秀吉が家臣に宛てた書状2通見つかる 兵庫・たつので一般公開へ

秀吉が家臣に宛てた書状2通見つかる 兵庫・たつので一般公開へ

秀吉の花押が書かれた1583年の書状(右)と朱印が押された1594年の書状=兵庫県たつの市龍野町富永の市役所で2021年4月5日午前11時51分、後藤奈緒撮影

 兵庫県たつの市は6日、豊臣(羽柴)秀吉が家臣の垣屋氏に領地を与えたことを記した書状2通が見つかったと発表した。県立歴史博物館(姫路市)の学芸員、前田徹さんは「垣屋氏が秀吉政権下以降にたどった歴史がうかがえる重要な資料」と評価する。

 垣屋氏は戦国時代の但馬国守護の山名氏の重臣。2通の書状は垣屋家の分家の子孫にあたる垣屋孫市に宛てられていた。

 江戸時代に垣屋家と婚姻関係にあったとされる村田家(たつの市)に残された約4000点の古文書を整理していた元姫路大教育学部特別特任教授の竹本敬市さんが発見した。

 秀吉の政権下で、領地の割り当ては基盤固めの一つとされている。1通(縦31・5センチ、横50センチ)は秀吉が柴田勝家と戦い勝利した「賤ケ岳の戦い」があった1583(天正11)年の8月1日の書状で、秀吉の花押が書かれている。

 もう1通(縦46・4センチ、横65・6センチ)は1594(文禄3)年の10月17日の書状で、秀吉の朱印がある。現在の神戸市東灘区のあたりに領地200石を与えることが記されていた。

 書状はたつの市立龍野歴史文化資料館で24日から一般公開される。他に県指定重要有形文化財で秀吉直筆の「淡路国指出寄帳」なども展示される。

 入館料は一般200円、小〜大学生と65歳以上100円。月曜休館。書状の展示は6月6日まで。【後藤奈緒】

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