相模原殺傷公判 命を奪われた19人の人柄と遺族の悲痛な思い、検察官が代弁

相模原殺傷公判 命を奪われた19人の人柄と遺族の悲痛な思い、検察官が代弁

「津久井やまゆり園」で入所者19人が殺害された事件から3年を迎え、同園を訪れ手を合わせる男性=相模原市緑区で2019年7月26日午前8時47分、喜屋武真之介撮影

 相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で2016年、利用者ら45人を殺傷したとして、殺人罪などに問われた元同園職員の植松聖(さとし)被告(29)に対する横浜地裁(青沼潔裁判長)の裁判員裁判は16日も証拠調べが続き、遺族の供述調書がそれぞれ読み上げられた。検察官は15、16日の審理で命を奪われた19人の人柄と、息子や娘、兄弟姉妹を失った遺族の悲痛な思いを代弁した。

 娘が法廷で「甲A」と呼ばれることに納得できず、母親が名前を公表した美帆さん(当時19歳)を除いて、犠牲者は全員匿名とされ「甲」とアルファベットを組み合わせた記号で呼ばれている。

 16日は甲Mとされた男性(当時66歳)の兄の調書から読み上げられた。弟は知的障害があり言葉を発することが難しかったものの「表情が豊かで身ぶり手ぶりで懸命に伝えようとしていた」。ラジオのチューニングや分解が好きだった弟のため、兄はひつぎにラジオのおもちゃを供えたという。「障害者差別が深まることがないように願う」と述べていた。

 甲Nとされた男性も66歳で命を奪われた。生まれて初めての正月に肺炎で高熱を出して脳性小児まひになったが、成長すると演歌が大好きで曲に合わせて踊り家族を楽しませた。姉は「弟が感じた恐怖や苦痛を犯人に味わわせてやりたいが、弟は帰ってこないし、悲しむだけ。怒りをどこに向ければいいのか」と明かしていた。

 49歳だった男性(甲Q)は父親と囲碁を打つのが好きだった。母親は喫茶店でグラタンを食べていた笑顔を思い出し「つらい思いをしながら、必死に生きてきた人生は何だったのかと思わずにはいられない。生きていてくれただけで幸せだった」と語っていた。

 67歳で犠牲になった男性(甲R)は「道で1人で歩く子に『危ないよ』と声をかける心優しい人」だった。最後に会った日、帰り際に「また来るからな」と声をかけると、右手を挙げて「おー」と返してくれた姿を兄は覚えている。兄は「最後の姿になるとは夢にも思っていなかった」と嘆いた。

 43歳だった長男(甲S)を奪われた母親はアイスやジュースが好きで優しかった姿を振り返る。被告に対して「自分のしたことに満足している」と厳しい目を向けていた。

 植松被告は調書が読み上げられる間、不機嫌そうな表情をみせ、ため息をつくこともあった。検察官が処罰感情に言及すると何か言いたいような表情で傍聴席を見回していた。【中村紬葵、国本愛】

亡くなった19人の人柄や遺族の思い

・美帆さん(19)

 話すと笑ったり喜んだりしていた。成長してもいたずらっ子だったが、表情が豊かでとてもかわいい、生きる希望だった。(母)

・40歳女性(甲B)

 自宅近くのカフェで小さい頃からの知り合いに会うと、とても喜んで笑顔を見せていた。家族の間には確かな絆があった。(母)

・26歳女性(甲C)

 高校のセーラー服がよく似合っていた。面会に行くと車のドアを開けようとする仕草でドライブに行こうとせがんできた。(母)

・70歳女性(甲D)

 「ありがとう」などの短い言葉を聞くと、いとおしさが増した。高齢になっても、変わらずにこにこしていた。(兄、めい)

・60歳女性(甲E)

 体は動かせなかったが、うれしいことがあると反応した。園に入ってスプーンを使えるようになり、家族で感動した。(弟)

・65歳女性(甲F)

 明るく人なつっこい性格。面会にきた他の家族に指さして「あっちだよ」と案内することもあった。生活の張り合いだった。(妹)

・46歳女性(甲G)

 面会から帰ろうとすると手を握って離さなかった。おしゃれ好き。夏祭りで「ゆかたを着られるね」というと笑顔で応えた。(母)

・65歳女性(甲H)

 電車やバスで高齢者や子どもに席を譲るなど、人のことを考えて手を差し伸べられる、本当に純粋で優しい人だった。(母、弟)

・35歳女性(甲I)

 ドライブが大好き。はじけるような笑顔で車の窓から外の景色を楽しんでいた。そんな笑顔が何度も家族を救ってくれた。(父)

・55歳女性(甲J)

 水が欲しい時の一言や、尿意を感じると腹をポンポンとたたく仕草は、家族と姉との特別なサイン、大切な合図だった。(弟)

・41歳男性(甲K)

 ドラゴンボールの「かめはめ波」のまねをして家族を笑わせた。手がかかっても、ずっと成長を見守れることが幸せだった。(母)

・43歳男性(甲L)

 面会時は連れ出して食事をするのが恒例。フライ定食ややきそばなど一人では食べきれないくらい注文し、たいらげていた。(母)

・66歳男性(甲M)

 人なつっこい性格で、ラジオが大好き。一日中いじって、チューニングできれいな音が出ると本当にうれしそうにした。(兄)

・66歳男性(甲N)

 演歌など歌が大好き。いつも曲に合わせ踊って家族を楽しませた。目は見えないがドライブすると体を揺すりニコニコした。(姉)

・55歳男性(甲O)

 家族の誕生日を覚え、その家族を指さし「祝おう」というようなそぶりをした。園で他の利用者の面倒をよくみていた。(妹)

・65歳男性(甲P)

 私の娘を「ちび」と呼び、大人になっても目を細めてそう呼んでくれた。好きな動物の絵本をあげたらすごく喜んでいた。(兄)

・49歳男性(甲Q)

 夫との囲碁や家族での外出が大好きだった。成人した時、希望したパンチパーマにしてスーツ姿でうれしそうに写真を撮った。(母)

・67歳男性(甲R)

 誕生日に職員からもらった腕時計をいつもつけていた。道で1人で歩く子供を見かけ、「危ないよ」と言うなど心優しかった。(兄)

・43歳男性(甲S)

 アイスやジュースが大好物。こだわりは強かったが優しい心の持ち主だった。息子が働き社会貢献する姿に喜びを感じていた。(母)

※横浜地裁の公判で検察側が朗読した遺族の調書を基に作成。年齢は事件当時。

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