出席するつもりだ。

 20年に初参加した、福島県富岡町から大阪市に避難中の女性(47)は、自らの体験を語る阪神の被災者の姿に勇気づけられたという。原発事故の警戒区域内にあった自宅は荒廃し、最近取り壊した。「阪神の被災者もつらい思い出を話せるようになるまで、葛藤があったと思う。被ばくの不安があり、戻りたくても戻れないが、故郷にいる人からは『気にし過ぎだ』と非難される。今も精神的に苦しい」と明かす。

 避難から10年目となる森松さんは「交流を通して被災者として気持ちがわかり合えると感じてきた。災害の苦しみに年数で区切りはつけられないというのも共通する思いだろう」と話す。

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